美形の兄。
「エイドリアン。ちょっと聞いて。うちの劇団で今度、素人を三人も加えて劇をしないといけないのよ」
王直属部隊の第一小隊所属、アレシュの先輩でもあるエイドリアンは、酒場で兄に絡まれていた。
彼の兄は劇団の花形役者でもあり、その美形は目を引く。エイドリアンと違って、役者一本の兄は線は細くて、中性的だ。そのせいもあって酒場の男の視線も集めており、彼は兄を家まできちんと送ろうと心に決める。
「兄貴も大変だな」
酔っ払いの言葉だが、相槌を打たないと拗ねるのが彼の兄だ。
二つ違いなのだが、二人並ぶとエイドリアンのほうが兄に見えるくらい、二十二歳という年齢に相応しくない顔つきをしていた。
こんな兄でも役者としては超一流で、何度が舞台に見に行き、別人のように演技をする兄に対して誇らしい気持ちも持っていた。父が道楽で脚本も書くくらいなので、ホルキー家は兄が役者として生活を立てることにも賛成しており、跡取りはすでにエイドリアンに決まっていた。
「そうなの。本当に。素人をどうにか鍛えて舞台に立たせないといけないのよ。この私が!団長には啖呵をきったけど、なかなか辛いのよね」
そういってまた酒を煽ろうとしたので、彼は慌てて兄を止めた。
「殿下主催だから断れないし、エイドリアンは王直属でしょう?どうにかならないの?」
「無理無理。俺は下っ端だから」
「そう。それなら、もう素人をどうにか鍛えるしか道はないみたいね。まったく困るわ」
兄は完全に酔っ払っていて、その目は潤んでいて、頬は薔薇色だ。色気を振りまきまくっていて、給仕にきたお店の女の子や、傍を通る客が見惚れて、その辺に垣根を作りそうな勢いだった。
それを追い払いながら、エイドリアンはそろそろ帰る算段をし始めていた。
「エイドリアン。そういえばこの三人、どれも職種がばらばらで、侍女も入ってるわよ。もしかして知り合いがいるかもしれないわ。ふふふ」
「え、侍女?ちょっと誰か教えてもらってもいい?」
「えっと、なんだっけなあ。ラダ?違う、違う。その子は食堂の看板娘だったわね」
「ラダ?ラダちゃんも入っているのか?」
「なんだ知り合い?食堂の看板娘に知り合いなんかいたのね」
「俺の知り合いじゃないよ。アレシュの好きな子なんだよ」
「アレシュ?ああ、あのベルカ家のウルシュア王女に似た綺麗な子?」
「そうそう」
「そう。ふふふ。綺麗な子の好きな娘。どんな娘か楽しみね」
エイドリアンの兄ヒューベルトは本当に楽しそうな顔をして、そのままテーブルにつっぷして眠ってしまった。
「うわ。最悪だ。背負って帰るのか。面倒くさい。兄貴、起きろ。起きてくれ!」
彼は必死に揺り起こそうとするが、兄は起きず結局担いで帰ることになった。
☆
「ラダ。なんとかしてくれ」
今日は珍しく火の精霊が父に悪戯を仕掛けていた。
突然火力が強くなり、父が慌てて鍋をかまどから外そうとしたがお手上げ状態で悲鳴のような声を上げる。
「火の精霊、ちょっとやめて」
裏庭から戻ってきたラダはすぐに厨房に走り、火の精霊に注意した。
『はいよ』
全然悪気のない返事が聞こえて火力が元に戻り、父はほっとする。
「お父さん、ごめんね」
「いや、ラダが謝ることじゃないから」
「火の精霊、なんで邪魔するの?お父さんが火傷したらどうするの!」
『そんなへましないよ。ラダの父ちゃんだってそれくらいわかってるよ』
「だからって!」
「まあ、まあ。ラダ。怒ることないから。きっとラダが元気ないから、その火の精霊が元気づけようとしたんじゃないか」
『ラダの父ちゃん、わかってる!そうなんだよ。ラダ。王女様が来ないからってへこむなよな』
「へ、へこんでなんかないもん。王女様じゃなくて、アレシュ様ね」
『はいはい。アレシュな』
少し馬鹿にするように返事されて、ラダは苛立って頬を膨らませた。
「ラダ。厨房はもういいから。ほら。水を足してくれないか。途中だっただろう?」
「あ、うん。お父さん。そうだった」
父イルジーに言われ、汲んできた水をそのまま床に置いたままな事に気が付いた。再び調理を始めた父を尻目に、彼女は桶の水を水瓶に移す。
毎日来ていたアレシュが今日も来なかった。
昨日はケンネルが代わりに昼食を買って行ったので諦めていたのだが、今日も来なくてラダは少し落ち込んでいた。
(アレシュ様だって忙しいだから。来れない日だってあるに決まっている。だいたい毎日来ていたことが異常だったんだもん)
そう自身に言い聞かせるが、寂しい気持ちは誤魔化しがきかない。
(だから火の精霊があんな騒動起したんだろうな。怒ってしまって悪かったかな)
火の精霊は悪戯好きだが、ラダのことを大切に思ってくれていることはわかっていた。
「火の精霊。ごめんね。怒ちゃって」
『いいさ。オレッチ、気にしてないから。それより、気になるなら見てこようか?火伝いでいけば、みれ…』
『火じゃ無理ダヨ。オイラが見てクルヨ』
「水の精霊。いや、いいから」
ラダは止めたのだが、水瓶の表面が大きく揺れると声が聞こえなくなった。
『行ったな。ま、ラダ。いい知らせを待ってればいいさ。オレッチもどこか遊びにいってくる。またな』
「う、うん」
火の精霊に返事をしつつ、彼女は水の精霊を呼び戻すが迷う。精気を対価に願えば、すぐに戻ってきてくれるだろう。けれどもやはりアレシュのことが気になってしまい、その願いを実行することはなかった。




