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前編

「妾は、多くの人を殺し過ぎたのじゃ」


無表情に、愛しい人が話し出す。


「だから、民からも、臣下からも恨まれよう。

妾が恨まれ、殺されるのは厭わない。

そう仕向けるようにしたのは、他でもない妾じゃ」


そこで、彼女は口を閉ざす。


「そんなことは」


私の反論を彼女は一瞥で閉ざす。


「ない、とは言わせぬ。

そうであらねばならぬのじゃ。

妾は、王じゃ。

この国を束ねるもの。

強くあれ、と育てられた者じゃ」


そこで彼女は一瞬遠くを見つめる。

その先の光景は、彼女の女らしい可愛らしい夢の世界か、はたまた修羅の世界か。




しがない街中の布屋であった店で、ドレスを売るようにしたのは父だった。

彼は商才あふれ、かつ、社交が上手だった。

その、父の女性受けする端正な顔は、貴族の女性陣に受けた。

彼のデザインしたドレスを着用するのがブームになったのだ。

様は、噂を聞いたご令嬢や、奥様方がその噂にたがわぬ父の顔を見るために来店し、父が接客し、媚を売る。

店は繁盛したが、父は店を大きくはしなかった。

小規模で、限られた人にしかドレスを売らない高級店という、まさに貴族が特権を意識できるお店を作り上げた。

その縁で小さなころから社交に出ていた私も、父譲りの顔を生かし商売をしていた。

媚、いや、こうなったら男娼紛いか。

なぜなら、私は14にも満たない年で、父の顧客の侯爵夫人にあっけなく、それこそ押し倒されて奪われたのだ。

はっきりと、屈辱だった。

だが、そこで拒めば所詮しがない商人の一人でしかない私に待っているのは死しかない。

もしくは永遠に出れない鳥籠か。

17になるころには、全てに諦めるようになっていた。

だが女性たちの手練手管に慣れ、どうすれば彼女たちが喜ぶのかも、全てわかるようになっていた。

表面上は穏やかに、そして何事にもスマートな対応を。

そんなただれた生活でも、商売は手を抜かなかった。

日々の彼女たちとに付き合いで、どんなドレスが欲しいのかリサーチするまでもなく分かるのも十分過ぎるほどメリットもあったのだ。

女性が手に入れたくなるようなドレスを作る、この店から、流行を作るのだ。

単なる平面の布を裁断し、立体的に縫い上げる。

布が自由自在に自分のデザインを盛り立てる。

どんなドレープを出せばよいのか、どんな色の組み合わせが良いのか。

それは、単純に楽しかった。

女性の嬌声も、媚も一切ない無の時間。

女性のコネクションだけで売り上げているわけではない、と証明したかったのは、多分父も同じだったのだろう。


そんな日々をすごしながら、気がついたら王宮にも出入り出来るようになっていた。

王女のドレスを作る、という大役を射止めた。

そして、彼女はパトロンになった。

文字通りに。

私も、彼女がパトロンになることによって、彼女以外の女性からようやく解放された。

文字通り。

心無く、抱かなくてもよくなったのだ。


初めて彼女を見た時。

今まで接していた女性たちと違い、能面のような女性だ、と思った。

それは、疱瘡の痕を隠すために白粉を沢山はたき、どちらかというと厚く下地を塗っていたからだろう。

彼女は、何の表情も見せない顔して私を見た。

その目はあくまでも平坦で。

自惚れではないが、貴族の女性だけでなく一般的な女性にも熱い視線に慣れていた私には新鮮な感じだった。


「お初にお目にかかります、王女陛下。

今回、初めて王女陛下のドレスを繕いさせていただく者で、アーロンと申します」


自分でもいやらしいと思ったが、彼女の頬が赤らめられるか、とつい思って周囲が一番気に入ってる甘い笑顔を意識して作り、彼女の瞳を見つめながら言ったのだ。


「…その笑顔は妾には不要じゃ。

お主は妾が満足するドレスを作ればよろしい。

今回は、6月のエドワードの生誕祭のドレスを頼みたい。

評判は聞いておる。

頼んだぞ」


彼女は、私の笑みをそこら辺にある石ころを見るのと一緒の目で見ていた。

一瞬も目を伏せる、俯く、頬を染める、なぞ今までの貴族の令嬢やご婦人方と同じ対応は見せなかった。

それも驚きだったが、一番の驚きは初めて利用する私のドレスがお茶会などではなく。

ゴクリと唾を呑んだ。


「エドワード殿下の、生誕祭のパーティのドレスですか?」


驚いたのは、こっちだった。

まさか、そんな正式なパーティドレスを受注するとは思っていなかった私は驚愕した。

最初のオーダーはまずは腕試しに日常着のドレスを作るのが普通だからだ。


「フン、そんな顔も出来るのか。

取り繕った顔をしているより、まぁ見れるな」


そう言って馬鹿にしたように私に一瞥をくれると、すぐにドレスを翻し採寸室に入っていった。

あの時、私は恋に落ちたのだ。

この、誇り高き王女に。


8歳まで、人質同然の生活をしていた彼女。

親の愛を知らず、必要最低限の世話だけしかしない侍女に囲まれ、狭い塔の1室ですごした。

衣食住は、恵まれているが、人間らしい生活とは無縁の彼女。

その後、政権が変わるたびに場を追いやられ。

わずか15歳で王位についた少女。

婚約者であったスチュワート侯爵との結婚は、結婚前に痘そうに罹り、その顔に痘痕が出来たことにより延期になり。

その後、新しく出来た宗教にのめり込んだスチュワート侯爵が、彼女の異母妹を旗頭に新たな王家を作り出し、7年間対立し。

その宗派、及び対立した新王家との戦いで勝利し、多大な粛清を行った結果、彼女はブラッディ・クィーンと呼ばれるようになったのだ。

王である彼女の意思ですら、王であるために口に出せない事もある。

それが、彼女の異母妹と異母妹の6歳になる子供の処刑だ。

愚かにもスチュワート侯爵は6歳になる子供を戦いに駆り出した。

なぜなら、たかだが6歳でも前王の血を引く子供でもあるからだ。

それを新たな旗印に戦いに挑んだスチュワート侯爵を諫められなかった異母妹にも、彼女は失望した。

異母妹の処刑は仕方ないにしても、6歳になる子供の処刑は望んでいなかった。

しかし、それは立場的に口に出せない。

言ったが最後、それが、彼女の隙になる。付け込まれる原因になる。

それは回りまわって、彼女が今度は倒される側になる、ということだ。。

ただ、幸いなことに異母妹のもう一人の子供は赤ん坊だった。

まだ1歳にも満たない赤子だったことが幸いした。

彼女は痘そうを患い、赤子が望めない身体だったと思われていたからだった。

異母妹には、彼女と同じく、父であった王の血が流れている。

王の正当なる血筋を残すのだ、という大義名分のもと、赤子だけは助かったのだ。

彼女は、宣言したのだ、

妾は結婚せず、異母妹の子であるエドワードを跡取りにする、と。

そうして、ようやく世間が落ち着いたのは彼女が30歳の頃だった。


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