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32章【王子の苦悩】

32章【王子の苦悩】


(無理だ。無理だ。絶対に、いけない)


 瑠璃は煩雑とした頭の中で、否定し続けていたのは、自身の膨れ上がりそうになる心である。熱くなる気持ちを持つことすら、瑠璃には許されない。


(間違っている)


「王子、やっぱり恰好良い~!」


 瑠璃は息を整え、クラスメイト達の前では冷静に振る舞った。気持ちの上では今直ぐに、この校舎から抜け出したかった。純也はきっと瑠璃を探している。けれど、クラスで決めたシフトを破ることも、瑠璃にははばかられた。これから家族たちも遊びに来るのだ。


 瑠璃のクラスの出し物は喫茶店である。女子はメイドで、男子が執事のような黒いスーツを着る。だが瑠璃の場合は、男子と同じ衣装をまとった。


 背が高く、怜悧な顔をしている瑠璃が黒いスーツを着ると、まさに宝塚の男役のようである。更衣室でクラスメイトの女子たちから褒められる中でも、瑠璃は気が気でない。


(大丈夫。彼だって委員長をやっているのだから、私ばっかり追ってはいられない)


 今までの5回のループでも、そうだった。彼は委員の仕事として校舎を見回る。今までのループでは、順番に選んだ彼女と一緒に校舎を見てまわっていたが――瑠璃は決して彼と一緒に歩くつもりはない。


 更衣室から出ると、きゃーっと女子達が歓声をあげる。瑠璃は彼女等に笑みを向ける。格好いいですね!と声をかけられると、曖昧に笑うことしかできない。


(私が純也君を否定すれば良い)


 女子達に囲まれながら、装飾が施された自分のクラスに入る。その時、椿が自分の教室を覗いてきた。


「あ、先輩!純也、ここには来ていませんか?」

「いや、私はまだ会っていないよ」

「全く、どこに行ったのかしらっ?」


 椿は憔悴の顔つきでぱたぱたと廊下を駆けていく。彼女の様子を見て、瑠璃は妙な気持ちになった。


(純也君が、どこかに行った?私の所ではなく、どこに)


 スマートフォンを見れば、純也を外したチャットグループにも盛んに4人はメッセージのやり取りをしているようだった。


「誰かさ、珈琲の袋取りに行ってきてくれない?ちょっとストック足りないわ」

「あっ!私が行くよ!」


 瑠璃は素早く志願した。瑠璃がこの教室にいることは、純也だってわかっているはずだ。なるべく教室から離れたい。


 少しギャルっぽい女生徒は首を傾げた。


「えぇ?王子はこの部屋にいた方が良いよ。目玉になるんだし」

「良いよ。数袋、取ってくれば良いんだよね?しまってあるのは、階段の所だっけ」

「そうだけど」


 率先して行きたがる瑠璃を不可思議そうに彼女は見ていた。瑠璃は半ば強引に教室から出て、目的の場所へ向かう。クラスの中に入りきらない備蓄は、屋上に続く階段に置かれている。その場所は生徒以外は立ち入り禁止になっており、豊穣祭の来場者たちは入ることができない。

 段ボール箱が積まれたそこから、瑠璃は自分のクラス番号が明記された箱を探す。段ボールがたくさん置かれ、各クラス名が乱暴に記されている。


「よっと」


 瑠璃はその中から自分のクラス番号を探し出し、箱の中を開く。


「瑠璃先輩!」


 びくりと瑠璃は身体を起こし、階段下を見た。彼の瞳を見て、瑠璃は恐怖を覚えた。


「あ」

「探しました」


 純也は笑い、自分に近づく。階段を上がろうとするため、瑠璃は息を呑み、つい自身のクラスの段ボールを、倒してしまった。珈琲の袋が階段上にぶちまけられる。


(だめだ。いけない)


