四十話 エペランザ
* * * *
「────よし。私、この依頼を受けてみる」
私は、依頼の張り紙を一枚取った。
今日、明日に〝幽霊騒動〟が解決するとは思えないし、私が出来る事をやる事にした。
依頼をこなして冒険者の方との繋がりを広げる。
そうする事で、巡りめぐって上層に潜る高ランクの冒険者の方との伝手を得る。
そして『露光の花』の採取依頼をする。
これがきっと今、私達に出来る最善だろう。
ナガレと相談した上で出した結論だった。
その為、手に取った依頼も、その目的に合わせたものにしている。
「『ポーションの製作』依頼か」
青髪の彼は得心顔で悪くねえ、選択だわな。と肯定してくれた。
高ランクの冒険者も必要としていて、一番評判なりを上げる事に役立ちそうな代物。
となるとやはり、ポーションだった。
「はい。あと……これも、ですかね」
ここは〝水の国ヴェザリア〟。
すぐ近くにアストレアの錬金塔がある訳でもなく、素材も最低限しか持ち合わせていない。
だから、材料の調達も必要だった。
「八階層への同行依頼。やっぱ、それにするのか。オレも、それが一番良いと思うぜ」
錬金術師からすれば、素材収集の為に迷宮塔に潜る必要がある。だけど、迷宮塔には多くの魔物が生息している。だから、護衛が欲しい。
冒険者の人からすれば、〝幽霊騒動〟のせいで、ポーションやその材料ごと高騰してしまっている。
安くで買いたいが、自生場所には似たような薬草が生えていて素材を錬金術師らに持ち込もうにも、どれがどれだか見分けがつき難い。
だから、己らを護衛として錬金術師を自生場所まで連れて行く。
その代わりに、製作したポーションの一部を安くで売ってくれ。
これはそういう依頼であり、青髪の彼からお勧めもされた依頼であった。
「何より、制限がねえから、手っ取り早く依頼が受けられる」
悩んでいた時に教えて貰ったけど、依頼書には制限があるものと無いものの二種類に分かれている。
制限とはつまり、冒険者ランクの指定。
これまでの実績を重視する討伐といった依頼には、制限が設けられる事が多い。
ただ、私やナガレは冒険者ですらない。
だから、制限付きの依頼を受けるには積み重ねてランクを上げる必要が出てきてしまう。
その点、制限なしの依頼はすぐに受理して貰える。
純粋な魔物を倒す力量とは異なる技術────錬金術師などに向けられた依頼は、制限なしの依頼がそれなりに見受けられた。
「何から何まで、相談に乗ってくれて助かった。えっ、と」
うーん、うーん、と散々悩んでいた私達に付き合ってくれた彼にナガレがお礼を言う。
ただ、まだ名前も聞いていなかった事にここで気付いて言い詰まってしまう。
「あぁ、そいや、まだ名乗ってなかったか。オレの名前はテッドだ。ここで冒険者をやってる」
「俺の名前は、」
「ナガレと、サーシャ、だろう?」
テッドさんはそう言って破顔する。
そう言えば、さっきまで散々悩んでいた時に、ナガレは~。サーシャは~。って堂々と名前を呼び合っていたんだったと思い出す。
「いつまでヴェザリアに滞在してんのかは知らねえけど、基本的にオレはギルドでぶらついてるから、困った時は気軽に話し掛けてくれや」
それを最後に、テッドさんは私達に背を向ける。
人混みの中に消えていこうとする彼だったけど、「あの!!」と殊更に大きく叫び、私は待ったを掛けた。
「んあ?」
「色々とありがとうございました。それと、これ。もし良かったら」
私は持ち歩いていたポーションを一つ差し出す。
テッドさんは冒険者みたいだし、〝幽霊騒動〟で高騰している今、ポーションはあって損するものでもない。
だから、お礼にと渡す事にした。
「いや、要らねえよ。別に世話を焼いたっつっても、大層な事は何もしてねえし」
「また何かあったらテッドさんに聞きに行かせてもらうので、それも含めての依頼代です」
迷宮塔都市っぽく、お礼を依頼代と言い換えてみる。
すると、テッドさんはポリポリと後ろ頭を軽く掻きながら苦笑い。
