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27章【純也の選択】

27章【純也の選択】


『皆には、朝8時に視聴覚室に来てほしい。僕が豊穣祭で上映する映像を観てほしいんだ』


 豊穣祭の当日ーーというか、午前4時に純也からもらったメッセージを見て、瑠璃は驚いた。

 スマートフォンのメッセージアプリで、自分や椿、夏恋や雪、紫苑のグループチャットを純也が作成し、皆にメッセージを出したのだ。


 純也のメッセージの後には可愛い犬が「わーい」と嬉しそうに手をあげているスタンプも表示されている。深夜のテンションなのだろうか。


 彼のメッセージは、すぐに既読「5」という数字が表示される。皆がメッセージを確認したようだが、返事をする様子はない。


 逆に、椿が発端で、純也だけを外したグループチャットがすぐに作成された。自分も含まれており、ホッとする。


椿「何なのかしら?あの純也のメッセージは」

夏恋「こんなこと初めてですよね。何を考えているのでしょう」

雪「訳わかんないよねぇ」

椿「まさか諦めていないってことはないわよね」


 椿のメッセージを見て、瑠璃はハッとした。


(いや、まさかーーあの時、純也君の心は折れてたもの)


 野外ステージが壊され、純也は絶望していた。彼が深く絶望する中、追い打ちをかけたのは自分である。本当なら彼を慰めたかったが、心を押し殺した。


(私は、彼をきっぱりと否定した。大丈夫なはず)


 大丈夫だと瑠璃はわかっているのに、胸がざわめくのは何故だろう。前回の彼が、運命に抗う姿を見てきたからか。


『大丈夫です。今度はトラックにも気をつけますよ』


 彼の言葉を信じたが、自分たちは結局死んだ。

 今回は自分が拒絶しているのだから、きっと大丈夫なはずーーだが。


(不穏に思うのは···)


 みんなが、純也の性格を知っているからだ。


紫苑「とりあえずさ、朝行ってみようぜ」


 と、紫苑からメッセージがきた。視聴覚室で彼の映像を観る意味はわからないが、椿も夏恋も雪も同意する。


夏恋「瑠璃先輩は、どうしますか?」


 と、夏恋からメッセージが送られてきた。できるだけ自分を純也から離したいと、彼女は思っているのだろう。


紫苑「先輩はあいつを突き放したんだろ?じゃあ来ても問題ないだろうよ」


 自分が迷っていると、紫苑がフォローを入れてくれた。瑠璃は迷う心があったが、それでも彼の映像を観てみたい気持ちが後押しになった。


(何なんだろう、純也君···)


 瑠璃は朝起きると、家族分の朝食を作り始めた。味噌汁を作り、人数分の鮭を焼く。いつもの朝の習慣である。暫くすると、階段から母が歩いてくる音が聞こえてきた。


「瑠璃、いつもありがとう」


 瑠璃は母に目を向け、笑みを浮かべた。父が亡くなってからやせ細ってしまった。パートを2つも掛け持ちしているせいもあるだろう。


「お母さん、もっと寝ててもいいのに」


 夜勤明けであまり寝てないのだからと、瑠璃は彼女を気遣う。ううん、と母は優しげに笑みをこぼすと、首を横に振った。


「今日は豊穣祭でしょう?あの子達も一緒に連れてくから、楽しみなんだ」


 母は、弟や妹たちと過ごせる一日を心から楽しみにしている。今日という日だけは、自分のために仕事も休んでくれているのだ。


(6回目も、同じセリフ···)


 瑠璃は母の姿を見て、想像する。


(私が死んだ2回のループでは、お母さんたちはすごく悲しんだのだろうな)


 母や弟、妹はーー自分が死んだら悲しむだろう。父が亡くなった時も、皆嘆いた。父が死んでから1年が経ったが、未だに心の傷は癒えていない。


(家族のためにも、私は死ねない。純也君と結ばれるのは、間違いだ)


