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06.佐倉家の人々

「うわっ!」


 目を開くと、そこには眼前に迫るお母さんの顔があり、思わず声がでた。


「ん〜」


 私のそんな様子をじっくりと眺めながら何かを思案しているお母さん。


「ギリギリセーフ……かな? おしおきはなしとしておきましょう」


 よ、よかった……助かった。


「でも、次はお母さんが声をかける前に降りてきてほしいかな?」


「は、はい! がんばります!」


「うん、よろしい! それじゃ夕飯一緒に食べましょー」


「サ……はい!」


 あまりの迫力に思わず「サーイエッサー!」と言ってしまいたくなるところではあるが、以前、それを口にしたところ、物凄く嫌がられた記憶があるため言わないように気をつけている。理由はわからないけれど、不思議と聞きたいとも思わない。

 身内といえども踏み込んではいけないラインは確実に存在するのだ。


 とにかく今は夕飯だ。

 といっても、お母さんが作ったわけじゃないんだけどね。

 あくまでお母さんは私を呼びにきただけ。

 では誰が夕飯を作ったのかというと――


環那かんな、今やっとお客さんが落ち着いたから、早く食べろよー」


「はーい」


 ――お父さんである。


 実は、我が家は中華料理屋『覇王翔吼軒はおうしょうこうけん』を営んでいて、お父さんがその店主をしている。

 ちなみに名物はオムライス。

 何を言っているかわからないかもしれないが、今はスルーしてほしい。

 色々事情があるのだ。


 とにかく、そんなこんなでウチの夕飯は普通の家庭よりも遅くなりがちだ。

 それなのにまさか、そんな時間までゲームを、しかもチュートリアルをやっていただなんて。

 やっぱり長すぎなんだよチュートリアル。私はきっと悪くない。


 ちなみに、お母さんは店のお手伝い、というか、料理以外をすべてこなしている。

 注文、配膳、会計、客あしらい等々。役割分担として、単純にそうなっているのかというと実はそれだけではない。

 お母さんの得意料理はダークマター。

 つまりはそういうことなのだ。


 ちなみに、身内贔屓びいきでもなんでもなく、ウチのお母さんは綺麗だ。スタイルも抜群。まず間違いなく年相応には見られない。下手すれば私と姉妹まである。

 それもそのはずで、お母さんはなんとロシア人とのハーフなのだ。

 そして、そんな私は必然的にクォーターになるはずなのだが……若干、日本人の血の方が濃いらしく、スタイルががが……。

 もう少しがんばれよ、私の中のロシアン!


 たまにしみじみと、お父さんはよくこんな綺麗な人を捕まえられたなと感慨に耽ることがある。

 以前、そのことを何気なくお父さんに聞いたところ、曰く「胃袋を掴んだ」とのこと。

 たしかに、お父さんの料理はおいしい。というか、いわゆる料理バカだ。

 幹線道路沿いにもない、家族経営のこぢんまりとした中華料理屋が周囲のチェーン店に負けないでいられるのも、ひとえにお父さんの料理の腕あればこそ。

 だから、それを聞いて一応納得はしてみたものの、それでもときおり、同じようなことを考えてしまうのは、お母さんのクオリティがクオリティたる所以か。


 ちなみにもう1人、私と双子のはるかがいるのだが、今この家にはいない。

 といっても、生き別れたとか蒸発したとかそんな物騒な話などではなく、生粋の帰宅部である私とは違い、幼い頃から運動が大好きだった妹は、陸上のスポーツ推薦で隣の県にある高校に入学し、そこで寮生活をしているだけだ。

 寂しがる私達とは逆に、当の本人である妹は陸上に集中できるとむしろ喜んでいたのはここだけの話。


 まぁそんなわけで、今は家族3人で生活している。

 ちなみにゲーム好きな私は、家のお手伝いをして貯めたお小遣いで今回のVR機を買った。正直がんばった!


