第36話 巨大な龍の、ロリ天使!
ロリ天使はそう言うと、上空に両手のひらを向けた。
「――はぁああああ!」
なにやら気を昂ぶらせるような咆哮を上げると、『バシュン!』という音とともに、上空に巨大な火の玉が出来上がった。
その火の玉は直径30mほどあり、まるで小さな太陽といった様相だ。
赤外線を照射しているようで、少し熱い。
「おお! なんだアレは!」
「まるで真夏みたい……!」
「なるほど、アレを敵にぶつけるんだな!」
沸く観客とは対照的に、ニセ勇者は冷ややかな目線で口を開く。
「へぇ、そんな魔法が使えるとはね。で、その火の玉でオレを丸ごと焼き尽くすつもりかい?」
いまもなお勝ち気な態度を見せるニセ勇者に、ロリ天使は笑みを浮かべる。
「そうではない……。これは我が身に纏うための魔力球だ……!」
上空に向けていた両手のひらを落とし、腕を組む。
「光栄に思うがいい。天なる力の一端を供覧せしめるなど、本来は尋常の沙汰ではないのだ……! 人を超えた我の力を存分に拝観するがいい……! 『嬲り狂う龍の邪法』!」
そう唱えて、ロリ天使は両手を広げた。
――直後。巨大な火の玉が、殻を割った生卵のように形を変え、赤黒く燃え上がった粘性の液体が俺の身体を包みこんだ――。
その液体は身体をすっぽり覆うと、徐々に硬質化していく。
俺の顔を覆っている部分は層が薄く、周りの様子が分かるようになっている。
しばらくすると、身体中から眩しい閃光が射出された。
「うっ……! なんだ? 眩しい……!」
あまりにも眩しかったからだろうか、ニセ勇者は腕で目を塞いだ。
観客も同様だ。
揃ってみんなが目を塞いでいる。
『バリンッ!』
閃光がピタリとやむと、ガラスの割れるような音が響いた。
ニセ勇者と観客たちは、徐々に塞いだ目を開けていく――。
「おいおい、なんだありゃ!」
「なんて神々しい龍なの……!」
――ん?
龍……? 何を言っているんだ?
『ズワァ……』
おお!?
目線が上がっていく。
さっきまで普通の目線の高さだったのに、いまは5m……7m……。
まだ、どんどん上がっていく。
身体の感覚から、首の筋肉を使って顔を上げているような……。
まさか、俺の身体、巨大な龍になってる……?
目線が上がり切ったところで、高さはゆうに20mは超えていた。
20mといえばマンションの7階ぐらいの高さだ。
――どうやら、この身体はキリンよりも長い首を持っているようだ。
「待たせたな、これが天なる我の力だ……! ただの人間がこの姿を拝観できることは、存外かつ望外、身に余る僥倖と知れ……!」
ロリ天使が喋っている。
野太く、低く響く声だ。
うん、間違いなくこのデカい身体から喋っている。
「それが、君の真の姿なのか……?」
ニセ勇者がそう質問すると、ロリ天使は大きな口を開く。
「馬鹿を言え……。これはただの魔力付与だ。まぁ、貴様の常識のそれとは、次元が違うものだがな……!」
「へぇ……。それにしても、あーあ、見た目が可愛くなくなっちゃって……! それじゃ、君の力を試そうかな。『仕返し』!」
『ズガンッ!!』
ニセ勇者が指先から砲撃を放つ。
――『スゥ……』
しかし、その砲撃は俺の身体へ到達する前に、ふわっと分散して消えていった。
「えっ……?」
ニセ勇者は唖然とした表情をする。
すると、ロリ天使はゆっくりと、ニセ勇者のほうへ顔を近づけた。
「『ひれ伏せ』」
『バタンッ!』
なんと、ニセ勇者が片膝をついて頭を下げた。
「なっ……! なんだこれは、身体が勝手に……!? 身動きができない!」
「『消えろ』」
ロリ天使がそう唱えると、今度は鋭い指の爪先から、直径1mくらいの黒い半透明の泡が射出された。
それは、シャボン玉のようにふわふわと漂いながら、ニセ勇者に向かって飛んでいく。
――ニセ勇者の身体に接触した。
『バシュンッ!』
黒い泡と対消滅するように、ニセ勇者の上半身は丸ごと消えた。
その場所には下半身だけが残されている状態だ。
残った身体はそのままパタリと横になった。
うわ、グロ……。
続けて、ロリ天使は巨体を震わせ、右前足を上げる。そして――。
『グチャアッ!!』
巨大な前足で残った身体を力強く踏みつけた。
血しぶきをまき散らし、もはや再生不可能、といった様相だ。
これで、やっと終わりか……?
