四十一話 正論は求めてないんだよ
「しっかし、あー良かった良かった。漸く錬金術師が捕まえられたぜ」
「調合の依頼こそ受けてくれる錬金術師はいますけど、ダンジョンへの同行ともなると殆ど誰も応じてくれませんからね」
しかも、調合のお金も高騰してる上、材料もとんでもなく値上がりしてますからね。
と、緑髪の彼、バルトさんが付け加えながら一枚の紙を見せてくれる。
それは、ポーションの買取り値や薬草の買取り値。売値が記載されたものだった。
「……ぼったくりだな」
ナガレの言うように、アストレアで取引されている五倍近い値段にまで跳ね上がっていた。
「……行商の方とか、やって来ないんですか?」
「来るよ。でも、そういう売り物の殆どは高位の冒険者に回される。今回の〝幽霊騒動〟を解決するって名目でね。だから、うちらみたいなBランクや、それ以下の冒険者は買えないし、お陰で行き詰まってるってワケ」
ソーマさんから紹介されたティアさんが答えてくれる。
「内陸の国なら迷宮塔じゃない場所に自生、って事もあったんだろうけど、ここは水の国ヴェザリア。海に接したこの国では、ポーションの材料となるような薬草は育たないらしいし」
その通りだった。
自分の家で栽培ならば出来るだろうが、アグニの葉も、ヨスガの葉も、それ以外のポーション材料になるものは軒並みヴェザリアでは栽培に適しているとは言い難い。
ここまで高騰しているならば、栽培されていた分は既に尽きていると考えるべきだろう。
「近くの国に買いに向かおうにも、軽い気持ちで行ける距離でもないしね。オマケに、どこの誰かがヴェザリアでは幽霊が出る。なんて噂を流したのか、行商の数も日に日に減ってるらしいよ」
そうして、相場の五倍というぼったくりな価格が出来上がったと話してくれる。
「……なら寧ろ、稼ぎ時な気もするが」
「ああ。その通りだ。だが、二人も知ってるだろうが、〝幽霊騒動〟の件がある。実力の保証された……それこそAランクの冒険者パーティーでもなければ行きたくないと言う錬金術師が多くを占めてやがる。まぁ、無理もない話なんだけどな」
錬金術師は錬金術師であって、魔法師ではない。命の保証がない場所に向かう事に躊躇する気持ちはよく分かる。
私も、出来る事なら魔物と出会いたくないし。
「とはいえ、安心してくれや。これでもオレらの最高踏破階層は十三。つまり、八階層なら敵なしって訳だ」
聞く限り、何も危険な気はしない。
ソーマさん達が守ってくれるのならこれ以上、楽な依頼もないような気がした。
だから、運が良かったってナガレに同意を求めようとして。
「……の割に、似たような依頼が随分と残っていた気がするんだが、ヴェザリアは錬金術師が少ないのか?」
私の内心とは対照的に、ナガレは渋面を見せてソーマさんに問い掛けていた。
直後、リュックの中に隠れているルゥから、小声で『……サシャはもう少し慎重になる事を覚えて』って注意を受けた。
……て、手厳しい。
「いや。そんな事はねえ。だが、その理由は分かってる。まず第一に、オレら冒険者は、守る事に不慣れである事。勿論、全力で護衛させて貰うさ。だが、それでも慣れてるとは言い難い。そして、もう一つ。恐らくこっちが一番の理由だ」
そう口にするソーマさんは、険しい顔で一番の理由というものを教えてくれた。
「上層階に生息している筈の魔物が、下層階に現れた。そんな噂が〝幽霊騒動〟が広まった頃からちょくちょく出回ってんだ」
* * * *
『────で。二人ともどうするのさ』
それからギルドを後にした私達は、適当な宿屋を見つけて、そこで話し合っていた。
私達に尋ねるルゥは、ぼくの定位置と言わんばかりに私の頭の上に乗っかった。
「ソーマさんは、不安があるなら断ってくれても構わないって言ってはくれたけど……私は依頼をこなしてみるべきだと思う」
『どーして?』