 今回の世界では万が一にも可能性がないとわかりながら、瑠璃は思う。今まで2回も純也に選んでもらえたということだけが、瑠璃にとっては幸せだったのだ。


「じゃあ、行ってくるね」


 朝ごはんを食べ終え、瑠璃は登校する。豊穣祭当日ということもあって、朝早い時間でも生徒達が多い。


「王子せんぱーい、おはようございます!」

「おはよう」


 瑠璃は知らない女子生徒達から声をかけられても、微笑を口元に湛え、返事をした。髪を切ってから、余計に話しかけられる回数が増えている。

 女子達の黄色い歓声や、熱い視線に、心中で瑠璃は苦笑する。


(髪も凄い短いし、確かに王子っぽいよね)


 少女小説を多く読む瑠璃にとっては、確かにと頷かざる得ない。

 中性的な異国の王子様、もしくは百合小説のボーイッシュなお姉さま――とか。瑠璃は、髪を切った自身の見かけを自認している。


(どうして純也君は、私なんかを2度も選んだのだろう)


 告白をしたのは自分からだが、疑問である。自分が純也の立場だったら、王子だなんて呼ばれている女子を選ばないだろう。


(男の子は、皆女性的な子を好むものだろうに。純也君は、本当に変わり者だ)


 彼は自分の長い髪が綺麗だと言っていた。彼は長髪が好きなのだろうか。だとすれば、今回選ばれるのは椿か。


(他の子と、純也君が結ばれる)


 考えただけでも、瑠璃は自身の心が傷つくのがわかった。しかし傷つく資格すら持っていないのだろう。


(他の子と結ばれるところを3回も見たのだから、慣れなければ)


 瑠璃は凛とした顔で歩き、自身の気持ちを律した。女子たちの挨拶を軽く流しながら、校舎に入る。皆が開催の時刻に向けてばたばたとしている中、視聴覚室に向かった。


「王子ー、どこ行くの?」


 廊下で、同じクラスの女子に話しかけられる。瑠璃のクラスでは、喫茶店を行う予定だ。瑠璃も作ってもらった服に着替えなくてはならないのだが、先に視聴覚室に向かおうと思っていたところだった。


「ちょっと野暮用でね。すぐに戻るから、それから着替えるよ」

「お願いねー。ほんと、髪切って正解だったよ。ますます恰好良くなったもの」


 瑠璃は曖昧に頷き、視聴覚室に向かった。視聴覚室は映像研の上映場所になる予定の部屋だ。特に装飾はなく、各生徒の作品が上映されるスケジュールが記された看板が部屋の前にあるだけだった。

 がらりと教室を開けると、教壇には大きなスクリーンが用意され、スクリーンが見えるように椅子が整然と並べられている。

 瑠璃は意外な人物がいたことに、「あ」と驚きの声をあげてしまった。


「おはようなのよ、月島瑠璃」


 富塚姫は、1番前の椅子に腰かけていた。彼女の周りには、椿や夏恋、雪、紫苑が集まっている。相変わらず3人の少女達の視線は、痛い。瑠璃は、富塚姫や、鋭く睨むようにして自分のことを見る彼女達3人、行儀悪く足を伸ばしている紫苑に対し、笑みを向けた。


「富塚姫が、どうして」

「鷺沼純也に呼ばれたのよ。遊園地といい、初の試みよね?私様は楽しいわ」


 今まで、豊穣祭の日、富塚姫が来たことはなかった。紫苑を見ると、彼も肩を竦め、神妙な面持ちで彼女を見た。


「純也が何を考えているかわかんねぇ。何をしたいんやら」

「その純也君はどこにいるの?」

「映像の準備だそうすっよ。裏にいます」


 瑠璃は自然と紫苑の隣に腰かける。視聴覚室の後ろには部屋がある。そこでプロジェクターの操作をしたり、PCの操作をできるのだ。瑠璃が後ろに目を向けると、裏の部屋の扉が開いた。


