第二章 【神聖帝国】3. 潜入 パート7
二人の背後から話しかけるルシアス。
その目的はいったい?
―動けない―
振り向くことも、背後に立つ人物の顔を見ることもできず、二人はその場に立ちすくんでいた。
額から流れ落ちる汗を拭う事さえできない。
『君達の話は、エリシアから聞いている。あの死地から、エリシアを救い出してくれたそうだね。』
ルシアスは二人の背中越しに、楽しげに話し続ける。
『君達の出会いから、崖超えの大山羊との闘い、そして刺客からの逃亡劇・・・実に素晴らしい。私は聞いているだけで、まるで冒険活劇を見ているようで胸が高鳴ったよ。』
その表情は見えない。
だが、その語り口は、まるで無邪気な子供のようだった。
『特に君!ノクスといったかな?君は魔術が使えるそうじゃないか。私は昔から魔術に興味があってね。今度私に見せてくれないか?さぞきれいな光を放つのだろうな。実に興味深い・・・。』
そこで、ふと思い出したかのように、ルシアスが続ける。
『・・・いや、そうだ、思い出した。君は確か、ダラの神殿に居たね。そう・・・そうか!君は【神の子】じゃないか。なるほど、そういう事か!運命とはあるものなのだな。』
―神の子?―
その言葉を聞き、フィンがノクスの顔を横目で覗く。
ノクスの顔は、血の気が引いたように青ざめ、強張っていた。
『そして、隣の君は・・・すまない、名前が思い出せん。しかし、君はよく生き残れたものだな。エリシアの話を聞いていて、そこだけが理解できなかった。』
ルシアスは、独り言のように続ける。
『ふむ・・・何度考えても同じ結末にたどり着くのだがな・・・どうしても、そこだけが分からない。不思議な事だ。』
まるで、答えの出ない謎を前にした学者のような口ぶりだった。
『まあ、いずれにせよ、君たちは生き残った。これは実に素晴らしい事だ。そんな君達に、ささやかながら、私から贈り物を用意させてもらった。気に入ってもらえると嬉しい。では、私はこれで失礼する。』
カツン・・・
カツン・・・
カツン・・・
足音が遠ざかり、やがて気配が消える。
体の自由が戻り、二人は弾かれたように振り返った。
だが、そこには誰の姿もなく、夕暮れの薄暗い廊下の静けさだけが広がっていた
『何だったんだ・・・。』
とめどなく流れ落ちる汗を拭いながら、フィンが呟く。
『私は・・・全く動けませんでした。それに・・・。』
言いかけて、ノクスは言葉を飲み込む。
『【神の子】か?知られたくない事だったみたいだな。安心しろよ。俺たちはそんなの気にしないからさ。』
―俺たち―
フィンのその言葉を聞き、ノクスは自分の顔のこわばりが消えていくのを感じた。
『とにかく先を急ごう、時間がない。』
そう言ってエリシアの部屋に向かおうとフィンが振り向くと、不思議な事に、さっきまで見えなくなっていたサインが、再び見えるようになっていた。
―⁉―
フィンは驚き戸惑ったが、もう時間がない。
腹をくくり、そのサインを頼りに歩き出した。
◇
二人はエリシアの居る部屋の前に立って中の様子をうかがう。
中からは少しの物音と、人がしゃべっているのが微かに聞こえた。
・・・剣士
・・・冒険者
・・・許さん
・・・
分厚い扉のせいではっきりとは聞き取れないが、どうやら中の人物は一人しかいないようだ。
『気配は一つしか感じないけど・・・何故か、しゃべってる声が聞こえるんだが・・・。』
フィンが困惑の表情でノクスを見る。
『はい、私もそう感じます。声はエリシアさんの声に似ていますが、不思議ですね・・・。』
ノクスも困った顔でフィンを見返す。
『まさか、エリシアのやつ、心を病んで・・・⁉』
『エリシアさん、おいたわしや・・・今行きますよ!』
二人は扉を蹴破る勢いで、部屋に突入する。
しかし、部屋には鍵が掛けられておらず、すかしを喰らった二人は、そのままの勢いで部屋の中央まで転げ、机に頭をぶつけて止まった。
頭を抱え痛みに耐えながら周囲を見渡す。
―エリシアどこだ?―
顔を上げたところで、窓際に座っていたエリシアと目が合う。
―どうしてお前たちがここに⁉―
目を丸くして驚くエリシアにフィンが口を開く。
『やっと会えた。エリシア!このガラクタを返しに来たぜ。』
フィンは金色に輝く腕輪をエリシアに見せながら、ニコリと笑った。
やっと会えた三人。
二章 三話 潜入 完
四話 王都脱出に続く。