「私達に、ちゃんとリスクの面も話してくれたから。向こうは多分、私達がヴェザリアの錬金術師じゃなさそうな事は感じ取ってただろうし、その上で何も話さずに同行して貰うって事も出来たと思う。だけど、ああして律儀に話してくれるような人だから、信用は出来るかなって」
「……確かに、そういう意味では俺も信用出来ると思う。それと、〝魔晶石〟の件と〝幽霊騒動〟が無関係でない可能性もある以上、知っていて損はないと思う」
────迷宮塔。
そこに足を踏み入れてみるべきだと思うし、目的は異なっているとはいえ、護衛の人間がついた上で潜れるのなら僥倖だろう。
「一応、依頼書に載っていた魔物の種類から階層ごとの危険度を判断してはいたが、三十階層までくらいならどうにかなると思う。最悪、転移魔法で逃げればいいしな」
私が錬金術関連の依頼だけ物色していた時に、ナガレはそんな事まで考えて見てくれていたらしい。
や、やっぱりナガレと二人で来て良かった。
『あー、キミにはその手があったね』
「ああ。それと、やっぱり情報は人に聞いた方が得られる物が多い。あまり目立ち過ぎるのも良くないとは思うが、知りたい事がある以上、ポーションの依頼をこなして他の冒険者と縁を作るのも必要だと思う」
「それじゃあ」
「今回はサーシャの言う通り、俺も受けて良いと思う」
「やたっ」
ナガレからの賛同も得られた。
なら、ソーマさん達は明日の十時に、あの場所にいるらしいので依頼の旨を言いに行こう。
一応、今は保留扱いになっちゃってるから。
「だけど、こんな事ならカトリナちゃんにも付いてきてって頼んだら良かったかなあ」
「……どうしてカトリナを?」
「いや、だって、転移魔法で行き来出来たら一儲け出来そうじゃない……? 相場の五倍だよ!? 五倍! 毎日パフェを食べれるどころか、お店を建てるのも夢じゃないよ!!」
経営だとか、そういった知識がないから無理だけど、少しだけ憧れのようなものがある。
「店長は勿論ガロンさんで、お城の中と錬金寮の中に出張所も作るの。どう!? とっても素敵だとナガレも思わない!?」
「……割と冗談抜きでガロンなら魔法師長を辞めてパフェ屋の店長になりそうな気もするから、それは妄想に留めておいてくれ。多分、いや間違いなく、父上や魔法師の連中が泣く」
ガロンさんが作るパフェは絶品だから、良い案だと思ったのにナガレに否定されてしまう。
声のトーンが本気で心配してる感じだったので、じ、冗談だからと答えておいた。
「……まぁ、今はお金に困ってないし、そこまでしてお金稼ぎをする気はないけど……相場の五倍って相当だよね」
惜しい気はしたけど、アストレアお抱えの錬金術師として少なくないお給金も貰っている。
今はお金稼ぎよりも、問題解決の方が先か。
「確かに、それはそうだと思う。ポーションの相場が高騰した理由も詳しく気になるな」
〝幽霊騒動〟が原因とは聞いたけど、それだけで五倍も跳ね上がるのは何というか、やっぱり腑に落ちない部分が強かった。
だからそれも含めて、迷宮塔に潜れば何か手掛かりを得られるのではと期待していた。
「だね。取り敢えず、明日は迷宮塔に潜るから今のうちに簡易的な工房を作っとこっか」
工房といっても大層な事はしない。
持ってきた器具を準備するくらい。
先程までルゥが隠れていたリュックから、私は色々と取り出してゆく。
ポーションの素材も少しは持ってきておいたし、良さげな触媒も持ってきておいた。
現地調達はお金の問題的にあまりしたくはないし、時間があるうちに作っておいた方がいいかもしれない。
「なら、その間に俺はもう一度、ダウィドの妹のところに行ってくる」
「何か用があるの?」
「流石に、この格好で迷宮塔に潜る訳にもいかないだろ。服について聞いてくる。それと、迷宮塔について少し聞きたい事もある。一応、サーシャと一緒に行こうか悩んだが」
『ぼくは死んでもごめんだね』
