お茶会
翌日、気が全く進まないお茶会に参加するため、アレシュは正装をさせられた。制服より窮屈で、首元を緩めたくなったが、母から注意されて仕方なく彼は息苦しい思いをしながら兄を待つ。
ケンネルも同様に正装しており、二人が並ぶと使用人男女ともから感嘆の息が漏れた。
「ホンザ。この件が終わったら、イオラとゆっくりデートでもするといい」
厩舎で馬車に乗り込むときにケンネルがそう言い、ホンザは嬉しそうに頷く。それやり取りを不思議そうにアレシュが見ていると、馬車が動き出して、兄が真剣な表情で話しだした。
「アレシュ。君に話しておくことがある」
兄から話を聞き、アレシュは吐き気を何度も催した。
ヤルミルの森に逃げ込むことになった要因を作った男、自身を求めて戦争まで起こした隣国の王が生まれ変わり、再び自分のために騒動を起しエイドリアンを傷つけた。怒りと気持ち悪さが混じり合って、彼は心を落ち着けるために目を閉じる。
だからこそ、エリシュカに対して言い知れぬ気持ち悪さを感じとったのかとも納得した。
「なぜ、招待を受けたのですか?」
「最初は仕方なくだったよ。でもあの暴行事件に関わった者の何人かはすでにこちらで確保したので、断ることは可能だった。だが、今日、彼女は何かを仕掛けてくるだろう。そこで、現場を押さえる。それで終わらせることにしたんだ。これで前世は本当に昔になる」
ケンネルの言葉をアレシュは黙って聞いていた。
あの戦争を起こした隣国の王、愚かで傲慢だった王。
「生まれ変わっても同じことを繰り返すなんて、本当に愚かな奴だ」
「……そうですね」
自身にどれほどの魅力があるのか、それとも呪いなのか、隣国の王ーーエリシュカの執念を想像してアレシュは背筋が寒くなる。
「とりあえず、私たちは知らない振りをしなければならないよ。アレシュ。君に出来る……。無理だったようだね。君がうっかり彼女についていかないように話したつもりだったけど、不味かったようだ。とりあえず笑顔を作れないなら、無表情にしていてくれ」
「わかりました……」
隣国の王の事を考えるとウルシュアの怒りの感情が噴き出してきそうになる。それは兄もそうではないかと窺うは兄は涼しい顔をして窓の外を見ていた。
☆
「ようこそ、いらっしゃいました」
玄関先でツルカ家当主夫妻、娘のエリシュカに二人は迎えられた。
兄はにこやかに笑顔を返しているが、アレシュの顔を引きつったままだ。それに対してエリシュカはねっとりとした視線を向けてきて、吐き気を押さえるが大変だった。
ウルシュア自身、サイハリの最後の王に会ったのは一度っきり。それも小さい時だ。あの時も確かに嫌な目で見られたのを思い出して、アレシュは身震いしてしまった。
「どうしましたか?アレシュ様」
「いえ、何も」
エリシュカに尋ねられて、慌てて返す。
兄曰く、わざと仕掛けてもらう必要があるらしい。アレシュは今日は囮のような役目だと自分に言い聞かせて、騎士としての誇りを心に刻む。
「さあ、どうぞこちらへ」
案内された部屋は不思議な香りが漂っていた。
ケンネルは眉をひそめ、アレシュは記憶を探る。そうしてその香りが快楽の薬として出回っているものに似ていることに気が付いた。
長くいては体がもたないと彼が思っていると、兄が口を開いた。
「中庭でお茶を頂いてもよろしいですか。素晴らしいお庭をお持ちだと聞いております」
「中庭ですか?」
不満そうな声をあげたのはエリシュカだったが、当主の方は嬉しそうな顔をしていた。
「是非、ご覧ください。そちらでお茶の準備をさせましょう」
父の反応に面白くないとばかり表情を険しくさせてエリシュカだったが、アレシュに見られていることに気が付くと、艶やかな笑みに切り替えた。
「本当に素晴らしい庭ですね」
「ありがとうございます」
お茶の準備が済むまでと、当主は妻と共にアレシュたちを中庭に案内した。
ツルカ家当主は地味で庭いじりが趣味だと聞いたことがあり、その通りで色とりどりの花々、綺麗に整えられた木々が美しくて、エリシュカによって気分が害されなければ、いい目の保養だった。
エリシュカはアレシュの隣にべったりで、腕を掴まれ引き離そうとしたのだが、ケンネルに目で指示され、仕方なく拷問の時を過ごした。
「お茶の用意が整いました」
中庭に急遽設置されたテーブルと椅子。そこに美味しそうなお菓子と果物が並べられていた。席を勧められ、椅子に座ると使用人がお茶を入れ始める。
エリシュカはアレシュの隣に座り、その大きな胸をこれでもかと腕にくっつけてくる。柔らかい感触がして、不覚にも頬を赤くしてしまい、彼女はいやらしく笑う。それで一気に目が覚めて、彼は椅子を兄側に寄せてしまった。
「あらあら、アレシュ様」
エリシュカは残念そうに流し目を送ってきたが、アレシュは無視をした。
それにもめげず、彼女は侍女が入れたお茶を皆に勧めた。
「自慢のお茶ですわ」
ケンネルも、アレシュも香りを楽しむように嗅いで、その匂いを確かめる。異常がないと確認してから飲もうとした。けれども不意に突風が吹いて、テーブルごと置かれたものがすべて吹き飛ばされてしまった。
「な、なんてこと!」
当主夫妻は顔を真っ青にして、エリシュカは唇を噛んだ。
アレシュは笑い出しそうになるのを答えるのが必死だった。ケンネルも同様らしく二人で顔を合わせた後、持っていたカップを落とす。
「アレシュ様、ケンネル様?!」
音に驚いたエリシュカが非難の声を上げた。
「すまない。驚いて落としてしまった」
「すまないね。エリシュカ嬢」
二人は一応謝って見せるが、エリシュカは悔しそうな表情をしてままだ。
こうしてお茶会は台無しになり、日を改めることになってしまった。




