21章【真実を知った後の苦難】
21章【真実を知った後の苦難】
その夜、純也は映像制作に没頭していた。
映像編集ソフトを映したデスクトップを前にして、映像を切り貼りし、はめ込み、1つの映像を作ろうとする。未だに豊穣祭で上映する自身の作品を考えあぐねていたからだ。水族館で撮った映像もあるが、どうもパッとしない。
(僕は、結局「青春」って作品以外は作れないのか?)
瑠璃と死んだ自分のことを忘れたくて作業に集中したのだが、自分の才能のなさが露呈するようで、段々と純也は制作作業に嫌気が指してくる。
「純也、今日学校は行かなくて良いの?」
母が扉から自室に入ってきた時、純也は一瞬彼女が何を言っているかわからなかった。
「え、今、夜」
「朝よ。何言ってるの」
デスクトップに表示された時計を見れば、確かにもう朝6時半だった。いつも正確6時に起きていたというのに、純也は慌てて立ち上がった。
「あ、行く!委員あるし」
授業はなくても、今日は委員がある日だ。
豊穣祭まで、あと1週間である。各部の準備、制作も架橋というところだ。時間がないことにピリピリしているやつも出てくる。
「ねぇもうすぐ豊穣祭だけど、大丈夫なの?」
「え、何が?」
すばやく学校に行く準備を整え、階段を駆け下り、玄関からまさに出ようとする純也を、母が呼び止める。50代頃に差し掛かった細身の母親は、心配そうに頬に手を当てた。
「台風くるじゃない」
「え、嘘。まじで」
家でテレビを見ない純也は、慌ててスマートフォンで検索をかける。1週間の天気を表示すると、確かに台風が迫っていることが書かれているがーー母が純也のスマートフォンを覗き込む。
「この感じだと、豊穣祭当日には来ないみたいで良かったわねぇ。」
関東に台風が直撃するのは、豊穣祭当日の3日前だ。母は呑気に言うが、純也は胸がざわついた。
「良くないよ。対策たてなきゃ」
何もわかっておらず首を傾げる母に何も説明をせず、純也は急ぎ足で学校に向かった。
(準備期間中に台風が来るってことは、野外に設置してあるものが危ない)
豊穣祭は校舎内だけで展示する訳ではない。飲食物をテントで売るクラスもいるし、夏休みからせっせと作り上げてきた野外ステージが校庭には設置されている。
(今日の部長会議で議題にあげなきゃ)
台風対策をきちんとしなければならない。気を引き締め、純也はまずいつものように富塚神社に立ち寄った。
「お、貴公来たのね」
「富塚姫、悪いけど、また後でね」
いつものように純也は二礼二拍手一礼を行うと、さくっと校舎に向かった。
「何なのよ。つれないわねぇ」
唇を突き出すようにしている富塚姫を、純也は無視した。
(正直、今富塚姫と話している余裕ない)
台風対策もあるが、昨日話されたことを素直に受け止められない。自分はどうしたら良いのか選択できない純也は、ループを引き起こしている彼女と話したくなかったのだ。
「あ、おはようございます。じゅんちゃん先輩!」
委員部屋に入ると、夏恋が歩み寄ってくる。昨日泣いていたせいか、彼女の目は赤く晴れていた。自分のせいだとわかっているので、彼女の顔を見ると胸が痛む。
「おはよう。ねぇ、今日の部長会議でさ、台風のことを議題にあげよう。せっかく設営したのに、吹き飛ばされたら堪らないよね」
「あ、そのことですか。そうですね、今日議題にあげましょう」
夏恋はすでに用意されていたレジュメを手に取り、純也に見せる。
「ま、外に設営されたものは全部、全滅しますけれどね」
夏恋はさらりと言った。あまりに感情のこもっていない声だったので、耳を疑った。
「ぜ、全滅?」
「はい、全滅します。野外のテントも、ステージも、ふっとばされますし、壊れますよ。今まで5回とも、そうでした」
5回ーーとは、ループ世界のことを言っているのだろう。純也が言葉を失わせていると、夏恋はレジュメに文字を書き足していく。
「安心して下さい。飲食物の販売は、教室側でやれます。野外で行われる予定だったファッションショーやクイズショーも、体育館で行なえます。わかっている未来だからこそ、対策が可能ですよ」
