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観測

見えているものは、同じだったはずでした。


それでも、誰一人として同じものを見てはいなかった。


形はあっても、意味は揃っていない。

言葉はあっても、理解には届かない。


そんな状態のまま、私たちは次に進もうとしています。


今回は、「観測」のお話です。


——しばらく沈黙が流れた。


「とりあえず、車まで戻らんか?」


陽向が沈黙に耐えかねたように言った。

その性格もあって、沈黙というものが苦手なのは相変わらずだった。


「そうね、境君、澪ちゃんも戻りましょう。」


流石の真琴さんと言うべきか、すでに落ち着きを取り戻していた。

陽向を先頭、自分を殿に車を停めているところまで戻っていく。

後ろに祠があるという事実が、背中に違和感を残すものになっていた。


車まで戻ったところで、全員が深く息をついた。

それだけの緊張感を持ったままとなっていたということだろう。

全員が冷や汗のようなものを流していた。


「流石に、ここまできついんは初めてやな…」


陽向が汗をぬぐいながら零(こぼ)した。

らしくない、余裕のない感じが見て取れる。


「陽向でも、きつそうだな…」

「ほんまや、境の事務所で一息つかせてもらうで。」


一言ぐらい言っておかねばという風に陽向が返してきた。

ここまで辛そうな陽向を見ると、それへの返しに窮してしまった。


「とりあえず、境君の事務所まで行けばいいのね。」


唯一、落ち着いている真琴さんが車を出す。

日が沈もうとしている頃に事務所の前に到着し、自分と澪だけが先に降りた。

事務所の地下が駐車場になっているので、陽向と真琴さんに駐車場に行ってもらったのだ。


事務所に入ろうとしたところで、既に待っていた静流と野乃花ちゃんに気付いた。


「二人とも、調べ物は終ったのか?」

「ああ、昼過ぎには終ったから、軽く食べてから来たんだ。」


ご飯を食べて満足げな野乃花ちゃんと、いつも通りの静流に少し安心した。

特に資料などを持ってきていないところから見て、スマホに必要なメモを取ってきたのだろう。

静流の記憶力は驚嘆するものがあり、キーワードさえメモっておけば大丈夫らしい。


「とりあえず、簡単に説明したいから、ホワイトボード借りるよ。」


そう言って、事務所に入るなりホワイトボードをテーブルの近くまで移動させた。

何やら図を描き始めたので、澪に言って飲み物と茶菓子を準備してもらった。


静流は概要らしきものだけ描くと、ホワイトボードの横にあった椅子に腰を掛けた。

何かを書き足しながら説明するつもりらしく、マーカーを胸ポケットに刺したままにしている。

そうこうしているうちに、駐車場から真琴さんと陽向が上がってきた。


「おう、静流と野乃花ちゃんも来てたんか。」

「ああ、これで役者がそろったね。」


澪がテーブルにコーヒーと茶菓子を並べたところで、静流が話し始めた。


「まず、これは過去の文献とかを調べた結果と、俺の推測を合わせた話になるので、そのつもりでよろしく。」


静流はいつも通り、説明を始める前に前提となる条件を話した。

このあたりは昔から変わっていない。


「先日からの状況からして、所謂、霊感のある陽向と、そういったのに巻き込まれる体質の境は少女が見えていた。」


そういえば、最初にそう言っていたのは陽向だった。

その後で、静流には見えていないということを聞いた形だった。


「ここから考えると、澪ちゃんも見えているか、何かを感じていると思う。」

「せやな、こないだからの雰囲気を見ているとそんな感じや。」

「逆に、真琴さんは全くわからない状態で、野乃花ちゃんは何となく違和感がある程度だと思う。」


それぞれの立ち位置を円で囲む。

少女のいる円の中に自分と陽向、澪が入っていて、少女が含まれないように静流と真琴さん、野乃花ちゃんを囲む円を書いていた。

ただ、澪と野乃花ちゃんについては少女のいる円の円周部分に書かれている。


「ここで、円周の線上に居る人は、認知の境目に居ると俺は考えているんだ。」

「認知の境目?」


思わず静流に聞き返す。

自分だけでなく、その場にいた全員がこの言葉の意味を捉え損ねていた。


