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 ホンザの一日はとても忙しい。

 庭師の仕事は一か月免除してもらっているが、演劇の稽古が終わり、ラダとイオラを送って屋敷に戻るとまずアレシュに報告、その後に重い足取りでケンネルの部屋に行く。

 一緒に一度に報告したいと思いつつ、最近兄弟の仲は上手く行っていないようなので、溜息をつきつつ、ホンザは今日最後の仕事――ケンネルの部屋に向かっていた。


「どうぞ」


 扉を叩くとすぐに返事があって、恐る恐る部屋に入った。


「さて、座って。話を聞かせてもらうよ」


 ケンネルは柔らかい笑みを浮かべ、椅子を勧める。それがまたホンザを居心地悪くする。さっさと報告して部屋に戻ろうと今日のラダの様子、稽古全体の様子を話して聞かせた。


「なるほどねぇ。アレクセイ役のヒューベルトがラダちゃんにね」

「あれはやばいっす!アレシュ様にいってもなんか無気力でだめっす!」

「まあ、仕方ないんじゃない。アレシュが諦めるなら」


 ホンザは危機感を訴えるのだが、ケンネルは興味なさげで正直彼はがっかりする。


(俺がどうにかするしかないっす!ラダちゃんはアレシュ様のこと好きっす。アレシュ様も!おかしい方向に進むのは避けるっす!)


「じゃ、ホンザ。今日はお疲れ。また明日の報告待ってるよ」


 ケンネルから解放され、心底安堵しながら彼は立ち上がると部屋を出て行った。


 翌朝、ホンザは早々とイオラの屋敷を訪ねる。彼の相談相手はイオラしかおらず、彼女が今やラダに対して憎しみを抱いていないことを彼を知っていた。


(イオラ様ならどうにかしてくれるっす)


「そんなの、ざまあみろじゃないですか」


 しかし話を聞いてイオラが最初にもらした台詞はそれだった。


「けれども、イオラ様!」

「……わかりましたよ。あなたの頼みなら仕方ありません。私の方で何か考えてみます。けれどもあくまでもあなたに頼まれたからですからね!」

「ありがとうございます」


 ホンザがお礼を言うとイオラの頬が上気したが、すぐに彼女は背を向けた。

 そういうイオラを見ると、今すぐ抱きしめたいなどと気持ちが疼くのだが、ホンザは鉄の理性でそれを押さえていた。


(駄目だ。ホンザ。王太子ゾルターン様にそんな無礼なことは許されない)


 抑えに回るのは彼の前世の記憶である。




「お招きいただき光栄です」


 ケンネルはスラヴィナに呼び出され彼女の部屋を訪れていた。

 もちろん稽古に参加しているイオラはその場にいない。代わりに別の侍女が給仕を担当している。以前は消極的な妨害しかしなかったのだが、イオラに言いつけられたらしく、ある程度の距離、または口説きが酷いと侍女が止めに入るようになっていた。

 それをケンネルは面白くないと思いつつ、今日もかなり遠くに設置された椅子に腰かける。


「劇の稽古を見学したいのよ。その時もアレシュも連れて行きたいの。その手配を頼んでいいかしら。父には私から話すわ。できるだけ早くしてほしいの」


 スラヴィナの願いに頭に浮かんだのは昨日のホンザだった。

 余計なことと思いつつ、ケンネルはそれをおくびにも出さず微笑む。


「スラヴィナ殿下。殿下が訪れれば役者たちが緊張してしまいます。内容もわかってしまいますし、楽しみも減ってしまいますよ」

「……あなたは二人の仲を妨害したいの?」

「そんなこと」


 スラヴィナが切り込むように聞いてきて、珍しく彼が言葉を止める。


「前から聞きたかったのよ。あなた……マクシムとウルシュアは夫婦だったんしょう。その気持ちとか……」


 最初は威勢がよかったのだが、どんどん小さな声になり、最後は何を言っているかわからなかった。彼女は俯いていて、ケンネルは立ち上がると近づく。

 侍女が止めようとしたのだが、それを彼が視線で牽制し、まるで蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。


「何を心配されているのか。マクシムとウルシュアは確かに夫婦でしたよ。でもそこに夫婦の営みなどありませんでした。私たちはあくまでも協力者でした。お互いに罪を償いたかった。ヤルミルを利用した罪を」

「ケンネル……」

マクシムは森から青年を連れ出した。青年が愛する王女を餌に。そうして彼の目の前に人参をぶら下げ、死ぬまで働かせた。最低な行為だ」

「そ、そんなこと」


 スラヴィナが顔を上げ、ケンネルの両腕を掴んでいた。緑色の瞳がとても美しくて彼は見惚れてしまう。


「私は、ヤルミル……。ラダに選択を与えたいのですよ。きっと前世の影響で、ラダはアレシュを好きになるでしょう。でもそれはいいことなのでしょうか?彼女はまだ十五歳ですよ。まだまだ恋もしたほうがいいでしょう」

「そうだけど!」

「あ、スラヴィナ殿下もまだ十六歳でしたね。それを言うならあなたに対してもですね」


 真剣な表情を崩して、ケンネルはおどけた表情を浮かべた。


「ケンネル!年齢は関係ないわ。私だって、最初はアレシュを好きだと思ったけど、違うってわかったし。今は……あなたのことが……」

「あなたのことが?」

「意地悪ね」

「褒められてしまいましたね」

「褒めてないわよ。でもケンネル。お願い。二人の間を引き裂くような真似はしないでほしいのよ。前世の影響だとしても、惹かれ合っている二人を裂きたくないわ。ただでさえ、私のせいでおかしくなってるみたいだから」

「あなたのせい?」

「どうも、まだ私がアレシュの事を好きだとラダは思っているみたいなのよ。その誤解も解きたいから、見学したいの。お願い」


 緑色の瞳が滑らかに輝き、彼を魅了する。


「いいですよ。わかりました。まずはスラヴィナ殿下から陛下にお話を。その後のことはお任せください」

「ありがとう!」

「お礼はいただけますか」

「え?」

「ケンネル様!」


 侍女が悲鳴のような声を上げる。

 ケンネルがそっとスラヴィナの頬に唇を押し当てていた。

 それに気が付いた彼女は両手を頬で押さえ、真っ赤にして泣きそうに目を潤ませている。


「貴様!」


 侍女の声で外にいた騎士ランディが部屋に飛び込んできた。

 けれども彼が腰に手を回す前に、ケンネルはその傍にいて、耳元で囁く。


「ランディ。何も起きてない。わかったな」


 スラヴィナ付きの騎士ランディの腕は、アレシュよりも上で彼自身も腕に自信を持っていた。けれども片時の間でケンネルに側に立たれ、彼の背中は粟立っていた。

 



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