 瑠璃は自身に言い聞かせる。近づいてくる彼を――冷静に、否定しなくてはならない。


「純也君、私は―――また逃げてしまって悪かったけれど、君に対する答えは同じだよ」


 慎重に、自分は言葉を選ぶ。



「私は、君とは付き合わない」



 この言葉を、告げることになるとは思わなかった。

 純也が他の誰かを選んでくれていたら、こんなに辛いことは言わなくてもよかったのに。瑠璃は純也を恨みたくなった。


「君の言う通り、人生に妥協はしない方が良い。自分の作品に対しても、もっともな話だよ。ただ私はね、もう死にたくない」

「先輩」


 瑠璃は顔を俯かせた。いつもの涼やかな風になど、装うことができない。自分の熱くなる胸を否定しなくてはならないのだから、辛いに決まっている。


「先輩、僕は先輩のことが好きです」


 瑠璃は純也の言葉に、胸が熱くなる。


「だから私は」

「僕と付き合わないと決めているのでしょう。わかっています。それなら、先輩の気持ちを教えて下さい」

「私の気持ちなら、もう何度も言っているじゃないか。君とは付き合わない」

「そっちじゃなくて、僕に対してです」


 純也は床に落ちた珈琲の袋を踏まないように、瑠璃に近づく。


「僕たちは人間です。いつか死ぬことがわかっていても、死は恐怖でしょう。死を回避するのは当然です。それに、先輩は自分のことを差し置いて周りのことばかりに意識を向けるような性格でしょう」


 あ、と瑠璃は言葉を零し、純也が近づいてくるごとに、階段上に上った。このままだと、行く先は屋上だ。屋上に行けば、逃げ場はない。


(前のループでも、彼は私に言った)



『自己犠牲とはまた違うけど、先輩はもっと自分を主張した方が良いと思いますよ』



(無理だよ)


 瑠璃は過去の純也に言われ、すぐに心中で否定したのを覚えている。


(どうして自分が主張できるだろう?)


 瑠璃を取り囲む純也と親しい者達や、大事な家族達がいながら、どうして自分を主張できると言うのだろうか。


(私は、主人公じゃない)


 自分の書く物語と、現実は違うのだ。望みが必ず叶う訳ではない。


「もっと先輩は、自分勝手になって良いんですよ」


 優しい、と思った。


 純也は今までのループの記憶を失っても、優しい。彼の優しさが自分の心を蝕んでいくようで、瑠璃は呼吸をするのも辛くなっていくようだった。


「私は―――良いんだよ」


 自由でいられるのは、自分の書く物語の世界だけでいい。それ以上を自分は望んでいない。


「純也君は、他の女の子を選んでよ」


 瑠璃は笑おうとした。きっと自分が今浮かべている笑みは、歪なものだろう。少女達に向けるような爽やかな笑みとはほど遠い、醜いものかもしれない。

 上手く笑わなければ、純也に自分の気持ちが見透かされてしまう。

 その時、大きな警戒音が校舎中に鳴り響いた。2人はハッとして顔を上げる。



『火事です。火事です。調理室から火災が発生しました』



 じりじりという鐘のような音の後、非常に冷静な女性の声が聞こえてくる。非常用の音声なのだろう。瑠璃は、頭が白く冷めていくのを感じた。


(まさか)


 自分は付き合うことを拒否したはずなのに、どうして。


「先輩!こっちに来てください!」


 純也が自分自身に手を差し伸べる。瑠璃はハッとし、彼の手を取ってはいけないと思った。調理室から火災ということは、すぐそこである。


(今までの豊穣祭でも、なかったことなのに)


 これは、彼が自分を選んだせいなのだろうか?


 ――彼と自分は、共にいるべきではない。


 今まで2回とも、自分は彼と一緒にいて死んでいるのだ。



「こないでっ!」



 瑠璃は叫び、階段を駆け上がった。屋上の扉をばたんと開くと、下から叫び声が聞こえてくる。火災のアナウンスに怯えた生徒達の声だろう。

 風が強く、髪が自然となびく。


「瑠璃先輩!」

「やっぱり駄目なんだよ、純也君!私達は一緒にいたら、絶対に――」


 追ってくる純也は、瑠璃に歩み寄る。しかし瑠璃は拒否するように、尚も彼から離れようとする。


「死ぬんだ」


 最初はトラックにひかれ、次は不審者にナイフで刺され――。


(次は、焼死、とか?)


