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後編

それから20年経ち、彼女の訃報が発表される前に、私は彼女の死を知った。

それは、母の名前すら知らない我が子も一緒だった。

そして、それはなぜ、王族の血筋を残すことに拘ったかのかを私たちに教えた。

私に、子供達に彼女が持つ力が流れ込む。

この力の源を、私たちは知らない。

ただ、体に何か暖かいものが流れ込んでくるのだけ、分かった。

それは、とても心地よく、波間に漂うような、優しい時間だった。

実際には1分もなかっただろう。


「お前達の母様が亡くなったんだね。

これは、最後の挨拶だね」


誰に言うでもなく、自然に声が出た。

私も、子供達も自然に涙が出た。

あぁ、ようやく自由になったんだね。

自分の為の時間をようやく自分で使えるようになったんだね。

私は彼女を思い、久々に泣いた。



彼女の喪が発表される前日、既に引退して久しい前宰相が訪ねてきた。

曰く、彼女の最後にオーダーしたドレスが出来上がってるか確認させてほしい、と。

そう、彼女は私に会わないだけで、相変わらず店のパトロンだった。

寸法など、希望は全部侍女を通してオーダーされた。

そのたびに、私は彼女を思い、彼女が喜ぶようなドレスを作った。

そして、これが、最後のオーダーしたドレスだ。

彼女が最後を意識したのか、黒とワインレッドのベルベットドレス。

最後の総仕上げのみが残ってる、オーダードレスの確認のため店じまいをする。

個室に移ると、彼はスッと一枚の手紙を出した。


親愛なる者へ


お主には妾の最後に気が付いたはずじゃ。

これで、妾が血筋に拘ったのが分かったろうな。

妾は普通の人間じゃ。首を切られたら死に、病気になったら死に、老いたら死ぬ。

何ら変わりない。

ただ、少し、力があるだけ。

私の最後の力を私の最も愛する国に授けた。

この国が幸せであるように。


親愛なる者より


彼女らしい実直な手紙だった。

読み終わり、眼を上げる。


「ここからは、手紙ではありません。口頭です。

この手紙は、いつ、誰が読むとも限りませんから。

今から話す内容も、実は私は知らないのです。

それが、女王陛下の御力です。

この事を知っているのは、エドワード様と、私、そして、乳母のメリッサ、現宰相だけです。」

話の内容が飲み込めないまま前宰相を見る。。

前宰相は、フウ、と大きく息を吐いた。

その瞬間、彼の周囲の空気が変わった。


「アーロン、闊達そうで何よりじゃ。

妾は先へ行く。恨むでないぞ。

いや、恨むであろうな。まぁ、それは良い。

恨まれるのは慣れておる。

話がそれたな。


妾は少しばかり疲れたのじゃ。

子供らが日々精進してアーロンを助けてるのを聞いておる。

良い子に育ててくれたこと、嬉しく思う。

妾の勝手で、お主らの人生を変えたことを許して欲しい。

この国が幸せである限り、お主らが幸せに生きていけるように、妾の最後の力を使った。

そして、妾の力をアーロン、そして子供達に授けた。

妾はお主らに救われたのじゃ。

お主が妾を助けたいという願い、それを妾以外の全ての女性に使って欲しい。

この国で、女性の立場は弱い。

それは、王であった妾も例外ではない。

妾の一生は戦いの連続であった。

散々人を殺し、策略をはかり、口には出せないようなおぞましい事すら平気でやった。

悔いてはいない。

お主がデザインし、布を裁ち、縫ったドレスを纏うと、自然に背が伸びた。

胸を張り、自信をもって決裁が出来た。

この事が、どんな凄いか分かるか?

お主に会えなくても、お主のドレスがいつも妾を認めてくれた。

感謝しても感謝しきれぬ。


アーロン、お主に姓を授けよう。

アーロン・スチュワートと名乗れ。

そうじゃ、スチュワート侯爵家の再興である。

これは、命令じゃ。

そして、これを傀儡にするのじゃ。

全て手配済みである。

お主の店はこれから数奇な運命を辿るであろう。

だが、全ての女性を幸せにするお前の腕があればこそ、じゃ。


アーロン、妾はお主に救われた。

痘痕だらけの妾を、ブラッディ・クィーンと言われ慈悲の気持ちがない女を愛しんでくれた。

そして、最愛の子供らを授けてくれた。


お主がくれた幸福が、妾を人間にしてくれたのじゃ。

感謝する。

だから、妾の最後の衣装、存じておろう?

妾が最後に注文したドレス。

お主も、薄々気が付いていたのではないか?

妾が、最も妾でいられる、豪奢なドレス。

妾の最後の総仕上げじゃ。

妾の目でそのドレス姿を見れないのだけが、心残りではあるがな。


お主の力をすべての女性に分けてあげてくれ。

これが、最後の妾の望みじゃ。


当分、会えないだろうが、そうさな、ノンビリと向こうで待っておる。

急いでくるではないぞ。

その日まで、息災でな。」


前宰相がガクリと頭を垂れた。

今まで周囲を立ち込めていた彼女の雰囲気がなくなった。

彼はその後、キョロキョロ周りを見回し、私に目を合わせた。

「お話は、お聞きになりましたか?

私の3番目の息子が、スチュワート侯爵家を再興します。

勿論当主様は、アーロン様、あなたです。

ただし、これは、表には出しません。代々、この話は仮当主で続いていきます。

私には、女王陛下の御気持が残念ながら分かりませんが、それが王女陛下の最後の御望みでした。

謹んでお受け取り下さいませ」


私は何も言わずに頷く。

拒否は出来ないのが分かってるからだ。

そして、席を立ち、彼女が最後にオーダーしたドレスを持ってくる。

「最後の総仕上げが残っておりますが、ほぼほぼ出来上がっております。

レースの撥ねなどを確認したら、すぐにでも王城へお届けいたしますが」


「明日、女王逝去が発表される予定です。明後日に、王城へ届けてくだされば侍女に受け取るよう手配しておきますので」


彼は、ドレスを見ても、私にはさっぱりなので、と頭をかきつつ辞去していった。


彼女らしい、最後のドレス。

多分、今後どんな女性にドレスを作っても、これ以上の出来はないだろう。

誇り高い女王に相応しいドレスだ。


私は静かに目を閉じる。

そして、彼女の冥福を祈る。


彼女は気高き王だった。

そして、とても孤独な王だった。

だが、あんなに誇り高く、矜持を持った王はいなかった。

「…あの世とやらでのんびり待っててくださいね。

…愛してますよ、今でも。」

低くつぶやく。


彼女が最後に着るドレスが、私のドレスであることを誇りに思う。


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