後編
「はふっ……」
エリーゼは熱い息を吐いて、ふるりと身体を震わせる。
隣に寝ていたレヴィエフは、そんな彼女の頬を撫でた。
「いつもはとても冷たいのに、熱いね」
「………熱くなるようなことすれば当たり前でしょ」
「あぁ、うん。だから、君の白い肌が真っ赤に染まるのがよく分かる」
「うぐっ⁉︎」
ちょっとしたミスで、媚薬入りのお菓子を食べてしまい……一線を超えた日から。
レヴィエフは味を占めたのか、コソコソとエリーゼを喰べるようになってしまった。
最初は同衾云々言ってた人間がコレである。
エリーゼは呆れたように彼の鼻を摘んだ。
「はぁ〜……一回やっちゃうと歯止めが効かなくなるタイプなのねぇ」
「煩いな。エリーゼが可愛いのが悪い」
「どこが可愛いのか言ってごらんなさいよ」
ふんっと鼻で笑うエリーゼに、レヴィエフはキョトンとしながら口を開いた。
「え?まず、見た目が好み。だけど、その性格とのギャップが堪らない。サバサバしてるかと思ったら、時々初心で可愛い反応するから加虐心が唆られる。何にも知らない真っさらなキャンパスを、僕の色に染められてるみたいだよね。初雪を踏み散らすとも言うんだっけ?まぁ、取り敢えずは啼かせたい」
「ねぇ‼︎貴方もだいぶ変わってきてるけど大丈夫かしら⁉︎そんな頭の沸いたようなこと、言ったことなかったわよね⁉︎」
「どうやら、一度懐に入れたら壊れるほどに大切にするタイプだったらしいよ」
「壊れるほどに大切にするって、自分で壊してるわよね⁉︎何言ってんの⁉︎」
ギャーギャー叫ぶエリーゼを彼は捕まえて、にっこりと微笑む。
そして、蕩けるような笑顔で答えた。
「あははは‼︎まぁ、エリーゼがこの城にいる人達に本気で死体だと思われ始めてるし?僕は元気に死体を抱くクレイジー皇太子みたいな扱いになってきてるのは、誤算だったよね」
「えぇ……それ、ヤバいヤツじゃ……」
「その内、王位継承権第一位から引きずり降ろされるかな。それはそれで嬉しいんだけど」
レヴィエフは酷く疲れた顔で呟く。
まだ少ししかいないが、エリーゼもこの場所がどんだけ油断できない場所なのかは少しは理解したつもりだ。
だから、エリーゼは彼の頭を優しく撫でた。
「全部嫌になったら、わたくしの国に逃げちゃいましょう?大丈夫よ。わたくしが付いているもの」
「エリーゼ……」
「だから、安心なさいな」
二人は互いに笑いあって額を合わせるーー。
だけど……まさか、本当にクロム公国に逃げたくなるような事態が起きるとは、思ってもみなかった。
*****
「エリーゼ姫の死体‼︎今すぐレヴィエフ皇太子から離れなさい‼︎」
ヒョォォォォ………。
空気が凍るというのはまさにこのことを言うのだろう。
エリーゼがネイジーア帝国に来て早くも一年が経とうとしていたその日ーー。
新年の舞踏会の会場で、エリーゼとレヴィエフは冷たい視線を彼女に向けていた。
柔らかな琥珀色の髪に、榛色の瞳。
可愛らしい顔立ちをしている彼女は、誰なのだろう?
