戻ってきた日常
ラダがベルカ家に担ぎ込まれ、両親がそれを知って卒倒しそうになってから、一週間が経った。
前世から逃げるのではなく向き合って、過去の事だと思えるようになって、ラダはやっと両親にヤルミルのことを話すようになった。これはベルカ家を見ていたら、話しても大丈夫ではないかと思ったからだった。
ベルカ家では、ケンネルがアレシュの兄で、しかもマクシム・ベルカの生まれ変わりだと知って絶叫してしまったが、どうにか冷静になり、夕食をご馳走になった後、家まで送ってもらった。
泊っていくようにアレシュの両親、ケンネル、アレシュ本人から再三言われたが、どうにか断った。
『あ、王女様。また来たよ。邪魔したいなあ』
「だめだよ。あ、王女様じゃなくてアレシュ様ね」
『はいはい。アレシュね。アレシュ』
風の精霊の面白くなさそうに言って、ラダの少し長くなった髪を弄ぶように凪いでからいなくなった。
程なくして、遠くに馬に乗ったアレシュの影が見え、一瞬でいなくなる。これは精霊の悪戯ではなく、馬を預けるためだ。
まるで来ることを待っているように見られたくなかったので、ラダは早々と店に戻った。
「ラダ。また風の精霊に悪戯されたのかい」
「わかるの?」
「だって、髪がぐちゃぐちゃだよ。ちょっと奥に行って結び直してきたほうがいいよ」
「そんなにひどいんだ。じゃあ、ちょっと行ってくる」
ラダがヤルミルの生まれ変わりなど夢のような話なのだが、両親は素直に信じた。それは彼女が前々から不思議な力を持っていることを二人が気づいていたからだ。特に母ガリナはラダが空から降りてくるところや影から出てくるところを見ていたらしく、「やっぱりねぇ」と嬉しそうに言われた。
どうやら、ガリナはヤルミルが王女への恋に殉したことを究極の恋物語を想っている節があって、前々からヤルミルの物語の愛読者だった。記憶を取り戻す前からヤルミルの話をよく知っていたのは、それもあったのかとラダは妙に納得した。
そういうわけで、ヤルミルのことを話しても二人の態度は今までと変わらなかった。それよりもアレシュが元王女、ケンネルが元マクシムと知り、態度が硬化した。さすがにお客さんなので、失礼な態度はとることはないのだが、前と違っているのをラダはひしひしと感じていた。
『まあ、ざまあみろだよな』
『ホント、ホント』
髪を整えて、厨房に戻ると火の精霊と水の精霊の楽しそうな会話が聞こえた。店内を見るとアレシュと母の姿が見える。
「ラダはお使いで少し出ています。アレシュ様」
「え?お母さん!」
母ガリナの声が聞こえて、店に出ようとすると父に呼び止められる。
「ラダ、ちょっとこっちに来て野菜を切ってくれないか」
「う、うん。わかった。お父さん」
店内で少し悲しそうに肩を落とすアレシュの姿は気になったが、父に言われ素直にラダは手伝いに向かう。
アレシュはまたお店に通うようになったが、なぜかラダの両親は彼が来る時間になると厨房の手伝いを頼んだりして、二人はゆっくりと話す時間が持ててなかった。
「アレシュ様。もうお帰りですか?」
「あ、うん」
ラダがやっと店内に出ると、彼は食べ終わって勘定をすませたところだった。
「明日はもっと早く来るようにするから」
残念そう、だけどラダにはとびっきりの笑顔を見せる。
それだけで、彼女は胸がときめき、何も言えなくなってしまった。
「はい」
必死にそう答えると、母ガリナが間に入る。
「はいはい。アレシュ様。お昼の時間は短いのでしょう。また明日いらしてくださいな」
「お、お母さん!」
こんな風にお客さんを邪見にする母を見たことがなくラダが声をあげるが、アレシュは苦笑しただけだった。
「いいから。また、明日来ます。ラダ、お母さん、お父さん」
「お母さんだって!?アレシュ様、気が早すぎやしないかい!」
「お母さん、そういう意味じゃないから!」
ツッコミをいれる母にラダは顔を赤くしながら否定する。
「ラダ。そういう意味のつもりだ。また来るから」
「ア、アレシュ様!?」
アレシュはさらりとそう言うと華麗にお店から去り、取り残されたのはトマトのように顔を真っ赤にしたラダ、呆れた顔をする母ガリナに、囃し立てる客だった。
☆
店を出たアレシュはそのまま馬を預けている店に向かったが、やはりいつもの定番で、風に邪魔され髪をくしゃくしゃにされたり、光が周りを飛び回り目がチカチカしたり散々だった。それでも火の塊が飛んできたりしないだけ、まだましだった。
「これも試練って奴だな。耐えて見せる」
馬に乗り気合をいれたところで、水が足元にかかり、桶を持っていた女性が悲鳴を上げる。
「大丈夫だから。気にするな」
平謝りをする女性に声をかけてから、アレシュは城へ馬を走らせた。