冒険者としては、依頼代と言われれば受け取らない訳にもいかなかったのか。
「わーったよ。そういう事なら貰っとく。これで良いか?」
「はい!」
観念したように受け取ってくれた。
「あぁ、それとお嬢ちゃん」
「?」
「依頼書は、受付で受理の手続きをしねえ事には受けた事にならねえからそこんところは気をつけてな」
それだけ告げて、今度こそテッドさんは私達の下を後にした。
「でも、本当に良かったのか」
「良かったって?」
「この依頼だよ。迷宮塔に潜るって事はつまり、魔物と出くわす事にもなる」
『そう言えば、サシャって魔物大っ嫌いなんだっけ』
心配そうに気遣うナガレの言葉に同調するように、リュックの隙間からほんの少しばかり顔を出してルゥまでもが会話に混ざってくる。
「……だ、大っ嫌いって程じゃないよ。ただ、その、二度と見たくないってだけで」
それを大っ嫌いって言うんだよね。
ってルゥが呆れていた。
私の精一杯の見栄は呆気なく看破される。
「で、でも、だからってナガレ一人に任せる訳にはいかないでしょ」
幾らナガレが強いと言っても、ナガレ一人に押し付けるつもりはなかった。
何より、これからも錬金術師として生きていくならば、いずれは克服しなくちゃいけない課題でもある。
それが偶々、今回だったというだけの話だ。
「それに、今回は前回とは違うから」
前回とは、ウェルさん達と一緒に薬草採取に向かった時の事。
〝ヴァンピール〟に出くわして、思っきし〝ファイアボール〟をぶっ放してしまった思い出がありありと蘇る。
だけど、今回は護衛を務めてくれる冒険者さんがいるのだ。
前回とは安心感が違う。
何より、暗闇で視界不良。そのせいで間違って死骸を踏んづけてしまったせいで取り乱してしまっただけ。
あれがなければ、あそこまで暴走する事はなかった。そうだ。そうに違いない。
「何より! 今回はこんな事もあろうかと秘密兵器を用意してきたんだから」
『秘密兵器?』
胡散臭いものでも見るような調子で、ルゥが尋ねてくる。
そんな目を向けられるのも今のうちなんだから。
「ウェルさんとアリスさんに頼んで協力して作りあげた秘密兵器! じゃん!」
ポケットサイズの球状の何かを取り出し、私は見せびらかす。
内包された魔力の量に少し驚きはしていたけど、ルゥはそこまで驚いていなかった。
この秘密兵器の威力を見せつけられればと思う私だったけど、流石に今ここでは難しいのでいつかあっと言わせてやると決めて収める事にした。
「……まぁ、サーシャがいいならいいんだが」
という訳で、まっったく問題ありません。
と言わんばかりに、手にしていた依頼書を私は受付に出しに向かう。
最中、ナガレがなんとも言えない表情を浮かべていたのはあの時の錯乱具合を間近で見ていたからこその心配なのだろう。
「でも少し引っ掛かるよな」
「引っ掛かるって?」
「〝魔晶石〟の件と、今回の〝幽霊騒動〟ってやつ。偶然、一緒の時期に面倒事が二つも起こるものかってさ」
言われてもみればその通りな気もする。
『聞いた限りだと、時期的には見事に合致するもんね』
ガロンさんから渡された〝魔晶石〟と、今回の〝幽霊騒動〟が起きた時期はほぼ一緒。
ナガレの言い分には一理あった。
〝幽霊騒動〟を引き起こしているナニカが、〝魔晶石〟にまで影響を及ぼすような存在。
高ランクの冒険者までもが警戒せざるを得ない存在なのだから、その可能性は確かに十分過ぎるくらいあった。
「でも、アストレアからここまで結構遠いよ……?」
「なんだよな。問題があるとすれば、その距離と移動した理由が全く分からない点か」
仮説が正しい場合、アストレア付近からヴェザリアまで移動する理由が必要となる。
皆目見当がつかない以上、やっぱり手詰まり。
ただ、可能性はある以上、気に掛けておいて損はないだろう。
そうこうしている間に、受付の順番が私達にまで回って来た。
「八階層への同行依頼。パーティー『エペランザ』からの依頼ですね」
「ああ、そうだ」
一瞬、『エペランザ』って?
