第三十五話:王子は知らぬ影を抱く
傷はまだ深く、動かせばすぐに痛む。
だが、アランは眠れなかった。
(……金色の瞳)
あの男の姿が頭から離れない。
王家の瞳は灰青か蒼。
金など、一度も聞いたことがない。
(なのに――あの男は俺の名を、
家系すら知っているようだった)
その時。
扉が静かに開いた。
「……父上?」
国王ディートハルトだった。
滅多に表情を動かさぬ王が、今日は険しい。
「アラン。今、外で何が起きているか分かるか?」
「金眼の男と、リディアが狙われている件です」
「そうだ。……そしてその男についてだ」
王は椅子に腰を下ろし、
ためらうように言葉を選んだ。
「“影の子”という言葉を知っているか」
「……いいえ」
「当然だ。歴代王家が闇に葬ってきたからな」
アランの胸に冷たいものが流れ込む。
「金眼の者は、かつて王家に生まれた“異端”だ。
魔に愛され、風に嫌われる存在。
そして――王位を脅かす力を持つとされた」
金眼の者は、記録から消された。
血筋ごと。
「では……あの男は」
「生き残りだ。
王家の“影”として、裏の役目を与えられた一族」
アランは息を呑んだ。
「そんな存在が、なぜ今になって……!」
「それは、王家にも分からぬ。
だが、お前が狙われた理由だけははっきりしている」
「……俺が?」
「影の一族は“鍵”を求める。
鍵を手に入れれば、王を超えると信じられている」
「鍵……」
アランの脳裏に浮かぶのは一人。
(リディア……)
彼女の魔力。
叫んだ時に吹き荒れた“風”。
そして金眼の男の執着。
「父上……リディアが鍵なのですか?」
王は即答しなかった。
沈黙。
その沈黙こそが答えだった。
「……断言はできぬ。
だが可能性は高い。
彼女にはまだ見ぬ魔力がある」
アランは拳を強く握った。
(狙われる理由が……増えていく)
傷が開くほど力が入る。
「アラン」
王が静かに告げる。
「お前は王子だ。
鍵が何であれ、国を守る義務がある」
「……はい」
「だが――」
父はそこで初めて息を吸い、
声を落とした。
「“個人として”はどうだ?
彼女を……どうしたい?」
アランの心臓が跳ねる。
(どうしたい……?)
答えは決まっていた。
だが、口には出せない。
「俺は……」
喉が震える。
「彼女を守れる王になりたい」
王は目を細めた。
「守るだけで、よいのか?」
アランは返事をしなかった。
返せなかった。
(守るだけでは……足りない)
自分の中にある感情の正体を
言葉にしてしまいそうで。
だが、王は席を立ちながら言った。
「ならば覚悟せよ。
王家の影は、必ず“鍵”を奪いに来る」
扉が閉まる。
アランは天井を見上げた。
(リディア……
お前を巻き込みたくなかった)
(でも――
誰にも渡したくない)
胸の痛みが、傷より深く響いた。




