ある役者の想い2
スラヴィナの見学が終わり、ヒューが早退して、稽古は続いていたが、何やらまとまりのない雰囲気だった。
「今日はもう終わり。解散~」
見学の案内をしていたバラリーは戻ってきていて暫く稽古の監督をしていたのだが、彼女自身にも劇団員の気が抜けた雰囲気が伝わっており、今日は早めに切り上げることにしたようだ。
「ラダちゃんは残って。しばらく付き合ってもらうから」
帰ろうとするとバラリーに呼び止められた。
「バラリーさん。ラダちゃんの家は結構遠くて、イオラ様の馬車に乗せてもらわないと、帰りがちょっと大変なんすよ」
断れないかと迷っているとホンザから助け舟が出て、ラダは胸を撫でおろす。
「大丈夫。帰りは責任もって送らせるから。ホンザ。重要な話があるんだ。あんたならわかるだろう?」
「あ、そういうことっすか!んじゃ、大丈夫っすね」
「ほ、ホンザさん?!」
「ラダちゃん、待つ方がいいっす。絶対」
なぜかホンザにまでそう言われてしまい、ラダは頷くしかなかった。
「付き合うって、稽古なのでしょうか?」
ホンザとイオラが去り、団員たちも帰って、舞台上にはバラリーとラダだけになった。
「稽古じゃないよ。私、演技はからっきりだからね」
「そんな……。私だって」
「ラダちゃんは頑張ってるよ。辛いだろう?色々と」
「そんなことはないです」
「強がりだね。だからヒューも好きになったんだろうね。擦れてないしね」
「ヒューさんが?!」
「あれ気が付かなかったのか?」
「絶対違います」
「違わないって。だから、ほら、君の好きな人に今日も八つ当たりしにいっただろう?」
「好きな人、八つ当たり?」
「これで多分吹っ切れてくれるからいいけどさあ。今日の稽古の分は明日取り返さないとな」
(ヒューさんが、ありえない。だって女性っぽいし、まあ確かに舞台上では男性としか見えないけど。私はずっとヒューさんは男の人が好きって思っていた。あ、そういえば舞台上では男装役だもん。私。それかな)
「ラダちゃん。何考えてる?ヒューは女みたいな話し方するけど、女が好きだよ。昔はああじゃなかったんだけど、ほらあいつは顔がいいだろう。だから女がほっとかなくて大変だったんだよ。だから、あーなっちゃった。私も……まあ、同じようなもんだけどさ」
「バラリーさんも?確かにもの凄いもてそうですもんね」
「いやいや、違う。そうじゃなくて……。あ!来たようだね」
バラリーは言いかけた言葉を飲み込んで、客席の後ろ、扉付近に目をやった。つられてラダも見ると、扉が勢いよく開く。
「アレシュ様……」
「さあ、待ちに待った人だよ。ゆっくり話してきな」
勢いよくバラリーに背中を押され、ラダは舞台を降りる。
開かれた扉の前で、アレシュは息を切らしていて、紫色の瞳は熱を帯びていた。
☆
「イオラ様。ありがとうございました!」
馬車はイオラの屋敷のもので、ホンザは彼女の屋敷まで一緒に戻り、そこから馬でベルカ家に戻る。
ホンザを先にベルカ家に送ると伝えたのだが、彼曰くイオラと少しでも話がしたいと、この送迎の形に落ち着いた。
今日も馬車から降りて、イオラと少しだけ話をする。
現在のホンザは庭師に過ぎず、イオラは貴族の令嬢だ。以前は口うるさかった両親だが、最近は何も言わなくなっていた。
「あなたのためですからね」
「わかってます」
熱っぽく答えられ、イオラは思わず視線をそらしてしまう。
前世の記憶を取り戻した直後、イオラは王太子の思いでいっぱいになってしまった。今は、イオラとしてその意志を保つことできた。それでも、時折、ゾルターンの思いは出てきてしまう。
特に今回の劇は、あのことを元にしているので、ホンザが演じる王太子を見ながら、あの時に思いを馳せる。
そうして、イオラはやっとホンザの前世を思い出した。
火に焼かれそうな自身を庇ってくれた兵士の一人だ。
名前すら聞けなかった。けれども、イオラは彼がホンザであることを確信していた。
「ホンザ。君は私を炎から庇ってくれた、あの兵士なんだろう。君の前世の名前を聞かせてくれないか」
「イオラ様……、ゾルターン殿下。私は結局あなたを救えなかった。なので名乗るようなことはできません。今のホンザの名前だけを憶えていてください。今度こそ、俺はあなたを守り切ります」
「馬鹿だな。あの時も君は私を守っていたよ。たくさんの兵士が死んだ。本当マクシムはクソ野郎だ。あの劇を私たちに演じさせるなんて。でも、それでわかることもあった。あんな愚かなことは二度と起こしてはいけない。私は、私はスラヴィナ殿下の侍女としてできるだけのことをするつもりです」
「俺はずっとあなたについていきます」
「……頼りにしてますよ」
「イオラ様」
屋敷から使用人が出てきて、二人の会話はそこまでとなる。
彼女は使用人を連れ屋敷へ戻り、ホンザはそれを見送ってからピーラー家を後にした。