「瑠璃先輩、おはようございます」


 純也が、顔を出した。彼の顔は疲れ切っているが、明るい笑みを浮かべている。彼の笑みを見て、瑠璃は少なからず衝撃を受けた。


(あんなに落ちこんでいたのに)


 自分も彼に追い打ちをかけるように拒絶をしたが、誰が彼を絶望の淵から救ったのだろう。椿か、夏恋なのか、雪なのか。

 彼の明るい表情を見るに、純也は運命に抗うことが無駄だとわかり、誰かが彼の心を癒してくれたのだろう。


「お、おはよう、純也くん」

「先輩も揃ったなら、始めますね」


 声を弾ませ、彼はまた裏の部屋に戻る。

 部屋が暗くなり、スクリーンに映像が投影され始める。富塚姫は身を乗り出し、明らかにわくわくとしているようだった。


(そっか。富塚姫は、映像を観るのは初めてか)


 彼女が純也の映像作品を観るのは初めてだが、ここに集められている5人は、5回も同じ映像を観ている。ループする世界で、彼が作る作品は同じものだった。

 スクリーンに、映像が映る。富塚神社から、柏崎高校の校舎の姿を映した映像だ。とんとんという軽やかな音が聞こえてくる。制作物を作る音だろう。


「ああ、この映像なんですね」 


 夏恋が顔をほころばせる。今までの準備期間中の映像である。

 間違いなく、自分達が知っている映像である。


(同じ映像。これで6回目になる)


 映像の中の、茜色に染まる教室は、美しく、どこか切なさすら孕んでいるように思う。


「私はこのシーンが好きだな~。綺麗だよね~」

「美的センスはあるわよね、純也は」


 雪や椿は、彼のことを褒める。彼が作る映像が同じであることに瑠璃は内心ホッとしつつも―――彼に失望の念も向けてしまっていた。



(つまらない)



 正直、瑠璃は思った。

 2回目にループした時も、同じことを思っていた。何故彼は同じ作品を作るのだろうかと。椿も、夏恋も、雪も、そうだ。どうして彼等は同じ作品を作り続けるのだろうか。同じ作品であるという点で、作りやすいということは瑠璃にもわかる。

 絵画であれば、どの色を塗れば美しく見えるか既にわかっているから、完成させるために時間はかからないだろう。

 漫画であれば、すでにネームはできているのだ。後は手を動かし、漫画を完成させるだけだ。

 詩であれば、記憶が引き継がれるループ世界では、もう作詞をする必要はない。文字を起こすだけだ。


(純也くんの場合、記憶がないから、他の作品も作る可能性があったのにな)


 面白くない、と瑠璃は辛辣に思ってしまった。

 他の少女達と同様にホッとしつつも、冷めていく気持ちを抑えられなかった。


『これは、「青春」という僕の作品です』


 映像が切り替わった時、瑠璃はスクリーンに視線を奪われた。富塚姫は目を輝かせ、5人は愕然とした。


 「青春」という作品は、今までのループ世界で純也が作った作品である。今まで流した映像は、今までのループ世界の作品と同じである。


(純也くん?)


 瑠璃は己の目を疑った。

 スクリーンに映るのは、純也である。

 彼は自分自身を映しているのだろう。彼の後ろに映るのは本棚や勉強机ということは、彼の部屋で撮った映像に違いない。


(何これ)


 富塚姫以外の5人は、顔を見合わせた。

 今までのループ世界で、観たことがない映像だった。


(純也君は、何をしようというの)