夏恋は、柔らかく微笑んだ。自分を安心させるような笑みではあるが、純也には信じられなかった。
なぜ、彼女は平然とそんなことが言えるのだろうか。
「え、野外ステージとか、テントとかーー皆頑張って作ってたじゃないか」
夏恋はきょとんとしている。自分の言葉を不思議そうにしているが、逆に純也には彼女の態度が不思議でならない。
「皆が頑張って作ってたものなのに、壊れることがわかってるからって、見放すの?」
「ーーあ、そうですね。じゅんちゃん先輩は実質1巡目だから、わからないですよね」
夏恋は自分へ哀れみの目を向けつつも、柔らかな微笑みを揺るがさなかった。
「じゅんちゃん先輩も、4回目までは、なんとか野外の制作物を守ろうと頑張っていましたよ。でも、どんなに頑張っても、だめでした。運命には勝てません」
「そんなーー」
「じゅんちゃん先輩、確か言ってましたよ。えーと、作者の名前忘れちゃいましたけど、『タイムマシン』って映画でしたっけ?恋人が必ず死んでしまう運命が変えられないように、絶対に変えられないものがあるって」
夏恋の話を聞き、純也は静かに自身の中で沸き起こる苛立ちに気がついた。
過去の自分が、諦めてしまったという事実が許せなかったのだ。
(たかだか、5回で)
ループを題材にした作品は星の数ほど存在する。何千回も恋人の死を目の当たりにした主人公が、周りの仲間たちに励まされ、運命に立ち向かう話も、山ほどあるだろう。
それを知っている自分が、なぜ諦めてしまったというのか。
「ーー野外ステージも、ちゃんと台風対策しよう。土嚢を積んで、ちゃんとシートで保護してさ」
「え、だから先輩、もうそんなこと何度もやってきましたよ」
「やるよ」
夏恋は言いよどむ。自分の気迫に押されたのだろう。
椿や雪といった各部の部長達が集まってきたので、純也は会議を始めることにした。
「これから各部の会議を始めます。まず、皆さんご存知だとは思いますが、準備期間中に台風が直撃するようです。野外ステージや野外のテントに被害が見込まれるため、壊れやすい制作物は体育館で保管、あと運び出せないものはシートを被せるなどの対策をしましょう」
純也は注意深く各部の部長達の反応を見た。純也の言葉にちゃんと耳を傾けている者もいるが、椿と雪の反応だけが違った。目を見開き、自分のことを見る。
「せっかく皆が作り上げたものです。台風程度に負けないように、一丸となって対策していきましょう」
また馬鹿なことをしでかしていると3人の少女達は思っているのだろう。だが、純也は決められた運命とやらに負けるつもりもなかった。
「委員長、部誌ができましたよ」
部長会議が終わった時、ふくよかな少女が話しかけてきた。文芸部の部長の飯島である。純也は受け取り、その冊子の厚さに驚いた。
「な、なんか分厚くないですか?冊子」
「そうなんですよ。先輩が、いっぱい書いてたんですよね」
「先輩?」
「ええ、うちの王子です」
瑠璃のことだとわかった時、純也は冊子をぱらぱらとめくり始めた。瑠璃は部誌に作品を掲載する時、決して名前を書かない。やはり王子のキャラクターを壊したくないらしく、名無しで掲載している。どの作品が瑠璃の作品なのだろうと、純也はページをめくりながら文字を追う。
(先輩は、何作品も···)
「純也ー!ちょっとお!」
後ろから雪が飛びついてきた。
「もし野外ステージ使えなくなると、うちの部の発表も体育館でやる感じになるよね〜?」
「あ、うん。もしも、野外ステージが壊れた場合にね」
雪に対し、純也はにっこりと言った。部誌を閉じる。雪は笑顔で口を閉じるが、疑念の目を純也に向ける。
(壊れることがわかってたって、すんなり諦められない)
純也が校庭の野外ステージに目を向ける。学生達が騒然としながら、着実に豊穣祭の準備を進めている。彼等は作業に熱中していたが、何人かが空を仰ぎ見る。
灰色の空から、雨が降り出した。
しとしとと降る雨は、段々と日にちをかけて強さを増していった。純也は憎らしげに雨を睨んだ。
次の話は、明日の19時更新予定です('ω')ノ