「って言うと思ったから、今の間に行ってこようかと思って」
だから、宿屋の中で私がポーション製作をしているうちに行ってくるとナガレは言ったのだろう。
即答で拒絶の言葉を叩きつけるあたり、ルゥとユーミスさんの間には、深い隔たりが生まれてしまったらしい。
私の目からは修復不可能な溝のように思えた。
同時、また私のおやつを勝手に食べたらユーミスさんの下に連れていこうって誓った。
『……ねえ、サシャ。今とんでもない事考えてなかった?』
「べっつにー」
ジト目で見詰めてくる。
ルゥってここらへんの勘が凄く良いんだよなあ。
「でも、うん。そういう事なら分かった」
「日暮れまでには戻るつもりだけど、街を散策してても構わないから」
それを最後に、早速と言わんばかり部屋を後にしようとするナガレだったけれど、
「……すっかり渡し忘れてた。サーシャ、これ」
「わっ」
投げ渡される銀色の何か。
受け取ったそれに視線を向ける。
どうにも、ブレスレットだった。
「……あれ。これナガレも付けてるやつだよね」
ヴェザリアに向かう際、ナガレが手首につけていたブレスレット。
これはそれと全く同じものだった。
だけど、ナガレの手首にはまだそのブレスレットが着けられている。
どうにも、二つ持って来ていたらしい。
「もしもの時用に、ガロンに頼んで作って貰ってたんだ。使い捨てではあるし、効果範囲も限られてはいるが、念じればお互いの場所に転移される事になってる」
要するに、転移の魔法が込められたブレスレットという事か。
なにこれ、とんでもなさ過ぎない……?
「すご……って、ガロンさんそんな事も出来たんだ?」
「あぁ、いや。ガロンには魔法を込めて貰いはしたが、厳密にはガロンが作った訳じゃないな。これを作ったのは魔道具職人だな」
「あ。成る程」
魔道具職人とはその名の通り、魔道具と呼ばれるものを作る職人さんのこと。
錬金術に使う器具の一部も、彼らが作っているという事もあり、その言葉は馴染みのあるものだった。
「だから、恐らくないとは思うがもしもの時は使ってくれ」
それを最後に、今度こそナガレは場を後にした。
街の、散策。
観光でやって来た訳ではなかったので、そこの部分は自重しようと考えていた。
でも、期せずして巡って来た機会を前に少し心が躍ってしまうのも仕方がないと思う。
ナガレと一緒じゃないのは残念だけど、なにせ、ここは初めてきた国でもある。
折角なのでお言葉に甘えて────
『────パフェ屋でも探そう。とか思ってるでしょ』
「もしかしてルゥってエスパー……!?」
『サシャが分かり易すぎるだけだから……』
私の考えてる事が分かるなんて。
って驚いたら盛大に呆れられた。
それじゃあまるで、私が四六時中パフェの事しか考えてないみたいじゃん。
『でも、開いてるの? パフェ屋って』
「何言ってるの、ルゥ。アストレアで閉まってたのはお菓子のお店で、パフェ屋さんじゃないよ」
『でもヴェザリアって行商の数が減ってるんでしょ。パフェの材料が運ばれてこないって可能性は十分考えられると思うんだけど』
「…………。そ、そんな訳ないよ。パフェほど重要なものもないから。ポーションの材料の次くらいの優先度だよ。きっと。うん。きっと。ううん。絶対に」
ルゥの言葉を信じる気なんてこれっっぽっちもないけど、その可能性は若干あるような気もした。
いや、なんか嫌な予感がする。
信じる気はないけど。更々ないけど!
『ぶっちゃけ優先度最低クラスな気が』
「ほら! ルゥの手止まってる! そんな事言う暇があったら手伝って!!」
強引に言葉を被せて聞こえないフリを敢行する。そんな事はないって証明する為にも、早く終わらせよう。
やっぱりパフェこそ正義なんだって、ルゥに理解させなくちゃいけない。
そう決めた私は、『ええー……』と不本意そうな顔を浮かべるルゥの手を借りながらさっさとやるべき事を終わらせる事にした。




