08.通学路にて
「いってきまーっす!」
「いってらっしゃーい! 気をつけて行くのよー!」
「はーい!」
「なんだか、あの子の動きが滑らかになった気が……気のせいかしら?」
昨日は『Free』のサービス初日。
しかし、本日は平日である。
なぜ、金曜日にサービスを開始しないのか、それなら土日にたっぷり……まではいかずとも、少なくとも平日よりはたくさん遊ぶことができたはずなのに。
まぁ文句を言っても仕方がない。
なんせあれだけのタイトルだ。メンテメンテのログインオンラインにならなかっただけ御の字だと思わなくては。
むしろ、それを回避するために平日スタートにしたのかもしれない。
「カーナちゃん!」
「うわっ! もういきなりはやめてっていつも言ってるじゃん」
「えへへ、ごめんね。次から気をつける!」
「もう……」
私が歩きながら考え事をしていると、突然後ろから抱きつかれてしまった。
別に変質者ではない。むしろ、いつものこと。
この反省する気配が微塵も感じられない女の子は、私が採用している友達少人数制をくぐり抜けてきた1人である。
名前は倉科マリン。命名した両親の勇気を褒め称えたい。
マリンという名前に恥じぬ美少女で、性格は一言で言うと活発。クラスでも人気者の女の子だ。
そして、私と一緒に『Free』をやろうと約束した1人でもある。
ちなみに昨日はお互いの時間が合わず、各自、自由行動となっていた。残念。
まぁ、チュートリアルは基本単独行動だからね。昨日の出来事を思い返せば、結果論にはなっちゃうけど、それでよかったのかなと今更ながらに考えている。
そんなマリンとは、とても家が近く、こうしてよく一緒に登校しているのだ。
「ねぇねぇ!」
「どしたの?」
「どこまで進んだ!?」
「え? いや、そのぉ……」
「ん? まさかやってないの?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
何を? なんて無粋なことは聞かない。
もちろん、『Free』の話に決まっているのだから。
でも、「実はまだチュートリアルが終わったばっかりで……」なんてなかなか言い出せるはずもなかった。
だってサービス開始を、今か今かと私が楽しみにしていたことをマリンは当然知っている。
むしろ、2人で話し合いながらその気持ちを共に高めてきたくらいなのだ。
それなのにまさか、チュートリアルが終わった直後までしか進んでいないだなんて、きっとマリンは夢にも思わないだろう。
実は昨日、夕飯を食べ終わってすぐに店に団体客が入ってきてしまったため、あれ以降進めることができなかったのだ。
平日の思わぬボーナスに両親はホクホク顔だったが、一方の私は複雑な心境であった。
いつもよりお小遣いを多めにもらえたことが、せめてもの救いといえば救いであろうか。
そうだ。先にマリンがどこまで進んだのか聞いてみよう。得意の問題の先延ばし発動である。
「マ、マリンはどこまで進んだの?」
「ん? 私ぃ? 私はねぇ……」
今にもムフフと笑い出しそうな笑顔を湛えて……
「ムフフゥ……」
本当に言いやがった!
でも可愛い! ちくしょう!
「なんと最初のエリアボス討伐に成功しました!」
「え、えぇえええ!」
いくらなんでも早すぎやしないだろうか。
エリアボスとはその名の通りその地域一帯をしめるいわば親玉的存在である。
ということは、それなりの力がないと当然倒せるはずもないわけで……。
マリンもゲーマーなのは知っていたけどそこまで廃人だったっけ?
一体、昨日何時間やったんだ?
「っていっても、私が倒したわけじゃないんだけどね」
「ん? どういうこと?」
エリアボスを倒したにも関わらず、倒していないとは? とんちだろうか?
ポクポクチーン! わかりません!
