第三十八話 クロの怒り
せっかく楽しくご飯を食べていたのに。机を蹴り上げにやけた顔をこちらに向けた男に苛立ちを覚える。
街中で彼を見つけたのは偶然だった。休日をどうやって過ごそうかとふらふらと街を徘徊していると不思議な人を見つけた。全く気配を感じさせない男が目に着いたのだ。気配を消しているのならばその姿も見つけ辛いだろう。しかしその男は一切の気配を消しているにもかかわらず、全くの自然体で行動をしているのだ。
銀髪で浅黒い肌に整った顔立ち、そして鋭い金色の瞳。その瞳を見た瞬間に森で出会ったあのドラゴンを思い出した。まさかと思い声をかけるとまさしくそのドラゴンだった。どうしたのか聞くと仲間とはぐれてしまったらしい。あのドラゴンが迷子などと聞いて思わず笑ってしまった。少し不満げな顔をした彼を連れて冒険者組合に向かった。正直暇だったのもあるが、彼と話したかったのだ。
「珍しいなレイン、お前が人と飯を食っているなんて」
「あら、組合長。あなたこそ珍しいね、こっちまで降りてくるなんて」
おしゃべりをしながらご飯を食べてると、組合長が来た。彼の事だから薄々感づいては居るだろうけど一応知らせておく。
「こちらは?」
「クロさんだよ、さっき街中で会ってお仲間さんとはぐれたみたいだから探してあげようと思って」
『クロだ』
「探してると言う割には楽しそうに飯を食ってるだけに見えるが」
「探してる相手が〈勇者〉だからね。下手に探し回るよりも待ってる方が早そうだから」
「!! なるほど・・・〈勇者〉の」
少し考え込んでるけどしっかり伝わっただろう。組合でも勇者を探す事になりその手続きに組合長が戻ったのでまたクロさんとおしゃべりを再開する。冒険者の話になり、クロさんも登録してくれたらいつか一緒に依頼を受けてみたいなーなんて考えていたら怒鳴り声が響いた。
面倒だな、さっさと片付けようかと思っていたら、空気が変わった。目の前に座っていたクロさんから初めて気配を感じた。それはおおよそ人が発する事の出来ない巨大な気配。それに怒気が含まれている。そんなものが一瞬で建物の中の空気を染め上げた。おそらくこの場を支配している気配は目の前の男に向けられたものの漏れ出したやつだ。それだけで私でさえも思わず息を呑む程だ。案の定怒気を直接当てられた男は尻もちをつきガタガタと震えながら後ずさっていた。気絶する事も出来ないほど強烈な怒気、まるで想像もできない。すると室内に大きな声が響き渡った。
「あー!!やっと見つけた!!」
茶色い髪の毛に三角形に尖った耳に小さなふさふさの尻尾のオオカミの獣人の子供だろうか、そんな少女がクロさんに向かって走り飛びついた。