 今までにないことに、自分達は動揺するしかなかった。映像の中の純也は挑むような顔つきではあるが、目を怪し気に輝かせている。

 自分達の衝撃を、端から予測しているかのようだ。


『僕はこのテーマで作品を発表するのなら、皆さんに衝撃を与えたいと思いました。そこで、このように作者自ら登場させて頂きます』


 映像作品の中に、その監督や作者が出るということは、珍しくはない。

 瑠璃も、純也から聞いたことがあった。


(自身の遺作で、病室の中で自分自身の声を撮影した映画もあるって――)


 それが彼の遺作となったのだと純也が言っていた。

 瑠璃は、映像の中の純也を見つめる。彼の果敢に挑むような顔つきは、運命に叩きのめされた人間の顔ではない。



『僕は、月島瑠璃先輩のことが好きです』



 映像の中の純也が、言い放った。

 瑠璃は雷に打たれたかのような衝撃を受け、思わず立ち上がってしまった。


「あ···」


 瑠璃は嫌な予感が的中したことに、激しく動揺した。


(だめ。純也君、それだけは駄目だよ···っ!)


 この世界は最後のループである。自分を選ぶという意味を、記憶がない彼は―――わからなかったのか?


 あんなにも落ちこんでいたのに、彼はどうして挑戦するような目をしているのだ。


『僕は月島瑠璃先輩に交際を申し込みます。他の誰かじゃ、僕は駄目なんです』


「何なのよこれはっ!!お前はどれほど···愚かなのよっ!!」


 椿が立ち上がり、大きな声で怒鳴った。映像に向かってではなく、裏にいる純也に聞こえるように。


「あなたが、またじゅんちゃん先輩に何かしたんですか?」


 夏恋が自分を睨み、詰め寄ってきた。瑠璃は反射的に首を横に振るが、夏恋は信じはしないだろう。


「おい!純也っ!出て来いよっ!!」


 紫苑も大きな声で怒鳴る。彼もまた血相を変えている――当たり前だ。自分達は純也を守ろうと、今まで動いてきたのだから。

 それが裏切られたとなっては、動揺せざる得ない。


「びっくりした?」


 ひょっこりと純也は裏の扉から顔を出す。不敵な笑みは、自分達の動揺をも楽しんでいるようだった。


「面白かったのよ、鷺沼純也。貴公が作った映像」 

「ありがとう。そう言ってくれると作ったかいがあったよ」


 富塚姫は上機嫌に言った。瑠璃は純也が出てきたことで、自然と後ずさる。


「純也、あれ、どういうことなの?私達に説明してくれるかな?」


 雪が、静謐な声で言い放った。いつもの彼女の間延びした口調ではない。


「台風でわかったよね?どんなに頑張っても、野外ステージも壊れちゃった。運命からは逃れらない」

「そうなのよねぇ?折角記憶を失って、もう1回ループさせてあげてるのに、結局貴殿は月島瑠璃を選ぶの?」


 雪が言うと、くすくすと楽しむように富塚姫は続けて言葉を紡ぐ。

 純也は柔らかい笑みを浮かべ、自分達全員を順番に見る。


「皆、僕を死なせないようにしてくれてありがとう。君達の気持ちはとても嬉しいよ。良い友人達を持てたと、僕は君達に対して感謝の気持ちでいっぱいだ」

「当たり前じゃないですか、じゅんちゃん先輩を死なせるなんて···ありえませんよ!」


 夏恋が力強く言った。彼女も純也を死なせたくない1人であるが、ここにいる皆、同じ気持ちだ。


「でもさ、僕はわかっちゃったんだよね。どうせ人間って、いつか死ぬよね?」


 瑠璃は、彼が何を言おうとしているのがわからなかった。


(決まった言葉じゃない。初めての、彼の言葉だ)


 ループ世界で、皆は同じ行動をする。記憶を失った純也ですら、今まで同じ行動をしてきたのに、今初めて――映像も含め、彼は初めての言葉を紡いでいる。


「それが70年後かもしれないし、10年後かもしれない、もしかしたら明日かもしれない。そんな未来を予測するのも馬鹿らしいかもしれないけど、僕たちは過ぎ行く時の中で、確実に死に向かって生きているよ。いくらループをするからといっても、僕たちは同じ。死ぬのは、人間である限り、皆一緒だ」

