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「ラダ。話があるんだ」
ベルカ家の屋敷から戻り、借りた服から普通の服に着替え一息ついたところで、父イルジーに話しかけられた。表情は真剣で、何か覚悟したような態度でラダのお腹が少し痛くなった。
母は珍しく無言でお茶を淹れ始め、ラダは父の向かいの椅子に座った。
「ラダ。お前はアレシュ様のことが好きか?」
「うん」
迷いなく返事をすると父は頷く。
「私たちはお前の気持ちを尊重したい。お前はこれからもアレシュ様と一緒にいたいのだろう?そうなると身分をどうにかしないといけなんだ」
「どういうことなの?」
ラダは嫌な予感がして聞き返す。
「お前をどこかの貴族様の養子にして貴族の一員にしたいとケンネル様がおっしゃってな」
「嫌だ。私はお父さんとお母さんの子だもの。誰か知らない人の子になるなんて」
「ラダ」
泣き出したラダの肩をいつの間にか後ろにいた母が抱く。
「私たちも悲しいよ。だけど、このままではお前はアレシュ様と一緒にいれなくなるんだ。彼はそのうちどこかの貴族の令嬢と婚姻を結ぶことになる。平民では無理なんだよ」
(アレシュ様……)
ラダは彼の笑顔を思い出して、好きだという気持ちを再確認する。けれども両親の元から離れ別の家の養子になることには踏み切れなかった。
☆
翌日、ケンネルはスラヴィナの元を訪ねていた。
本当に用事があるのはイオラであったが、スラヴィナにも聞かせたい話でもあったのでこちらに来ていた。
「ラダさんを私の妹に?」
「どう?面白いだろう」
イオラがお茶を淹れていると、ケンネルに養子の話を持ち掛けられ、思わず手を止めてしまった。
「ラダさんは承諾しているのですか?」
スラヴィナは珍しく黙って二人のやり取りを聞いている。
もう一人の侍女は今日は同席していなかった。
「どうかな。昨日ラダちゃんの両親には話したけど。承諾するしか道はないと思うけどね」
「どうですかね。それはあなたの考えですよね」
「イオラ、君は反対なのか?」
「別にラダさんが望めば、構いませんよ。両親にすすめてもいいくらいです。けれども、どうでしょうね」
「ラダちゃんが反対すると思っているのか?」
「ええ。私であれば反対しますね」
「わからないな。だって貴族にならないと、アレシュとは共にいられないんだぞ。それでは前と一緒だ」
「結婚が重要でしょうか?」
「そういう君だって、ホンザのことも考えているんだろう?」
「ホンザさんは貴族になることを望んでおりません。私も無理強いはしません。それはアレシュ様も一緒だと思いますよ」
「ますますわからない」
ケンネルは珍しく表情を表に出していた。
理解できないという顔で、イオラを見ていた。
「ケンネル。私はイオラの気持ちがわかるし、アレシュのことも想像できるわ。ラダがもし貴族になることを望まなければ、それは仕方ないことじゃないの?無理強いすることではないわ。特に、ケンネル。あなたは他人に無理を強いることが多いから気をつけてね」
「スラヴィナ殿下……」
ケンネルはますます顔を歪め、今度は腑に落ちないとばかりスラヴィナに視線を向けていた。
「おかしいわね。その顔。でもとても好きよ。そういう素直なあなた。ねぇ。ケンネル。あなたは私の王配になりたいのでしょう。私は直に女王になるわ。身分に拘る結婚制度を変えましょう。そもそも、結婚自体に明確な法がなかったはず。貴族と平民が結婚することは法に違反することではないわ」
「確かにそうですが……」
「あなたにしては珍しいわよね。わかってる。私たちは王族、貴族、平民の身分制度の上に成り立っている存在ですものの。結婚が自由にできるようになれば、問題が起きるかもしれない。あなたはそれを危惧しているのでしょう?」
「スラヴィナ殿下……」
緑色の瞳を輝かせ、ゆっくりと言葉を紡いでいくスラヴィナをケンネルは眩しい者を見るかのように目を細めてしまった。
「あなたが私の露払いをしてちょうだい。あなたならできるのでしょう。新しい国を作りましょう」
「畏まりました。スラヴィナ殿下」
ケンネルは自然と彼女にかしずいていた。
イオラも同様に首を垂れ、部屋は厳かな雰囲気に包まれていた。
☆
「ラダ。この間の返事なんだけど」
アレシュは時折、夜にも店にも仕事を見せる様になって、裏庭であればという条件で、二人で話すことが多くなっていた。
「身分に拘らない結婚制度を作ると兄上が言っていたんだ。だから、ラダ、貴族として俺ではなく、アレシュとして俺の婚約者になってくれないか?十五歳の君を縛るようでよくないって思っている。だけど心配なんだ。駄目か?」
「……嬉しいです。でもそんなことできるんですか?」
「兄上はできるって言っていた。スラヴィナ殿下が提案した。来年二人は結婚する。兄上は徐々に始めると言っていた。だから」
「アレシュ様。喜んで。私はあなたの婚約者になりたいです」
「ありがとう!」
アレシュがラダを抱きしめようとしたが、それは空振りに終わる。
突然彼女の姿が消えていた。
それは最初に偶然に彼女と会った時を思い起させて、彼は直ぐに空を仰ぐ。
「風の精霊!」
夜空には彼女が浮いていて、少し怒った顔をしているのがわかった。
「まだまだ精霊たちには認められていないか。それはそうだな。ゆっくり行こう」
ラダがゆっくりと空から降りてきて、アレシュは彼女に近づく。
「ラダ。今度こそ、君の傍にいさせてくれ。俺の傍から消えないでくれ」
「はい」
ラダの答えにアレシュは抱きしめたい気持ちを堪え、ただ微笑んだ。