 そんな私のお店での役割はというと、もっぱら忙しいとき限定のお父さんのお手伝いだ。というか、お母さんのは手伝えない。

 なにせ、注文、会計、配膳状況、常連客の好み等々、すべて記憶しているのだから。

 だからお店にも一応レジはあるんだけど、お金の出し入れ以外で使ったところを見たことがない。

 普段の帳簿も各料理の売れた個数と、総売上だけを記載してそれで終了だ。ものの2分とかからない。

 我が身内ながら思う、なんなのだこの母親は、と。

 極めつけは以前、ウチの料理にイチャモンをつけようとしてきた強面の男3人がいたらしいのだが、なんというかその……瞬殺したらしい。

 もちろん、実際に殺したわけではないのだが、常連客曰く、「人間の心が折れる瞬間を初めて目の当たりにした」とのこと。

 私はそれを聞いて、お母さんには絶対に逆らうまいと再度心に深く刻みこんだものである。


 ちなみにお父さんも料理関係の記憶力は抜群で、注文された料理はすべて覚えているらしく、私はお父さんの指示通りに料理を作るだけ。

 それでもまともに手伝えるようになってきたのはここ最近の話だ。


 そんな中にあって、前言を撤回するようであるが、実は唯一私専任の料理が存在する。それが、前述に挙げた曰く付きの料理、オムライスである。

 実はこのオムライス、当初はメニューに載せてすらいなかった。当たり前だ。だってウチは中華料理屋なのだから。

 ところが、常連客がたまたま私が作った賄いのオムライスを目ざとく見つけてしまい、お客さんの頼みならとお父さんが渋々折れた形でメニューに採用となってしまった。

 ただ、その際に2つの条件が提示された。

 1つ目は『お父さん自身は作らない』ということ。中華料理屋としての誇りが許さないらしい。

 じゃぁ中華料理屋の娘が作るのはいいの? と思わなくもなかったが、元々オムライス騒動の原因が私にある引け目もあり、私は承諾。残るは常連客のみなさんが納得するかどうかだったのだが、特にさしたる文句もなく可決された。その即決さたるや、逆に私が驚いたほどだ。

 その際、「本当に私でいいの?」と常連客の1人に思わずたずねてしまったのだが、「大丈夫だ。問題ない。むしろ逆に……」と後半はごにょごにょ言っててよく聞き取れなかったが、とにかく即答してもらえた時は、表情には出さなかったものの、内心嬉しかったのを今もよく覚えている。

 そして、2つ目の条件が『ランチ限定』ということ。

 これはどちらかといえば、私に対する温情みたいなものだ。

 もし、『ランチ限定』でなければ、必然的に私は学校から帰ると即、店の手伝い。そこからのオムライス、オムライス、オムライス……という無限ループに陥る可能性が濃厚だった。というか現状を考えれば間違いなくそうなっていたと思う。提案してくれたお父さんには本当に感謝感謝だ。私なんて、みんなすぐに頼まなくなると思ってたくらいだったのに。

 まぁそんなこんなで、先程の2つの条件が付け加えられた結果、平日昼間は私が学校なため、必然的に『土日のランチ限定』のメニューとなったオムライスなのだが、中華料理屋で出す洋食という物珍しさも手伝ってか、今となってはなぜか名物料理と化してしまっている。

 そのあまりの売れ行きに「中華とは?」と本気で悩むお父さんと、それをなだめる常連客、というのが週末ランチのいつもの光景だ。

 たまに、「その誇り、一旦置いて手伝って!」と本気で叫びたくなるほど忙しい時もあるが、それは絶対に口に出さないようにしている。たぶん正解。


 そんな大好評のオムライスではあるが、実のところ、特段これといって何も珍しいことはしていなかったりする。具も、玉ねぎ、ハム、と非常にシンプル。作り方も凡庸。

 ただし、隠し味にお父さん秘伝のジャンを少々加えている。ただそれだけ。

 ただそれだけではあるのだが、実はこの醤が半端なくおいしいのだ。つまり、この醤もオムライスが名物にまでなってしまった一因……というか、十中八九、この醤のせいだと私は思っている。

 なので、もちろんお父さんもオムライスを作ることはできるし、事実、このオムライスはお父さん直伝だ。

 単にお父さんとしては作れても、中華料理人としては作ることはできない、それだけだ。

 でも、そんなお父さんを私は素直に尊敬している。なにより、真剣に料理と向き合っているお父さんの背中はかっこいいし、大好きだ。口には出さないけどね。

 もちろん、お母さんも大好きだよ? でも、お母さんはちょっと過保護すぎるところが玉に瑕かなぁ。


 ちなみに、普段から醤作りに何日もかけているお父さんを見て、大変だろうと思った私は、手伝いたい一心で醤の作り方を教わろうとしたところ、「気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」と、よくわからない理由で断られた。

 そのあと、「環那が醤を作れてしまったら俺の居場所ががが……」と、これもまたよくわからない独り言が聞こえてきたので聞かなかったことにし、以降、お父さんが言い出すまでは醤の作り方を聞かないでおこうと心に誓ったのは記憶に新しい。


「やっぱりお父さんの作る料理は最高ねぇ」


「ふふ、そうだろうそうだろう」


「私、今度はお父さんが作ったオムライスが食べたいな、やっぱり全然違うもん」


「まぁ! それはいいわねぇ!」


「あ、いや、その……考えておく」


「「やったー!」」


 これが我が『佐倉さくら家』の日常である。




次回は13時投稿予定です。

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