 ゾッとする。今まで2回のループでも激しい痛みで死んでいったが、じわじわと火であぶられるなど、御免である。


「瑠璃先輩って――」

 純也はくすりと笑った。



「他の人が言うほど、王子っぽくないですよね」



 瑠璃は純也を凝視した。下の階では火災が起こり、生徒達が騒いでいるのだ。どうして純也は、そんなことを言い、冷静でいられるのだろうか。


「それは、どう意味かな?」

「いや、前から王子ってあだ名を嫌がって髪も伸ばしてましたけど、性格は全然王子じゃありませんよね」


 王子というのは単なるあだ名である。

 自分だって、似つかわしくないとは思っているが、周りが勝手に王子と言って、もてはやしてくるだけだである。


「瑠璃先輩は、臆病な女の子ですよね」

「―――えっ」


 瑠璃は、驚愕した。


 女の子。


 自分は女子であるが、言われたことがない単語である。


「わ、私が女の子?う、うん。そうだけどさ」


 瑠璃はしどろもどろになる。何と言って良いのか、わからなくなる。


「瑠璃先輩は、僕に他の誰かを選べと言いますが、僕にとっては瑠璃先輩しかありえません。あなただけが僕の映像制作のことを気にしてくれた」

「それは――」


 否定できない。自分は確かに彼の映像制作がどうなるか、気になっていた。


「勘違いじゃ、ないと思います。瑠璃先輩は、僕のことを想ってくれていますよね?」

「···それは」


 どこまで逃げたら良いのだろう。

 どうしたら彼から逃げきれるのだろうと、瑠璃は考えていた。下の階にいる学生たちは、続々と校舎から出ていっているようだった。今また校舎には戻れない。火災が起きている今、建物の中には戻れないだろう。


 皮肉にも、瑠璃は純也と2人きりにならざる得ない状況になっていた。


「僕は瑠璃先輩のことが好きです。僕は、妥協しない人生を選びたい。だから、あなた以外と結ばれるなんて絶対に嫌なんです」

「···純也君」


 彼の力強い口調は、純也の心の強さを感じた。幾ら自分が否定しようが、もう彼が折れることはないだろう。

 野外ステージが壊され、運命に打ちのめされていた青年の姿は、そこにはなかった。

 彼は、毅然と自分の運命に挑戦をする青年だ。


(私と似ていない)


 瑠璃は自分と彼は似ていると思っていたが、違ったようだ。全てを受け止める自分とは異なり、彼は果敢に挑戦しようとしている。

 彼の力がこもる瞳に、迷いは一切ない。


「先輩、どうせ人間は最後に死ぬんですよ。だったら何をしたいですか?悔いがないと思う作品作りをしたいですよね」


 純也の不敵な笑みに、瑠璃は憧れを抱いた。


(私も――彼のようになれたら···)


 純也は今、全てを手放している。「自分」という存在だけで、何がすべきかを考え、行動しているのだ。


 ”自分勝手”という言葉は、非常に乱暴だ。周りのことを考えてしまう瑠璃にとっては”できる”かどうかよりも先に”無理”と考えてしまうものだ。


 だが、もしも死ぬのなら、自分は何をしたいか。


(臆病な私が、今できないことはーー)


 自分は死ぬ時、何が無念になるのか。


 そんなことは、決まっている。



「あなたは、僕のことが好きですか?」



 ここには、自分と彼しかいない。

 差し伸べられた手を見て、瑠璃の瞳からは涙が零れてきた。今までのループ世界で何度も涙を零した。今回のループでは、彼の前で泣くことはないようにしてきたのに。



「···好きだよ」

 ---これが一度きりの人生ならば、言わずにはいられない。



「大好きだよ···っ。純也君のことが、私は···」


 この世界で、初めて瑠璃は言った。


 最初の世界では、皆と同じように告白をした。1人では無理だったが、彼女達と一緒ならできると思い、想いを告げた。


 彼女達だって純也に恋をしているが、自分だって誰にも負けないくらいに純也のことを想っている。


 熱い想いを誰も否定することはできないはずなのに、瑠璃は自身で否定してしまっていた。

 否定したが故に、想いは余計に強まり、溢れた想いは涙と共に溶けていく


「大好きだよ···君が···」


 瑠璃は顔を手で覆い、涙を隠す。

 王子というあだ名があるとは思えない、臆病な少女は、肩を震わす。


瑠璃もようやく素直になりました・・・が・・・

この後どうするのか。


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