「昨日ってゲームの初日でしょ?」
「だね」
「だからみんなすっごいテンション上がっちゃっててね。そこにいるみんなでエリアボスに挑もうって話になったんだよね」
「へーいいなぁ! 私も参加したかった」
「でねでね、なんかもうすっごい人が集まっちゃって、そのままドドドーって、雪崩れるようにエリアボスまで」
「そ、それで?」
「多数の死に戻りを出しながらも、物量作戦でエリアボスを倒しちゃったの。私はその祭りに単に参加しただけだよ。私がボスに突入する前に倒しきっちゃったしね」
「うへぇ……」
それでいいのか運営よ。
いくら『自由』とはいえ、物量で押しつぶされるようなボスってどうなのよ。
「一応、経験値ももらえたんだけど、人数が人数だからかな? 全然だったよー。あれなら雑魚モンスターを倒した方がまだもらえるね」
「でも、楽しかったんでしょう?」
「そりゃもちろん!」
「いいなー」
『Free』はレベル制ではない。
しかしながら、経験値という概念は存在する。それはなぜか?
『Free』でいう経験値とは、『なにかを取得するためのポイント』だからだ。
そして、この経験値というのがまた『自由』で。
条件さえ合えば、ほぼどんな物とでも交換できてしまうのだ。
スキルなんて言わずもがな、武器、防具、アクセサリーなどの装備品、家などの建物、そして、極めつけはお金にさえ交換できてしまう。
もちろん、お金などの物に交換するとなると、交換率の関係で将来的にみれば、ある程度損をする仕様にはなっているらしく、ほとんどの者はスキルと交換するために貯めているとのこと。
ただ極論を言えば、経験値さえ貯めていけば、ほぼなんでも交換し放題というのは、とんでもない話なわけで。
そして、その経験値がメインの交換先とされているスキルではあるが。
正直、未だ仕様がよくわかっていない。というのが大方の意見であった。
その中でも比較的わかりやすいのが、【魔法】で、これは単純明快、対象スキルを取得すればそれを使えるようになるというもの。まさにファンタジー。
だが、その他のスキルの有用性が実は未だにほとんど解明されていないのだ。
例えば【剣術】というスキルがある。
仮にこれを取得したとする。
で? という話なのだ。
勝手に体が動くわけでもなく。斬撃の鋭さが増すわけでもない。たまになんだかほんのちょっとだけ攻撃力が上がったような気がする、というプレイヤーもいないこともなかったらしいが、結局これも誤差の範囲内であり、まさに現状は経験値の無駄遣いという扱いとなっていた。
これには様々な考察と憶測が、現在進行系にて飛び交っているらしい。
β時代、いや、その前のα時代から考えると約1年。
それだけ経過してなお、未解明なのである。
こういうとき、頼りになるのはゲームの住人、つまりNPCなのだが、NPCはなんとスキルという概念自体がなかった。
ただ単純に使える者は使えるし使えない者は知らん。スキルとはなんだ? といった具合。
こうして頼みの綱であるNPCの線も消え、結局はプレイヤー間で解決するしかない状況に。
ゲームとしてそれはどうなんだと、苦情が殺到しているとの話もあるが、運営サイドは未だ沈黙を貫いている。
その沈黙具合たるや凄まじく、開発プロデューサーの心臓はきっと剛毛を通り越して、心臓自体が毛で構築されているのだろうと噂され、最近ではむしろユーザーの間でさえ仕様変更をさせるのは無理だという諦めの傾向がみられるほどであった。
そんな仕様のスキルなため、今ではほとんどのプレイヤーが実質魔法使いという、通常では考えられない状況なんだとか。
まぁそのお陰でエリアボスを討伐できたのかもしれない。とはマリンの談。
なにやらエリアボスは物理攻撃に強そうなボスであったらしい。
皆が皆、自身が持つ最強魔法を唱えてはエリアボスに惨殺されていく。
この状況をボス視点から見てみよう。
倒しても倒しても一向に減らないプレイヤー。ちくちくと減る自身の体力。
私がボスなら発狂する自信がある……え? 実際ボスが泣き喚いているように見えたって?
そういえば、このゲームのAIって高性能だったね。
……ご愁傷様です。
次回は19時投稿予定です。