第三十四話:寄り添う手、迫る影
アランは自室に運ばれ、医療魔術師が応急処置を施した。
「命に別状はありませんが……」
「……が?」
「このまま動けば、再び傷が開きます。
二、三日は絶対安静です」
安静など守る気がなさそうな顔をしていたが――
「動きませんよ。殿下は」
リディアがきっぱり言った。
アランは一瞬、目を丸くした。
「……俺、動かないとは言ってないんだが」
「言わなくても分かります。
殿下はすぐ無茶をなさるんですから」
その声音は叱るようでいて、震えていた。
「……心配、した?」
「当たり前です!」
勢いよく言ってしまい、リディアは口を押さえる。
(あ……またやってしまった)
アランは痛む体を起こそうとし、すぐに咳き込む。
「殿下!! 無理を……!」
「……来て、くれないか」
弱い声だった。
リディアはそっとベッド脇に座り、彼の背を支える。
「……ありがとう」
その声は、熱に浮かされたように柔らかい。
「さっきの……助けてくれた時の力。
あれは……君の魔力か?」
「……少しだけです。制御が甘くて」
「甘かったから……俺は助かったんだ」
「え……」
アランは手を伸ばし、リディアの指に触れた。
「君が怖がって。迷って。
それでも俺の名前を呼んでくれた――
あれだけで、十分だ」
指先が震えているのが伝わる。
(なんで……こんなに優しい言葉が言えるの……)
「リディア。
俺は……君が――」
喉まで出かかった言葉が、そこで止まった。
扉がノックされたからだ。
「殿下、急報です!」
医療室が緊張に包まれる。
「黒フードの男が、王都外へ逃走!
“金色の瞳”の目撃情報があります!」
リディアの手が強張る。
(また……あの男が)
「リディア」
アランが掴んだ手を離さなかった。
「大丈夫だ。
俺は……君を守る」
その声音に、
強引ではなく“願い”が混ざっていた。
胸が痛い。この痛みの名をまだ知らない。
◆
月明かりの中、馬を駆る影が一つ。
(王子が死ななかったか……)
荒い息を整えながら、金色の瞳を細める。
(やはり、あの娘の魔力……
ただの貴族ではない)
指先に残る微かな風の感触。
(風……いや、“あの人”の力に似ている)
フードの奥で笑みが浮かぶ。
「リディア・アルヴェーヌ……
やっと見つけた」
(手に入れる。王族にも伯爵家にも渡さない)
月へ向けて金眼が妖しく光った。
「——次は、逃がさない」