「···だから、いつ死んでも一緒だからって、お前は月島瑠璃を選ぶの?」


 低い声音で椿が唸る。

 きつく純也を睨みつけ、純也の選択に怒りを感じている。自身が選ばれなかったことに対してではなく、純也が死を選ぶことが許せないのだろう。


「違うよ。···僕のせいで何度もループを繰り返した君達は、気づいていない理由だと思う」

「はぁ?···んだよ、それ」


 紫苑が凄むように言った。彼もまた友の選択を信じられなかったのだろう。純也は自分達を一瞥し、そして言った。



「僕はね、一度きりの人生で、妥協したくないと思ったんだ」



 --瑠璃は、息を呑んだ。


(やっぱり純也君は、私と似ている)


 彼の選択を正しいとは思えないが、瑠璃は共感を覚えてしまった。


「僕は、瑠璃先輩が好きなんだ。その気持ちを押し殺して誰かを選ぶだなんて、そんな妥協はできない。妥協といって君達と付き合うことはおこがましいと思うし、君達に失礼だよ。それに、一度きりの人生の中で、何かを妥協することなんて間違っていると思う。自分の選択にも勿論、作品にもね」

「それは···」


 雪は口ごもる。彼の選択を止めたいのに、良い言葉が見つからないのだろう。


「だからって···死ぬの!?」


 椿が純也に詰め寄った。怒りをぶつけるような彼女の顔を、純也は冷静に見据えた。


「良いわよ、妥協で!妥協でも何でも良い!ワタクシは、純也に生きてて欲しい!折角記憶を失ったのに、どうしてお前はそうなのよ···っ!また月島瑠璃を選ぶなら、どうして記憶を失ってまでもう一度ループをさせたのよ···っ!賢い選択をするためでしょう!?」


 瑠璃は、椿の怒鳴り声によって、彼女がどれほど純也のことを想っているのか感じ取った。どんな理由でも、純也が死ぬことを良しとしたくないのだろう。


「椿、そんなに想ってくれてありがとう」


 純也は和やかな笑みを浮かべる。


「君が妥協でも良いなんて言っちゃだめだよ。君が自分で自分を貶めてどうするんだよ」

「そ、そのくらい、ワタクシはお前のことを想って···!」

「ありがとう。でもね、例え、僕が死んでも、自分に妥協を許さないで」


 きっぱりと純也は言い放った。椿は目を見開き、どうしたら純也を止められるのかと悩んでいる。眉間に皺をよせ、「でも」「だって」と言葉を紡ぐ。


「多分だけど、僕は君等の目を覚まさせたくて、記憶を失ったんだ」 

「···は?」


 夏恋は思わず訊き返していた。


「君等だけじゃない、僕自身もかな。僕はこのループ世界で、同じ映像を作り続けていたんだろう?想像しただけで、苛々するなぁ――”自分の作品に、妥協をするなんて”」



 彼の強い語調に、3人の少女達は息を呑み、傷ついていた。


 絵画でも漫画でも作詞でも、創作者であるのなら、自分達の作品が「妥協した作品」だなんて言われたら、傷つかない訳がない。自分の作品を批評されることは、時に自分自身を否定されるよりも、辛いものである。



「僕は、もし今日死ぬのなら、自分が最高だと思う作品を作って死にたいと思った。だからこそ、自分の選択に妥協なんかしたくない。この最後のループはね、僕は記憶がまっさらな状態で自分自身の作品をやり直したかったんだ。今までの記憶が、僕の作品作りを邪魔するからね。そして――こんなことに君達を巻き込んだ責任を果たすために、ループすることで運命に抗うことを止めた君達に、喝を入れたかったんだ」



