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命令2

「さあ、座って」


 アレシュはほぼ強制的にスラヴィナの部屋へ招待された。傍にいた騎士ランディが止めようとしたが、それは無駄に終わる。悔しそうな表情をしながらも彼は部屋の扉を開け、アレシュはスラヴィナの後に続き部屋に入った。

 彼女の勧められるまま椅子にかけ、侍女がゆったりとお茶を入れている。


「劇場への警護については、私がお願いしたことなのよ。ケンネルは反対したのよ」


 またしても兄が仕向けたことだと思っていたのでアレシュはその紫色の目を見開いた。


「驚いた?でも必要なことなの。私は私がしたことを償うつもりよ。ごめんなさい。償いなんて迂闊に言葉にするものじゃないわね」


 償いといわれ最初に浮かんだのはヤルミルの顔だ。

 それは表情に出ていたようで、スラヴィナは申し訳なさそうに言葉を続けていた。


「ラダは私がまだ、あなたのことを好きだと勘違いしているみたいなの」


 スラヴィナは緑色の瞳を煌かせて、挑むようにアレシュを見ている。そこに甘いものはなく、彼女の気持ちが変わったことを知った。

 それに安堵しながら、彼は何を言うべきかとスラヴィナを見返す。


「ねぇ。前世むかしは昔って、あなたたちは言うけど、その昔もあなたの一部であることには変わりないでしょう。それであれば前世むかしの気持ちまで否定することはないんじゃないのかしら?ケンネルは否定しがちだけど、それは理由があるのでしょうね」


 スラヴィナはそこで視線をアレシュから外した。


「何も考えず、自然な気持ちでラダに会ってみたらどうかしら。イオラが誤解をすでに解いているはずだし、逃げはしないはずよ」

「それは……」

「逃げてるのはあなたかしら。ウルシュア様。ヤルミルが好き、その生まれ変わりも好きって素敵じゃない?私は憬れるわ。私も前世の記憶があれば……。これはイオラには秘密ね。彼女にとっては苦しいことだものね。それを言えばあなたたちもかしら。ケンネルも前世のことを話すとき、苦しそうだったしね」

「兄上……。マクシムが……」

「もう、何言っているかわからなくなってしまったわね」

 

 スラヴィナはそこで言葉を一旦切り、微笑みかける。


「とりあえず誤解は解いたので、アレシュ。私のためにもラダに会って。お願い」

「スラヴィナ殿下……」

「いいえ。お願いではなく、命令よ。アレシュ」

「はい。畏まりました」


 スラヴィナの優しさがウルシュアの心に触れ、瞼が熱くなった。泣きそうな自身が知られたくなくて、アレシュは椅子から立ち上がると床に膝をついて、顔を伏せたまま命令を受けた。




「ホンザさんから頼まれたので、話しますね」


 あれから稽古中に私語をする時間もなく、ホンザの話は帰りの馬車で聞くことになった。

 馬車の中で、気乗りがしないというようにイオラは口を開く。


(何なんだろう?)


「スラヴィナ殿下の意中の方はアレシュ様ではなく、ケンネル様です」

「は?」


(え?でも、イオラ様は以前……)


 ラダはもたらされた情報に混乱していた。そして同時にイオラが以前言ったことを思い出して、嘘をつかれたのだと、少しだけ彼女を責めたくなった。そんな視線に気がついたようで、イオラは咳払いをする。


「以前の意中の方はアレシュ様でした」


(ちょっと、好きな人ってそんなにコロコロ変わらないですよ!)


 ラダの心の中のつっこみが届いていたように、イオラは慌てて擁護し始める。


「誤解されないでくださいね。スラヴィナ殿下は気持ちの変わりやすい方ではないのですから。ただ、以前アレシュ様に抱いていた感情は憧れだったようです。まあ、私としては、憧れも恋も一緒にしてもいいと思いますけど。あのケンネル様が本当余計なことを……」


(ケンネル様?どういうこと)


「ケンネル様がスラヴィナ殿下にかなり迫ったのですよ。確かにあんな風に迫られたら、好きになってしまうのは理解できますけど!あのくそマクシムめ!」


(あ、王太子ゾルターン様が出てきた。イオラ様を怒らせるくらい、殿下に迫ったのかな。……今のケンネル様じゃ想像できるけど)


 ラダは胡散くさい笑顔を浮かべるケンネルを思い出し、気がついたら相槌を打っていた。

 そこからイオラの長い愚痴が始まり、それは家に到着するまで続いて、ラダ自身がアレシュについて考える時間などなかった。

 

 

(スラヴィナ殿下はアレシュ様のことを好きじゃないんだ)


 そうラダがイオラから伝えられた情報を噛み締めたのは、その夜。

 両親に挨拶をして二階の自室に戻ってからだった。


『嬉しそうじゃな』


 台本を抱いてニマニマしていると、闇の精霊の声がして、ラダは恥ずかしくなる。


「……うん」

『まあ、よかったというべきか』


 闇の精霊の言葉は歯切れが悪くて、ラダは首をかしげてしまう。


『ラダが幸せなら、ワシらは嬉しい。あの王女様は少し頼りがなくて心配なのじゃ』

「頼りない?」

『まあ、ワシらはラダが傷つかないようにいつも見守っているからのう。心のままに動けばよいのじゃ』

「う、うん」


(よくわからないけど。アレシュ様が頼りないのと何の関係が?だいたい頼りなくないよ。アレシュ様は)


 ふいに、泣いてしまったラダを抱きしめてくれたアレシュの感触を思い出して、首を横に思いっきり振る。


『なんじゃい。ラダ?』

「なんでもないよ。今日はもう寝るね。明日も稽古あるから」

『そうか、そうじゃのう。それじゃあ、またな』

「うん、おやすみ」


 そう言うと、蝋燭の火が少しだけ大きくなる。それは闇の精霊が去った合図でもあり、ラダは抱えていた台本をベッドに置く。


「うん、寝てしまおう。うん」


 ウルシュアは確かに儚げ頼りなく、ヤルミルは彼女を守ろうとした。いつもマクシムたち騎士が彼女を守るように傍にいて、ヤルミルができたことは敵を倒すことだった。

 直接ではなかったけど、彼は彼女を守ることができたと思っていた。

 アレシュは、自身が騎士であり、王直属の精鋭部隊の一人だと聞いているので、守られることなど必要としていない。どちらかというと、ラダのほうが守られる側になる。


(だから、今のアレシュ様は頼りなくないんだから)


 闇の精霊に心の中でそう反論していると、いつの間にか睡魔が訪れていた。彼女は台本を枕の傍に置いて、そのまま眠りに落ちていた

 煌煌と燃えていた蝋燭の火は、ラダが完全に眠りに落ちると一瞬大きくなってから消えた。


『まったく、無用心だぜ』


 こうしてラダは本人が気がついていないが、精霊に守られて暮らしている。



 



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