03.霹靂
【チュートリアル3:戦闘しよう】
初戦闘です。頑張りましょう。
ハッ! 私は何を!?
あれからどれくらいの時間が経過したのだろう。
気づけば視界の端にあったメッセージが中央に移動し、これでもかと激しく瞬いていた。システムらしからぬ自己主張だ。ちょこざいな。
もしかして、チュートリアルにもAIが搭載されていたりするのだろうか。
そういえば、説明文も若干投げやりな感じになった気がする。いや、まさか……ね。
とにかく戦闘だ。
確か攻略サイトには雑魚モンスターとの戦闘と記載されていたはず。
とっととそれを討伐して、なんだかイライラしていそうな気がするチュートリアルさんを早くなだめなければ!
そう私が覚悟したちょうどそのタイミングで、数メートル先の地面が光り輝き、そこから人型の何かが現れた。
『ハッハッハッ……』
それはパイプをくゆらせながら優雅に笑うタキシード姿のおっさんであった。
わぁ、私、シルクハットとか初めてみたよぉ〜。くるくるお髭がかわいいね。
……って、え?
もう一度チュートリアルを確認してみる。
【チュートリアル3:戦闘しよう】
おっさんを倒そう。
いやいやいや! 無理だよ絶対に無理!
雑魚モンスターっておっさんのことだったの!? おっさんの扱いが酷すぎるよ!
ほかにもほら、スライムとかゴブリンとか小動物的なモンスターだとか! もっと雑魚的なものが他にも色々あるでしょ色々!
なのに、よりにもよってなんでこんな優雅なジェントルマンと戦闘しなくちゃいけないのよ!
あぁ、プカプカしている!
笑いながらプカプカしているよ!
本人と一緒で煙も優雅に漂っているよ!
『ハッハッハ! それは災難でしたねぇ……おや? ここはどこなのかな?』
しかも、本人のあずかり知らぬ強制連行ときたもんだ! 災難はあなただよ!
なんなんだこれは!
チュートリアルさんのご乱心でござる! 殿中でござる! みなのものであえであえー!
私が混乱し、脳内で1人忠臣蔵を演じながらわたわたしていると、目の前の討伐目標であるおっさ……ジェントルマンと視線が交差した。
『君は……冒険者なのかな?』
「え? あ、はい。一応そうです」
急な召喚にも関わらず、さほど動じていなさそうにみえるジェントルマンは私の格好をじっくりと観察したのち、合点がいったのか、なにやらうんうんと頷いている。
『と、いうことはこれは……なるほど、そういうことですか……』
目の前でブツブツと呟いているジェントルマン。その声は小さく、内容はよくわからない。
『それでは、やりましょうか』
「へ?」
ジェントルマンの発した言葉の意味がよくわからず、呆然と立ち尽くしている私を尻目に、懐へパイプを収めたジェントルマンは、もう片方に握っていたステッキを両手で握り、横に構え、カチリとした音と共にそれを引き抜いた。
キラリと光る何かが姿を現わす。
「へ? いや、あの、どういう……へ?」
『久々ですので私も楽しみですねぇ』
三日月のように大きく歪んだ口元。
あれは、笑っているのだろうか。たぶん、そうなのだろう。
依然、私の混乱は治まらない。
スライムは? ゴブリンはどこに? ああ、小動物的なモンスターならモフモフできたかもしれなかったのに。
――ヒュン。
ジェントルマンの姿がブレたかと思えば私の目の前に現れる。
同時に頬をかすめる風。衝撃。
そして――
「痛っ!」
私は思わず後ずさり、頬に手をあてる。その手が赤く染まった。
――血。
それをそれだと認識したとき、私の体温が急激に低下し、全身を鳥肌が覆った。
『ほう、眉間を狙ったのですが。さすが冒険者といったところでしょうか』
目の前でステップを踏むジェントルマンは依然優雅。雰囲気も登場時そのままだ。
ただし、手に持っていた物がパイプから細身の剣に変わっていることを除けばだが。
私は混乱の渦中にいた。
ただ、そんな中でも不思議と冷静な部分は存在するもので。
その部分が激しく警鐘を鳴らす。
――やらなきゃやられっぞ、と。
生存本能、とでもいうのだろうか。
私の体が自然と動き、開きっぱなしだったインベントリと装備画面を操作し、今現在、唯一の対抗手段であるそれを装備した。
ずしりとくる重量感。
重い。
すごく重い。
片手でなんてとてもじゃないがまともに持ち上げていられない。
でも――
「普段から私が使っている物と、重さ以外はあんまり変わらないの……かな?」
――手によく馴染む。
私はその調理道具――相棒を両手で構え、ジェントルマンと相対した。
【チュートリアル3:戦闘しよう】
おっさんこと『秘剣ローランド』を退けよう。
次回は8時投稿予定です。