表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/102

第十五話・後編:罠は静かに笑う



 夜の帳が、王都の路地を包み込む。

 霧が灯火を曇らせ、遠くで鐘の音が一度だけ鳴った。

 宰相府の執務室では、静寂が紙の音で破られていた。


「……“餌”は放たれたようです」

 報告したのは近衛のレオン。

 低く落ち着いた声に、アラン・セリーヌは視線を上げた。

「リディアの仕掛けか」

「はい。偽の帳簿を“黎明派の密偵”に流したとのこと。すでに向こうが動いた形跡があります」

「早いな」

「彼女らしいでしょう」


 アランは手にした書簡を見つめた。

 封蝋には王城の紋章――だが、その筆跡は彼女のものだった。

 “現実を使うべきです”

 たった一行の書き出しに、彼は思わず息を呑む。


(本当に、恐ろしいほどに冷静だ)


 彼女は正義を語らない。

 だが、盤上の駒をわずかに動かすだけで、王国の流れを変えてみせる。

 誰よりも強く、誰よりも繊細に。


「殿下。彼女を止められるのは――」

 レオンの声が僅かに震えた。

「止めるつもりはない」

 アランは静かに首を横に振った。

「ただ……見届ける。

 あの光が、どこまで届くのかを」


 その横顔は、炎に照らされて金に光った。

 彼の眼差しには、王族の理想ではなく、一人の少女への敬意が宿っていた。

 政治という盤上の果てで、彼は気づき始めていた。

 ――彼女の決意を、もう誰も止められないのだと。



 一方その頃。

 王都の裏通りは、昼とは別の顔を見せていた。

 雨上がりの石畳は鈍く濡れ、足音を吸い込む。

 リディア・アルヴェーヌは黒い外套のフードを深く被り、

 小さな灯を頼りに進んでいた。


 心臓の鼓動が早い。

 恐怖ではなく、緊張のせいだ。

 わずかな失敗が、全てを崩す。

 その綱の上を歩くような感覚が、かえって彼女の心を研ぎ澄ませた。


(怖れてはいけない。恐れた瞬間、政治は感情に飲まれる)


 角を曲がった先に、影が立っていた。

 情報屋――エルデン。

 闇を背に、片目を覆う髪の隙間から銀の瞳が光る。


「本当にやるとはね、お嬢様」

「取引の条件は変わらないはずよ」

「ええ。ただ……あなたが本気だとは思っていなかった」

 エルデンの声には笑みが混じる。だが、そこに侮りはなかった。


 リディアは革袋を差し出す。

 中には“黎明派の偽の帳簿”。

 帳簿の表紙に、わずかに付けられた傷――それが、罠の“印”だった。


「渡すだけでは足りません。あなたには“噂”を流してもらう」

「ほう、どういう筋書きで?」

「真実よりも、“信じたい虚構”を」


 エルデンが息を呑む。

 リディアの銀の瞳は、まっすぐに彼を射抜いていた。

「理想という言葉は、いつだって――人の心を麻痺させるの」


 風が吹く。霧がわずかに晴れ、

 遠くの塔の鐘が静かに鳴った。

 その音が合図だったかのように、エルデンが口角を上げる。


「……承知しました。取引成立ですね、宰相候補殿」

 その言葉に、リディアはわずかに瞳を細めた。

 彼女の姿が闇に溶ける。

 残された足跡だけが、濡れた石畳に淡く光った。


 その夜、王都の闇は静かにざわめき始めた。

 理想を掲げる者たちが、己の欲を“信念”と呼び始めた瞬間――

 盤上の戦いは、すでに始まっていた。


◇◇◇

To be continued.

【後書き】


お読みいただきありがとうございます!


今回はリディアとアラン、そして新登場の情報屋エルデンが登場しました。

静かな会話と駆け引きの中に、少しずつ“盤上の火種”が見え始めています。


リディアにとって政治は戦場であり、理想を飼い慣らす術でもあります。

一方でアランは――彼女を見守ることで、自らの「王としての覚悟」を見つめ直していく段階に。

この二人の立場と想いのズレが、後々の展開でどう響くか……お楽しみに。


次回は少し緊張が緩む閑話予定。

(紅茶論争の裏で、密かに動く誰かの“本音”も……?)


ブクマ・評価・コメント、励みになります✨

次の一手も、どうぞお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