幕間Ⅶ:王家に刻まれた禁忌
それは、
王国でも極一部の者しか知らない記録だった。
王宮地下三層。
今では誰も近づかない、
封鎖同然の旧書庫。
湿った石壁。
積み重なった古文書。
古びた魔導灯だけが、
薄暗い空間をぼんやり照らしている。
その中で、
一人の老学者が頁をめくっていた。
「……また、
金眼の報告が出たか」
震える声が静寂へ落ちる。
“金眼”。
それは王家において、
本来“存在してはならない特徴”だった。
アスティリア王家の瞳は、
灰青、あるいは蒼。
それこそが、
王血の証。
少なくとも——
表向きは。
だが、
老学者の開いた古文書には、
ひっそりと異なる記録が残されていた。
『かつて王家に、
異質な光を宿す子が生まれた』
頁をめくる手が止まる。
『金の瞳を持つ者は、
“風”に嫌われ、
“魔”に愛される』
「……忌子の記録」
学者が掠れた息を漏らす。
「本当に存在していたのか……」
さらに頁を進める。
古い羊皮紙には、
ところどころ黒い染みが浮いていた。
まるで、
誰かが意図的に情報を消そうとした痕跡。
『金眼の子は、
王統に混乱をもたらすため——』
その先。
『歴史から消された』
学者の喉が鳴る。
「だが……
消された“はず”だった」
震える手で、
新しい報告書を開いた。
――“黒フードの男、
金色の瞳を確認”
――“リディア・アルヴェーヌ嬢を執拗に追跡”
「……偶然では済まぬ」
冷たい汗が頬を伝う。
頁の端。
誰かが後年書き加えたらしい走り書きがあった。
『彼は王家の“影”』
『だが、
正統な継承権は持たない』
「影……?」
学者が眉を寄せる。
「ならば何故、
生かされた……?」
その時。
ひゅう——。
書庫の奥で、
風が鳴った。
地下のはずなのに。
窓など存在しないはずなのに。
魔導灯の火が、
かすかに揺れる。
学者は息を呑み、
最後の頁へ視線を落とした。
そこには、
短い一文だけが残されていた。
『金眼の者は、
“鍵”を求める』
その下。
『それを宿す者の魔力を——』
そこだけが、
黒く塗り潰されていた。
「鍵……?」
学者の唇が震える。
「まさか……
“鍵を宿す少女”とは——」
脳裏へ浮かぶ。
淡いラベンダーの髪。
銀の瞳。
そして、
あの夜の暴風。
「リディア・アルヴェーヌ嬢……?」
その瞬間。
ふっ——。
魔導灯が消えた。
闇。
完全な暗闇。
「なっ……!?」
学者が立ち上がる。
「何者だ!」
だが。
返事はない。
静寂だけが広がる。
恐る恐る、
再び灯りを点した時。
そこには、
誰の姿もなかった。
ただひとつ。
床へ、
黒い羽根だけが落ちていた。
ゆらり、と。
地下の風もない場所で、
静かに揺れている。
学者の背筋を悪寒が走る。
(——金眼の男が動き出した)
古い記録。
消された血。
そして、
鍵を宿す少女。
(彼の目的は、
リディア・アルヴェーヌ)
だが。
老学者はまだ知らない。
“王家の影”だけに許された、
秘匿任務の存在を。
王にすら、
完全には制御できなかった禁忌。
古文書の最奥。
誰にも読まれぬよう、
封じられていた最後の言葉。
『鍵を手に入れた者は——』
そこで文章は途切れている。
だが、
墨の滲みの奥に、
わずかに読める文字が残っていた。
『王を超える』