なんて疑問符が浮かんだせいで、眉根に皺が寄る。そんな私の代わりに返事をしてくれたナガレが、小声で「依頼者の名前だ。『エペランザ』ってパーティー名らしい」と教えてくれた。
そう言えば、依頼書の隅っこにそんな言葉が書かれていたっけ。
「制限はなし、という事で冒険者のランクの提示は必要ありません。こちら、受理した証明書となります。これを持って……あの飲んだくれのところに向かっていただけますか」
物凄く申し訳なさそうに受付の方から言われる。移動した視線先には言葉通り、テーブルに突っ伏した褐色肌の飲んだくれらしき人を含む三人の冒険者らしき人達がいた。
……や、やっぱり依頼変えよっかなって思っていると、受付の方から補足するように取り繕いのような言葉がやって来た。
「見た目はあんなんですが、い、一応、あれでも高ランク冒険者パーティーのリーダーなので、護衛としては折り紙付きです。はい、本当に、一応ですけど」
やがて、受付の方と私やナガレの視線が彼らに集まっている事に気づいてか。
側にいた女性冒険者が飲んだくれさんを叩き起こした事で突っ伏していた顔があがる。
程なく、己に向けられていた私とナガレ、受付さんの視線から色々と察したのだろう。
立ち上がり、此方へと一直線に向かって来る。
「もしかしなくても、オレらの依頼を受けてくれた子達だったりする?」
「……ええ、まあ。ただ、ソーマさんの醜態のせいでその依頼者も離れかけてましたが」
半眼でそんな指摘をする受付の方からの言葉に、ソーマと呼ばれた飲んだくれさんは「うぐっ」と顔を引き攣らせて声を出していた。
「……み、見た目で判断するのはおじさん、よくないと思うぜ」
「真っ昼間から醜態を晒す碌でなしの場合、それ以前の問題でしょうが」
ソーマさんを叩き起こしていた黒髪の女性の方がもっともな言葉を言っていた。
「……ただまあ、制限なしにしたとはいえ、随分と若え錬金術師さんが来たもんだ。八階層とはいえ、今の時勢を考えりゃ及び腰になりそうなもんだが」
矯めつ眇めつ検分するように、上から下まで値踏みする視線が向けられる。
一応、言葉はどうにか取り繕われてはいるけど、要するに幼過ぎると言いたいのだろう。
「ま。とはいえ、今回は同行の依頼だ。こっちとしちゃ、錬金術の腕さえあれば問題ねえ。二人ともそっちの腕は申し分なさそうだしな」
「……分かるんですか?」
だけど、門前払いのような扱いを受けるのかと思って身構えたものの、続けられた言葉はその正反対とも取れるものだった。
「剣士の手が嘘を吐けないように、錬金術師の服や手も嘘は吐けねえ」
そう言われて、自分の手に視線を向ける。
次いで、服の匂いを嗅いでみるけど、変な匂いもしない。いつも通りだった。
「要するに、オレはおめえさんらで問題ねえってこった。若えってのはただの感想だ。紛らわしい事を言っちまって悪いな」
ソーマさんの言葉はまだ終わりではないようで、そのまま視線は私達から受付の方へ向く。
「それと、オレは飲んだくれじゃねえ。元飲んだくれだ!! 事実、今日は酒を飲んでねえ。もっとも、酒が飲みたくて唸ってた事は否定しねえけどな」
どうにも、突っ伏していた理由はお酒を飲みたいのに飲めないから突っ伏していただけであったらしい。
道理で距離が近くなったのにアルコールの匂いがしてこない訳だ。
────……それを世間では飲んだくれって言うんですよ。
などと呆れられていたが、ソーマさんは気にした様子もなく再び私とナガレに向き直る。
「オレはソーマ。Bランクパーティー『エペランザ』のリーダーをしてる。こっちの黒髪はティア。んで、あそこで装備の点検してる緑髪がバルトだ。よろしくな、お二人さん」




