断片
少しずつ、繋がってきています。
ただ、それは「理解できる形」ではなく、あくまで断片的なものとして。
同じものに触れているはずなのに、見えているものは違う。
聞こえているものも、同じとは限らない。
それでも確かに、距離は縮まっています。
今回は、そんな“繋がりかけている状態”のお話です。
「ほな、始めよか。」
自分よりも先に陽向が号令をかけた。
このあたりは西の人という感じだ。
皆の視線がテーブルの指輪に集中する。
自分と陽向は指輪に対して語り掛けるように意識を注いだ。
ほどなくして、自分の意識はかの霧の中に溶け込んでいった。
やはり霧の先、はるか先というほどではないがそこそこ遠くに少女は居た。
相変わらず、何か話しているように口元は動いている。
以前と同じように、耳を澄ませる感じで何を言っているかを聞き取ろうとした。
『…たどり…ついた…』
「どこにいるんだ?」
『…きづいて…』
途切れ途切れではあるが、伝わってくる声はクリアになってきた。
とはいえ、まだ何を伝えたいのか意味は解らない。
だが、さっきの話から『認知の外側』に居ると考えると話がつながってきた気がする。
「もしかすると、居るのか?」
『…そう…とどかない…』
やはり少し会話が通じない感じがする。
何と言うか、言葉の壁があるようにも感じられる。
「どうしたらいいんだ?」
『…やま…』
「山?」
どうしたら、というところで場所の名前が出るとは思わず、聞き返す形になってしまった。
『…ちいさな…』
次の言葉を待つ。
『……こや…のような…』
「……小屋、みたいな場所か?」
『…もう…とおく…』
距離のことなのか、それとも別の意味なのかは分からなかった。
そこまで聞こえたかと思うと、霧が晴れるようにして元のテーブルの前に戻った。
恐らく、前と同じように自分だけ意識が飛んだような状態だったのだろう。
静流も慣れてきたのか、焦りよりも結果を気にしているような表情だった。
一方、陽向は前と同じように同調しようとしていたのだろう。結構、疲れていた。
澪も何か疲れているような様子だった。
「澪、どうかしたか?」
少しめまいがしたように、こめかみを押さえる。
「私も何か見えたような感じがしました…」
「何か聞こえたのか?」
少し考えこむように言葉を紡いだ。
「…うまく言えないんですけど、声のようなものが聞こえた気がします…」
澪にしては珍しく、自分の言葉にしっくり来ていないようだった。
適切な言葉が見つからないような感じだ。
「ようなもの、というのは声ではないということか?」
「はい、声というよりは、音…音階が声に聞こえてくるというか…」
歯切れの悪い感じの澪を見て陽向が助け舟を出した。
「なぁ、境、澪ちゃんもお前と同じような感じになったんちゃうか?」
陽向の言葉がしっくりなじんだ。
自分もあの少女の言葉らしきものは、声というよりは意識に直接響いてくる。
音が声に聞こえると言われれば、そういう風に感じる人もいるだろう。
「澪ちゃんは境君と以心伝心なんだね~。」
楽しそうに野乃花ちゃんが茶化しに来る。
静かに見ていた静流が噴き出した。
「野乃花ちゃんは、いつもいいところをもっていくね。」
手で口元を隠しながら静流が言う。明らかに笑いをこらえている感じだ。
一方、澪の方はほんのり赤面しながらも満更でもない感じだった。
澪にも聞こえたということで、自分と澪、陽向の聞こえた情報をまとめることにした。
「俺の方は“山”、“小さな小屋”って言葉だけが分かった。」
その前の接触しようとしていた雰囲気のところは今回は意味をなさないと思って出さなかった。
「私は“ゆい”と聞こえた気がします。言葉、なのかどうかも分からないのですが…」
「こっちは境のを聞いてただけやから同じやな。何となくやけど、一旦近づいて、また離れたような感じやったわ。」
澪の方には名前らしきものを伝えているようだった。
——なぜ、自分ではなく澪に。
一瞬だけ、そんな引っかかりが胸をよぎった。
澪まで深く触れてしまっているのだとしたら、それはあまり歓迎したくないことのように思えた。
少なくとも自分と澪では違うことを伝えられている。
同じタイミングで接触したということは、自分が接触しようとしたときに同調しているということだろう。
「“山”、“小さな小屋”…、多分だけど、お社とか祠の類の事を言っているんじゃないかな?」
静流はこんな時でも冷静に分析していたようだ。
自分たち腐れ縁の三人組はあまり褒められたものではないが、峠道が好きで頻繁に訪れていた。
その中で朽ちかけの祠があると有名な山道がある。
その祠のあった方の山道は古道なので、今は使用されていないと聞いている。
ただ、素行の悪い連中の肝試しに使われるという噂も聞いたことがあった。
「ちゅうことは、例の古道の方やろなぁ…」
「あなた達、そんなところに行っていたの?」
少しあきれたように真琴さんに言われた。
真琴さんは古道の方に祠を見に行っていると思ったのだろう。
確かに古い寺社仏閣などに興味はあるが、流石に使用されない道に乗り込むほどではない。
あくまで大学内の噂として聞いていただけだということを静流に説明してもらった。
「境さん、どちらにせよ、地主さんに説明して行ってみませんか?」
澪から意外な提案があった。
普段の澪ならこんな提案はしないだろう。
澪としても、あの少女の事がそれだけ気になっているということの証左だ。
「わかった、そのあたりの手配は…」
「まかしとき、多分やけど、あの辺の山持ってるのはオトンのツレやと思うわ。」
こんな時にも陽向の意外な知り合いを発見してしまうことになった。
厳密には恒一さんの知り合いではあるが、八代家は近辺の有力者に顔が利くらしい。
「じゃあ、一旦解散して、陽向の連絡を待とうか。」
「俺はちょっと残ってしゃべっていくわ~。」
「陽向君、ちょっとは気を遣いなさい!」
そう言って猫のように首根っこをつかまれている陽向と、真琴さんを澪が呼び止めた。
「私たちも少し疲れているので、一緒に居てもらえると助かります。」
澪が遠慮気味に二人に提案した。
確かに、自分も澪も先ほどの接触の影響で疲れている。
こんな時に気を遣わない陽向と、コントロールできる真琴さんの二人に残ってもらえると助かる。
二人もその様子を見てか、快く提案を受け入れてくれ、事務所に残ることになった。
静流は家の用事が、野乃花ちゃんはサークルのミーティングがあるということで事務所を後にした。
真琴さんがキッチンの勝手を澪に聞きながらコーヒーを淹れてくれた。
そのコーヒーと澪の秘密の鞄から取り出された茶菓子をテーブルに並べ、ゲームや雑談に花を咲かせた。
——噂の祠は、静かな山道の奥で、そこにあるはずのように佇んでいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「断片」というタイトルの通り、
情報が分かれて届くこと、そしてそれが完全には噛み合っていない状態を描いてみました。
境、澪、陽向それぞれで受け取るものが違うことで、
この世界の“認識のズレ”が少しずつ見えてきたのではないかと思います。
また、初めて“名前”らしきものも登場しましたが、
それが本当に名前なのかどうかも含めて、まだ曖昧なままです。
次回からは、いよいよ山へ。
場所を移すことで、これまでとは違う形の“違和感”が出てくる予定です。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。