エリーゼは首を傾げる。
「……………誰?」
「レヴィーの幼馴染のマルシータよ‼︎留学から帰って来たと思ったら、レヴィーが死体を婚約者にしたと言うじゃないの‼︎そんなの、狂ってるわ‼︎」
…………エリーゼは、ふっと息を吐く。
どうやら間違った知識を刷り込まれたらしい。
エリーゼを邪魔者扱いして殺そうとしてきた奴らの仕業なのか。
レヴィエフは呆れたような顔をして、エリーゼの頬を撫でた。
「彼女、生きているよ?」
「そう思っているだけでしょう⁉︎死霊術には意識が残る術があると聞いているわ‼︎」
「………………(話が通じない)……」
レヴィエフは極寒零度の視線でマルシータを見つめるが、彼女は気づかない。
それどころか、どっかから光の剣を召喚してエリーゼに剣先を向けた。
「死体なら光属性に弱く、その心臓を貫けば活動を止めるはず……待っててね、レヴィー‼︎必ず貴方を救うわ‼︎」
マルシータはそう叫ぶと勢いよくエリーゼに剣を突き刺そうとした。
しかし、それよりも先にレヴィエフが身体強化をかけて彼女の身体を横蹴りして吹き飛ばす。
「かはっ⁉︎」
ボールのように地面を跳ねて、マルシータは痛みに呻く。
エリーゼは思わずギョッとして、レヴィエフから距離を取った。
「うわぁ、女性にも容赦ないわぁ」
「人の婚約者に剣を向けたんだ。これぐらい、優しいだろう」
レヴィエフは冷たい目で彼女を睨むが、マルシータは自分に回復術をかけて起き上がる。
そして、鬼のような顔で叫んだ。
「貴女‼︎やっぱりレヴィーを洗脳してるのね⁉︎許さない‼︎」
「許さないのはこちらの台詞だ、このクソ女‼︎」
ビクッッ‼︎
レヴィエフは怒りを露わにしてマルシータに叫ぶ。
………というか、この場にいる全員が皇太子レヴィエフが怒るところを初めて見た。
「エリーゼは生きてる人間だって言ってんのに人の話を聞かないこの馬鹿が‼︎なんなんだ、お前の耳には綿でも詰まってるのか‼︎」
「レ、レヴィー?」
「エリーゼはちょっと……いや、かなり死霊に愛されちゃってる所為で死の気配を纏い過ぎてて‼︎ちょっと色白だから死体に間違えられるけどな‼︎低体温気味だけど、恥ずかしくなれば熱くなるし、身体のなーーー」
「ちょーーーっと待って下さる⁉︎なんか、わたくしの威厳が損なわれる恐れがある気がしました‼︎止めろ‼︎」
「とにかく、エリーゼは可愛い俺の女なんだよ‼︎テメェみたいな七歳の頃から俺の貞操を奪おうとする猿女とは違うんだよ、バァァァァァァァァァカッッッ‼︎」
ヒョォォォォ………。
エリーゼはギョッとしながら、マルシータから距離を取る。
他の貴族達もだ。
いや、それも仕方ないだろう。
七歳から、貞操を奪おうとする痴女なんて……ヤバい。
「な、な、な、なっっっ⁉︎」
マルシータは顔を真っ赤にして狼狽する。
秘密を暴露されたからか。
取り敢えず、色々と終わった。
彼女の尊厳的な何かがーーー。
「レ、レ、レヴィーのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっ‼︎」
マルシータは号泣しながら会場から出て行く。
残された人々はなんとも言えない顔で、レヴィエフを見つめた。
「………うん、なんか色々とやらかした気がするよ。うん」
「やらかしたわね、馬鹿」
「あははは〜……まぁ、取り敢えず。エリーゼ以外は娶る気ゼロだから、それだけは宣言しておく‼︎もし、僕に無理やり女を当てがおうとしたら……」
レヴィエフはにっこりと、冷たい笑みを浮かべた。
「地獄を見せてから、潰してやる」
ヒョォォォォ……。
何度この空間を凍らせれば良いのだろうか。
レヴィエフはエリーゼを抱き上げると、一目散に逃げ出したーーー。
*****
数年後ーー。
なんだかんだと無事に結婚して、皇帝になったレヴィエフと妃エリーゼの間には……。
無駄に死霊に愛される子供達が産まれたとさ。