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だらしない探偵に嫉妬していました。最悪です。

木漏れ日が差し込む事務所。

僕たちは再び、山本さんと会っていた。

山本さんは、昨日、母から支配的な扱いを受けているという相談でやってきた依頼人だ。


「証拠が必要とのことで……私にできる限り、持ってきました」


そこには、簡素な証拠が机に置かれていた。

通帳に、スマホ。それが証拠の全てだった。


「これは通帳の出入金記録、この中にはスマホを覗かれた痕跡──」


橋田さんはいつになく真面目に聞いていた。

彼は彼女の言葉がかすれ、切れるのを聞き逃さず、じっと待った。


「──暴言の録音、外出を監視するメッセージが入ってます」


言って、彼女は俯いた。その肩がわずかに震えている。


「……お茶、どうぞ」


橋田さんは両手で湯気の立つお茶を包み、彼女に差し出した。


「ありがとう、ございます……」


まただ、と思った。

──明らかに優しすぎる。

前は無造作だったのに、今日は妙に丁寧だ。

理由の付けられない苛立ちが湧き上がって、胸にずんと沈んだ。


完璧な、探偵の距離だった。


橋田さんの、彼女を気遣うように低くした声、お茶を包んだ両手、そのどれもに、一昨日、自分の髪に触れたあの手を思い出してしまう。

呼吸が浅くなる。僕は唇を噛んだ。

……僕、最低だ。


「よければ、母の暴言の証拠を聞いて欲しくて」


山本さんはスマホを操作した。橋田さんは僕にアイコンタクトする。書き起こせ、の合図だ。僕はノートとペンを手に取った。


最初は普通の雑談だった。だが、次第に山本さんの母が声を荒げ、内容が不穏になっていく。


「女なんだから、親に逆らうな」

「あなたは一人じゃ何もできない」


スマホから流れるその言葉に、息が詰まった。


『お前が悪い』

『女の子なんだから、反抗するな』


「──っ!」


ガチャン、と大きくペンを置く音が部屋に響いた。

ノートがぐしゃりと音を立てる。


橋田さんがこっちを見た。冷徹な目だった。

橋田さんは僕に顔を寄せ、囁いた。


「怒るのは後でいい。今は、あの人が逃げられる札を集める」


言い返そうとした。なんで、と。でも、橋田さんの目を見て、息を呑んだ。

もしかして哀れみじゃないのかもしれない、と、そう思った。


山本さんは、そんな僕らを見て、不安そうに拳を握り締めていた。

橋田さんは僕から離れると、山本さんに向き直って、にこりとした笑顔を浮かべた。

また胸がざわついて、僕は唇を引き結んだ。

奥歯がギリ、と音を立てる。

山本さんはお茶を一口飲んで、また音声を再生し始めた。



山本さんが帰ったその瞬間だった。

橋田さんは、僕の目の前にある湯のみを引っ掴んだ。

そして、見もせずにそれを一気飲みした。

一言も、なかった。

橋田さんの喉が鳴る。ことり、と湯のみを置く音がした。


──イライラが来る、って思った。

でも、来なかった。

あれ、おかしい。

さっき、山本さんにはお茶を飲むかどうか聞いてたな。でも、僕には聞きもしない。てことは──

どこかで力が抜ける感覚がした。

なんで安心してるんだ、僕は。


……そっか。イライラじゃなかった。

僕、嫉妬してたんだ。


その瞬間、一昨日「分かるよ〜」と言ってきた橋田さんのにやにや面が脳裏に再生された。

──まさか、先に気づいてた?

そう気付いた瞬間、心臓が高鳴って、僕は胸を抑える。

……最悪だ。



一週間後。

机の上には、スマホ、PC、ノートにペン。

ようやく、証拠が全て出揃った。

それを見た山本さんは、ぽつりと呟いた。


「もう、自分が悪いと思い続けるのはやめたいんです」


その顔が、泣き笑いのようにくしゃりと歪んだ。


橋田さんは、集めた証拠一式を整え、警察への再相談と支援窓口への同行段取りをつけた。もちろん、その時は僕も橋田さんも付き添った。

山本さんは最初は不安そうだったけど、隣にいる僕たちを見て、自信を取り戻したようだった。淀みなく答える山本さんは、最初とは別人のようだった。


「本当に、ありがとうございます……。

おかげさまで、警察も動いてくれるって。

ほんとに、橋田さんと渡さんのおかげです」


何度もお辞儀する山本さんを、橋田さんはひらっと手をあげて制した。


「いえ、辛い経験をされたのに、ここまで粘り強く取り組んでくださった山本さんの功績ですよ」


橋田さんはへらりとした笑みを浮かべた。


「またなんかあったらいつでも頼ってください。できる限りのことはさせていただくんで」


軽い調子だが、内容は真剣だった。

何度も振り返り、ありがとうございます、と言いながら帰っていく山本さんを手を振って見送りながら、僕たちはドアを閉めて中に入った。


事務所に戻った瞬間、橋田さんはソファにだらりと沈んだ。ネクタイに指を入れ、半分緩める。


「あー、さーて、一件落着ってねー」


さっきまで完璧に探偵をしていた橋田さんの、この緩みよう。

情けないですよ、と言おうとして、ふいに喉の奥で言葉が詰まった。

これは誰にでも見せるのか、それとも──。

胸がざらついて、咳払いしてごまかした。


橋田さんが身じろぎして、ソファがぎしりと音を立て、大きく欠伸をする。


──最悪だ。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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