「境と陽向は、“少女がいるところに一緒にいることができる”けど、澪ちゃんと野乃花ちゃんは“感じることができる”だけと考えてる。」

「俺と境はあの娘を正しく認識できとるけど、澪ちゃんと野乃花ちゃんはふわっと感じ取るっちゅうとこか?」

「大体あってるよ。境目にいる間は“何か人がいるんじゃないか”くらいの認知になると思う。」

「なるほど…、俺と陽向だけが少女を少女として認識していたというところか。」


よく考えてみれば、確かに澪と野乃花ちゃんは少女がどういったものかはっきりと認識している風ではなかった。

何かを伝えようとしている“何か”がいる、そこまでは分かっていたはずだ。

事前情報として少女であることを伝えていたので、そうであろうというところはわかっていたと思うが。


「今回の話は、“何かを伝えようとしている”という部分だけは一致していて、“それが何かは一致していない”という状況が今の状態になる。」

「なるほどなぁ、せやけど、今日は4人ともが“見た”んや。」

「また、いきなり情報が増えたなぁ…」


静流が自分の情報と推論の話をしたところで、陽向が今日の情報を加えたので頭を抱えてしまった。

人の話は最後まで聞きましょう、と真琴さんに小突かれていたが、そこも含めていつも通りだなと思った。


「そうね、そういったオカルトに縁のない私も、その“女の子”は見えたわ。」

「…はい、女の子だったと思います…」


澪は自信というか確証が持てないような感じだった。


「いや、女の子でしかなかったやろ?」

「姿形はそう見えたんですが、少し自信がないんです…」


先日から、澪の発言にらしくない部分が増えていた。

いつもの澪なら「~です」というような、はっきりした物言いが多かったのだが、ここ数日は明言しかねるところが多い。


「え、女の子ってことは——ちゃんと女の子だったってことだよね?」


野乃花ちゃんが無邪気に質問する。

こういったところは彼女の強みだなと思う。


「“人”だったかどうかも自信が持てないんです。」


これには陽向も驚いていた。

確かに、自分も見た目は高校生くらいの少女に見えていた。

もっと細かく言うと、祠の形状に合わせたような、和装をまとった少女だった。


「私が見たのは女の子だったわ。年のころにしたら10歳ちょっとといった感じだったかしら。」

「え?俺が見たんは中学生くらいの娘やで?」


話を聞いてみると、それぞれに見ている少女の年齢がばらばらだ。

こうなってくると澪の話の方が信憑性があるのではないかと思えてくる。


「やっぱりね。揃っていないんだ。」

「どういうこっちゃ?」

「認識だよ。」


静流が確信を突いてきた。

そう、認識がちがう。それが原因か、見えているモノすら違っているのだ。


「多分だけど、“まだ確定していない。”」


静流が静かに言った。

確定していない。

そう、自分たちが認識している少女は、それ自身がまだ確定していないものだったのだ。


「似たような話、あったよね。観測しないと確定しないっていう。」

「あ!」


そこまで言われて気が付いた。

全員が“少女を見た”というところにばかりフォーカスしていて、その意味についてはちゃんとかんがえられていなかった。

認識がずれていることを確認もせず、そのズレに気付きさえしていなかった。



——そのズレが、何を意味しているのか。

まだ誰も分かっていなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第10話「観測」では、

“見えているのに揃っていない”状態について、

静流の視点から整理する形になりました。


同じものを見たはずなのに、認識が一致していない。

その違和感が、少しだけ輪郭を持ってきたのではないかと思います。


そして次回は、もう一歩踏み込みます。


観測者が加わることで、

これまで曖昧だったものが、ひとつの形として固定されていきます。


それが救いになるのか、それとも——


引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。


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