第六十六話:王子の命令
火は、完全には消えていなかった。
揺らめきは弱まり、
熱も抑え込まれている。
だが、空気の張り詰め方だけは、
まだ終わっていない。
リディアは、子どもを庇ったまま立っている。
ルカも、その一歩前にいる。
誰も、引かない。
誰も、下がらない。
――だからこそ。
「……そこまでだ」
静かな声だった。
怒号でもなく、
叫びでもなく、
ただ、場を切り分ける声。
全員の視線が、そちらに向く。
アランが、一歩、前に出ていた。
その表情から、
迷いが消えている。
「これ以上の強制行為は、認めない」
金色の瞳が、細まる。
『へえ』
『今さら、命令?』
「命令だ」
即答だった。
アランは、真っ直ぐに前を見る。
「王都内における一切の火の使用を禁止する」
「現時点をもって、治安権限は王族預かりとする」
空気が、変わった。
これは、交渉ではない。
説得でもない。
正式な介入。
『……ふうん』
金眼は、肩をすくめる。
『それで、止まるとでも?』
「止める」
アランは、言い切った。
「止まらないなら――」
一拍。
「力で制圧する」
リディアの息が、わずかに止まる。
ルカの視線が、アランに向く。
(……来たな)
王子の顔だ。
感情で動く男ではない。
だが、感情を切り捨てる男でもない。
その両方を背負った顔。
『本気だね』
「当然だ」
アランは、続ける。
「子どもを使った脅迫」
「選択肢を奪う行為」
「民を巻き込む示威行動」
淡々と、罪状を並べる。
「王族として」
「そして、この国の責任者として」
「見過ごす理由がない」
金色の瞳が、じっと彼を見つめる。
沈黙。
火が、音を立てて小さく爆ぜる。
『……いいよ』
軽い声だった。
『今日は、ここまで』
火が、すっと弱まる。
熱が、引いていく。
『面白いものは、十分見た』
視線が、ルカに。
そして、リディアに。
最後に、
アランに戻る。
『覚えておくよ、王太子』
その瞬間。
金色の瞳は、
夜の闇に溶けるように消えた。
残されたのは、
静まり返った王都と、
まだ震えの残る空気だけ。
アランは、大きく息を吐いた。
「……もう、大丈夫だ」
それは、誰に向けた言葉でもあった。
王太子として。
一人の男として。
介入は、終わった。
だが――
この夜が残したものは、
確かに、全員の胸に刻まれていた。




