ある役者の想い1
「あら、あなたここで何しているの?」
スラヴィナに今日の最後の仕事はラダと話すことと命じられ、城に戻る一行とは別にアレシュは劇場に留め置かれた。
稽古中に邪魔をするのも気が引けて、彼は稽古が終わるのを待つことにした。
待合室で待っていると休憩なのか、劇場の扉が開きヒューが出てきた。
女性ような話し方で、アレシュは困惑してしまう。
「いやあ、本当。あなた綺麗だわ。騎士やめて役者にならない?」
「え、いや、それはないですから」
先ほどまで彼に持っていた敵愾心は一気に消えてしまい、アレシュは戸惑いながら必死に返す。
「ほほほ。そうだ。話したいことがあるのよ。付き合って」
「え、稽古があるんじゃないんですか?」
「あるわよ。だから、ちょっと待っていてね。話をつけてくるから」
完全にヒューに舵を取られる感じで、アレシュは拍子抜けしながら答える。彼は再び劇場に戻ったかというとすぐに戻ってきた。
「さあ、行くわよ」
「はあ」
「大丈夫。ラダちゃんには私の帰りを待つように伝えたから」
「それは迷惑が掛かります。俺はラダと話がしたいだけなんですから」
「ダメダメ。私と話をした後、ラダちゃんと話してね。まあ、私と話した結果、納得いかなかったら会わせてあげない」
「なんで、あなたが決めるんですか!」
「ほらほら。大声出さない。とりあえず来て」
劇場の扉の前に立っている二人が険しい顔をして、アレシュを見ていた。ここでヒューとやり合っていても邪魔になると思い、仕方なく付いていくことにした。
「さあ、飲んで」
「飲めないですから。勤務中です」
「真面目ねぇ。まあ、いいわ。じゃ、あなたの飲み物はなしね」
連れてきた店は酒屋で、騎士の制服を着たままのアレシュは居心地が悪くてしかたなかった。酒屋に来ることはあったが、いつも普段着で飲みに来ていたからだ。そう言っても数回しか経験がないのだが。
「それで話はなんですか?」
「せっかちね」
ヒューはつまらなそうに注がれた麦酒を煽って、運ばれてきた豆を口に入れる。
「ラダちゃんのことよ。あんなに思われているのに、どうしてそう冷たいの?」
「は?」
言われた意味が分からずアレシュは眉を潜める。
(……ヤルミルか。そうか、舞台上で、ヤルミルとしてのラダを見ているからか。きっとラダはヤルミルとして、この人と演技をしているんだ。ウルシュアはヤルミルに想われていた。そんなの知っている。あの瞳、決して言葉に出さなかったけど)
「黙ちゃって。頭にくるのよね。あんな目で見られたら好きになっちゃうじゃないの。それが違う人に対する想いだとわかっていても。自分に向けられていると勘違いしてしまうわ。役に吞まれてるなんて、本当何年ぶりかしら」
そう言って、ヒューは麦酒を再度煽った。
「あなた、ラダちゃんのことを好きじゃないの?好きだったらちゃんと想いに答えてあげなさい。そうしないと、私が掻っ攫ちゃうわよ」
「それは許さない」
「許さない?へぇ、どんな風に?」
先ほどまで柔らかい表情を浮かべていたヒューが一変する。口を歪め、その空色の瞳は鋭くアレシュを睨む。
挑戦的な彼に対して腰に手を回しかけたアレシュは、大人げないと手を離した。
「暴力で解決するのは野蛮ね。そんなこと考える前に、ラダちゃんに気持ちを伝えたら?好きなんでしょう?邪魔しているのは何?身分?貴族の身分が何?私も貴族なのよねぇ。そういえば、あなた、お兄さんがいるから跡取りになる必要もないし、しがらみなんて何もないじゃないの?なのに、どうして動かないの?ラダちゃんはきっと待ってるわよ」
「待ってる……?」
(それはウルシュアをだ。舞台ではラダはヤルミルになりきっているから。俺を待っているわけじゃない)
「まただんまり?もういい加減に、」
「兄貴!」
「あ?エイドリアン?」
「先輩、なんでここが?」
二人は奥の席に座っていたのだが、そこにエイドリアンが現れた。
「小隊長に頼んで、先に上がらせてもらったんだよ。なんか嫌な予感したから。劇場いったら兄貴はいないし、お前もいないだろう?ラダちゃんがまだ稽古していたし。だから、ここに来た」
「あったまいいわね!さすが我が弟」
説明した彼にヒューが手を叩いて褒める。
よく見るとその頬は上気していて、空色の瞳はぼんやりとしていた。
「先輩、もしかしてお兄さんは酒に弱いんですか?」
「ああ、滅茶苦茶な。だけど好きなんだよ。アレシュ。言っていいぞ。後は俺が面倒みるから。ラダちゃん待たせるのもよくないぞ」
「え?まだ話終わってないわよ。そこの美男!」
「美男って、兄貴も美男だからさあ」
「ははは。そうね」
(……先輩にまかせてしまおう)
笑い出したヒューを見て、アレシュはそう決める。
「じゃあ、先輩すみません。これ、この間のお礼ということで奢らせてください」
「悪いな。遠慮なくもらっておく」
エイドリアンはアレシュから銀貨を数枚迷いなくもらい、片目をつぶった。
「うわあ。買収よ。買収」
「兄貴……」
そんな二人の会話を背にアレシュは酒場を出て、劇場へ急いだ。