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気配

日常の中にある、わずかな違和感。


それは気のせいとして流せる程度のものかもしれない。

けれど、それに気づいてしまう人間がいるのもまた事実だ。


今回は、そんな“気づいてしまう側”の視点が少しだけ見えてきます。


久々にベッドで眠ったこともあり、案の定、少々寝過ごしてしまった。

こんな時に長髪だと面倒くさい反面、長さによっては寝癖をごまかせるので助かる。


慌てて髪を結(ゆわ)え、鞄をもって事務所を出た。

事務所から大学までは走れば5分ほどで着く。車やバイクの方が遅いくらいだ。

今日は珍しく朝一の講義があったのだが、10分前に起きても間に合った。


恐らくは1回生と思われる若者がたくさん歩いている。

つい最近まで高校生だったから朝一の講義でも大変だとは思わないのだろう。

そう思えるのも一年限りだと思いながら、キャンパスを横切り講義棟に入った。


「境さん、隣、空いてますか?」


教室に入ってテキストなどを取り出していると女性から声をかけられた。

見知った女性だ。

この講義も、自分に合わせて選択したのだろう。


「ああ、おはよう、澪。」

「おはようございます。」


まるで、清楚系アイドルや、シスターのような雰囲気で挨拶を返す彼女は天原澪(あまはらみお)。

一応、3年ほど前から交際している恋人でもある。


「今日の講義はここだけですか?」

「ああ、次のコマは教授の都合で休みになったからな。」

「でしたら、この後、お買い物に付き合っていただけますか?」

「わかった、昼も摂(と)れるところだと助かるかな。」


少し遠慮がちにこちらをうかがってくる。

時期的にも春物の服が出そろってきたころだと思うので、服を新調するのだろう。

今日は仕事も頼まれていなかったので、快諾した。


そんな話をしていると教授が入ってきて、出席確認を始めた。


両親の勧めで、外国語の講義は複数取っていた。

父は会社経営で世界中を飛び回っており、母はデザインの仕事で頻繁にヨーロッパに行っている。

その中で言葉が分からず苦労した経験から、自分に外国語の必要性を熱弁されたことがある。

選択している講義で、車の趣味が丸わかりと言われたことは秘密だ。


「今日は車で来たんですが、運転されますか?」


よく分かってらっしゃるというか、自分は色々な車を運転したい派なので、こういうのに弱い。


「今日は何?」

「右ハンドルだったので、国産かイギリス製だと思います。」


決してとぼけているわけではない。本当にわからないのだ。

車に興味が全くないわけではないのだろうが、自分はいわゆるエンスーってやつだ。

対して彼女は自分のようなやつとは違い、色やデザインで覚えるらしい。

その中で伝わりやすい言葉を選んだつもりなのだろうが、彼女の性格的にちょっと外れた感じになっている。


「アストンか…」

「あ、父がそんなことを言っていました!」


流石に高級車を運転するのは気が引けるのだが、彼女は当たり前のようにキーを渡してくる。

そんなに重量はないはずなのに、鉛でも仕込まれているのかと思うほど、妙に重く感じた。

キーホルダーにV12とか書いているところが、彼女の父親らしいなと思いながら駐車場に向かった。


車で1時間と少し走ると大型のアウトレットパークに到着した。

お金に余裕がないわけではないと思うのだが、彼女自身、こういったところはしっかりしていた。

同じ店で繰り返し購入することもあり、店員の覚えも良く、買い物もスムーズだ。


「こんにちは。」

「あら、いらっしゃいませ、春物ですか?」


いつもの店のいつもの店員だ。

やり取りもいつも通りで、数着を試着室に持っていく。

どうしてもというとき以外は、店員に雰囲気を見てもらって決めてくる。

女性服の良し悪しは自分にはわからないので、なるべくプロの目に任せるようにしているのだ。


「お待たせしました。」


少し大きめの紙袋を片手に入り口の近くにいた自分のところまで駆け寄ってきた。

いざというときに走れるように、履物だけはヒールの低いものにしてもらっている。

今の世の中、何があるか分かったものではない。


「さて、端の喫茶店まで行こうか。」


紙袋を受け取って、アウトレットパークの端にある喫茶店まで歩いた。

街中でよく見かけるチェーン店で、色々なオプションを付けるのが最近の流行りらしい。

軽食も備えているので、昼食にちょど良かった。


「最近、何かありましたか?」

「…顔に出ているか?」


少し心配そうな澪の声に、自分の疲れが顔に出ていたことに気が付いた。


「はい…やつれたという感じではないのですが、何か悩んでいるように見えます…」

「ふぅ、澪には隠しても意味がないからな。少し聞いてもらえるか?」


安心したように少し微笑みながら頷く。

相変わらず、自分の事を見る目は確かだ。


コーヒーで少し喉を潤し、先日の少女の事を話した。

いつもの喫茶店の外で立っていたということ。

意識を持っていかれたこと。

その中で何かを伝えようとしてきたこと。

それらを陽向、静流たちと相談していること。

感情を含めず、重くならないように事実関係だけを説明した。


「少し妬けるところですね。ですが、何か時間がないように聞こえますね。」

「どういうことだ?」

「その指輪が気になっていて…時間がないというか、“待てない”という感じです。」


…そこまで見えていなかった。

言われてみれば、不確かなアクセス方法よりも、頻繁に表れる店で待つ方が確実だ。

それをわざわざということは、何か急ぐ理由があるとした方が自然に思える。


「私が、境さんの事務所にお邪魔してもいいですか?」

「全員集合した方が良いと思うから、少し手配してみる。」


そう言って、いつものグループチャットの方に連絡を入れる。

少女の事は伏せたままで、みんなで話したいことがあるという形で伝えた。


「今日は荷物もあるから、家に帰ろう。早くても明日だな。」

「はい。」


そんなことを言いながらテーブルにチケットを出してきた。


「観たい映画があるんです。」


満面の笑みでこちらを見つめてくる。

後日、付き合うことを了承して、その場を後にすることになった。


——その違和感に、一番先に触れていたのは澪だった。




日常の中にある、わずかな違和感。


それは気のせいとして流せる程度のものかもしれない。

けれど、それに気づいてしまう人間がいるのもまた事実だ。


今回は、そんな“気づいてしまう側”の視点が少しだけ見えてきます。


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