「勇者くん、龍にも変身できるのか!」
「圧倒的な力だ……!」
「あれも物理魔法なのか?」
「凄く、カッコいい!」
観客も見慣れてきたのか、あまりグロいとかは言わなくなってきた。
――『ウジュジュ……』
ニセ勇者を踏みつけた前足に、触手状のものが何本も蠢く感触が伝わってくる。
まさか、またなのか……。
ロリ天使は、これも予想通りといった様子で、その前足をどかした。
踏みつけていた足跡を見ると、ニセ勇者の腰から上に触手がウジャウジャ伸び、絡まり、徐々に上半身を形作っている。
気持ち悪……!
こんな風に身体を再生していたのか。
やがて、本日何度目かの服と身体の全回復が行われると、ニセ勇者は下卑た笑顔で口を開いた。
「あはっ! 気持ちよくて清々しいなぁ……。頭の中で幸せの源がぐるぐる回ってる……! こんな時が永遠に続けばいいのになぁ」
ニセ勇者の目はトロンとしている。
――すると、身体の周囲に大きな影ができた。
「――あっ」
『グチャアッ!!』
ロリ天使は無言のまま、再度その巨大な前足でニセ勇者を踏みつけていた。
数秒後、また『ウジュジュ……』という音とともに蠢く。
さっきよりも回復が速い。
ロリ天使は再度、前足を上げる。
「痛くて気持ちいいな~! あっ――」
『グチャアッ!!』
また踏みつけた。
そして今度は1秒待つでもなく、また『ウジュジュ……』と蠢く。
どんどんペースが速くなっている……。
足を上げた。
「痛い、気持ちいい――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「頭の中が幸せだらけ――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「いまが、一番幸せ――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「ランク1位をまた更新――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「で、これいつまでやるの?――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「無駄だって分かってるよね?――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「オレはどんどん強くなる――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「いずれ、いまの君よりも強く――」
『グチャアッ!!』
踏んだ。
『ウジュジュ……』
足を上げた。
「――あれ。なにか、おかしい……?」
『ピタッ』
踏まなかった。
「…………? なんだ? オレの身体……、上手く……動かない……。それに、何か身体の色がおかしいぞ……!?」
ニセ勇者の身体には、紫色のまだら模様のアザが浮かび上がっていた。
「ほぉ……。ついに始まったか……」
ロリ天使はそう言うと、少し後ろに下がり、首を地面に横たえた。
「『解除』」
『ジュワアア……』
そう唱えると、身体中から白い水蒸気が勢いよく出始めた。
――数秒ほど経ったころ、龍の身体は全て蒸発し、俺は人間に戻っていた。
勇者の鎧は半壊状態のままだが、身体の怪我は全て治っている。
「あ、あれ……? おかしい、おかしい……。それに、少し気分が悪い……。力も弱くなっている気がする……」
巨大な龍から人間に戻るという大演出をした俺の姿には一瞥もくれずに、ニセ勇者は自身の身体の異変ばかりを気にしていた。
「――貴様のそれが何なのかを、我は知っている。できれば、そうなる前に勝負を終えておきたかったのだが……」
そんなロリ天使の言葉に反応して、ニセ勇者は憔悴した表情を見せる。
「……君は、何を知っている……?」
「さぁな。だが、いくつかの答えは教えてやろう。貴様の身体にいま何が起こっているのか、そのタネ明かしをだ」