 実質1巡目である純也達と違い、自分達には今までループの記憶がある。何が起こるかを予測し、賢い選択ができると――優越感を持っていたのは、間違いない。


「先のことを予測して生きる時点で、今を本気で生きているのを放棄してる。そんなの、死んでるのと一緒じゃないか。だったら僕は今の自分がしたいことを選ぶ」


 瑠璃自身も顔を赤らめる。自分が無意識に驕っていたことを、恥じ入るべきだと思った。


(純也君は、今までの記憶を疎んで···)


 5回目の最後のループで、記憶を失ったのだ。純也は、予測される未来を、悠然とした気持ちで回避する人生など嫌だと、考えたのだろう。


 ある意味、彼の目論見通りになっている。


 彼は純粋な気持ちで野外ステージを台風から守ろうとしていた。真摯に運命と向き合い、運命に抗おうと努力していた。


 知らない運命に抗う姿こそ、今を生きていると言えるのではないだろうか。


「ふぅん?面白いことを考えるのね、矮小な人間は。例え死ぬとわかっても、作品作りというものをしたいものなの?」

「神様の君には到底わからないだろうね。自分の生きる意味を考える必要性もないだろうから」

「···ふん」


 富塚姫は唇の両端を吊り上げ、ちらりと自分を見る。瑠璃は富塚姫や、黙然としている紫苑の視線に、気が付いていた。傷ついた少女達と違い、創作をしない紫苑は何も言わずに自分を見ている。



『純也を諦めてくれませんか。あいつは、瑠璃先輩のことを誰よりも好きです。でも、先輩だって死にたくはないっすよね?今回は、最後なんすから』


 紫苑が自分に言った言葉である。


(私は···)


 瑠璃は、純也自身を見る。彼は真摯な目で自分を見つめている。

 過去のループで、彼は言った。


『今度は、大丈夫ですよ』


 --力強い彼の口調ではあったが、大丈夫ではなかった。結局自分達は二度も死んでしまっている。激しい痛みを、瑠璃は忘れられることなどできない。


『今日は豊穣祭でしょう?あの子達も一緒に連れてくから、楽しみなんだ』


 自分には、家族がいる。今日来てくれる母や、弟と妹もいるのだ。



「瑠璃先輩、僕と付き合ってください」



 自分の気持ちなど知らず、彼は純粋に言った。自分に手を差し伸べ、手を取れと促しているのだろう。


(ずるいよ、純也君は)


 瑠璃は唇を噛む。紫苑の言葉、家族の存在、そして何よりも―――自分は知っているのだ。


(純也君は、覚えていないからそう言えるんだ)


 痛烈な死を体感していないから、自分を選ぶのだと言えるのである。自分は覚えている。彼の死に顔を、自分は見ている。


 自分に与えられた痛みよりも、瑠璃は彼を失った痛みを苦痛だと感じていた。


 彼が言わんとしていることはわかる。しかし、物事は美辞麗句ばかりでは進められない。

 美辞麗句が通じるのは、瑠璃にとっては自分が紡ぐ物語の中だけだ。


「···無理だよっ!」


 瑠璃は居たたまれなくなり、視聴覚室から飛び出した。

 自分の声は思った以上に震えていた。当然だ。自分の頭の中はごちゃごちゃで、整理しきれず、涙が零れそうだった。


「瑠璃先輩!」


 純也が叫んだが、瑠璃は振り返ることなどできなかった。


(私の気持ちなんて···!)


 邪魔なだけである。皆が自分達が結ばれることを願わず、自分を失いたくないと思っている家族がいる。


 そして彼が死ぬということをわかりながら、瑠璃は自分の気持ちを貫くことなどできなかった。いくら彼が自分を選択しても、自分は拒否する。



(皆のためにも···私は純也君とは結ばれない!)


 瑠璃は廊下を駆け、純也を拒否した。


次の話は20日(土)の19時に更新予定です('ω')ノ

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