28.譲渡不可
『大変お待たせいたしました』
「きゃっ!」
『ど、どうかされましたか?』
「あ、だ、大丈夫です」
嘘だ。ホントは全然大丈夫じゃない。何をどうすればいいか、どう言ったらいいのか、考えることはたくさんあるはずなのに、ぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。心臓の鼓動もどんどんと早くなってくる。
正直、今すぐにでもログアウトしたかった。
この場から逃げ出したかった。
『そのアイテムに関しまして、店員に確認をとりましたところ……』
ああ、やめて。それ以上言わないで。聞きたくない聞きたくない聞きたくない……
『申し訳ございません。誰もそのアイテムを認識しておりませんでした。どうやら、何か別の防具と一緒に混ぎれ込んでそこにあっただけのようです』
「……え?」
『そもそも、当店は防具を専門に扱っておりますので、腕輪や指輪のような基本アクセサリーに分類されるような物は作ることすらなく、私もなぜこのような物がここにあるのか、疑問に思ってはいたのですが……』
「……と、いうことは?」
ワ、ワンチャンある? 私タダ働きしなくてもいいの?
『こちらで一旦先程の品を預からせていただきまして、調べさせてもらおうかと思っています』
なかったー!
「あ、あの……その……」
『どうされましたカノン様。物凄い汗ですが……体調不良でしょうか?』
困惑するスタンフォードさんに、私は、そっと左手を差し出した。
「外れなくなっちゃったんです……」
『本当に外れないようですね』
あれから防具選びなんてそっちのけで色々試した。
力の強い店員さんに引っ張ってもらったり、指輪との間に石鹸のような物を塗り込んで滑りをよくしてみたり。お湯につけたり、冷水で冷やしたり……と。
お陰で私の手はふにゃふにゃだ。
こんなところまで忠実に再現されているんだね。さすがは『Free』だ。でも今は凄い余計な再現度だけどね!
でも、それらの甲斐なく指輪は一向に私の指から外れようとはしなかった。
もちろん、この間にスタンフォードさん達に見えないようにインベントリに収納しようともしてみたんだけど、なぜかできなかった。
譲渡不可の説明文があったので、人に譲れないのだろうことはわかる。耐久無限装備がそれだしね。でも、身につけたまま外れないなんて現象は今までなかった。
もしかしたら、耐久無限装備の防具は皆そうなのだろうか? だとしたらそれはもう呪いの一種だと思うのだけど……町中で見たあの着ぐるみプレイヤーはそういうことだったのかな? であれば、ご愁傷様ですとしか言いようがないのだけど。
ただ、同情ばかりもしていられない。
なぜなら、私もそんな呪いを受けた1人なのだから。
そばにいたアクアとシズクも心配そうに私を見守っていた。2人ともごめんね。
うう。なんでこんな思いをしなくちゃいけないのだろう。自業自得なのはわかってる。わかってるんだけどさ……日頃の行い、そんなに悪かったのかなぁ。もっと改めよう。
でもまさか戦闘以外でこんな痛い目に……って痛みに関しては痛覚設定をいじればいいだけだった!
メモした意味ないじゃん。私のバカ。
『しかし、謎が多すぎて何から手をつければいいのやら。これが一体なんなのかもそうですが、なぜ外れないのか、あの腕輪のような大きさだったものが、なぜこんなに小さくなってしまったのか、何もかも未だわからないままですし……う~む』
あ、そういえば、インベントリのことを言ってなかった……
こうなっちゃった以上、いまさら説明しづらいとか言ってる場合じゃない。それに説明すれば、少なくともスタンフォードさんの言ういくつかの謎は解けるわけだし。
まずは私にできることをやらないと。
「あの……実は……」
私は、インベントリの機能を拙い説明ではあったが、できるだけわかりやすくなるように説明していった。
実際にウィンドウを見せたり、中からアイテムを取り出したり、収納したアイテムをタップして説明文を表示させてみたりと。スタンフォードさんの許可をもらって店の防具で、自動サイズ調整機能も実践してみせた。
ちなみにウィンドウはデフォルトでは他人には見えない設定になっているが、ウィンドウ左上にある目のマークをタップすれば他人への可視化のオンオフが切り替えられるのだ。
その甲斐あってなのか、はたまたスタンフォードさんが商人も兼ねているからなのか、目の前で起こる出来事が信じられないといった驚きを見せはしたものの、インベントリとはなんぞや、ということは理解してくれたようで……
『なるほど、つまりその『インベントリ』という魔法を使用して、その指輪が何かというのを調べようとしたのですね』
「はい、そうです。でも、調べた途端に、急に辺りが光り輝いて……気づけば指にハマっていました」
『では、あくまでも装備する意志はなかったと?』
「そうです」
スタンフォードさんは顎に手を当てたまま考え込んでしまった。
そのポーズ、サカキさんもしてたような気がする。やっぱり、師弟でクセも似るもんなんだろうか。
なんてどうでもいいことを考えて現実逃避してみたり。はぁ。
『ちなみにですが、その説明文にはなんと書かれていたか、覚えていますか?』
「えっと……たしか……」
この指輪は、再度インベントリに収納しようとしてもできなかった。
なので、さっきの一瞬で見たことを思い出さないといけないわけで……マリンならともかく、私には至難の業だ。でも頑張らないと。
う~ん。なんだったっけなぁ。
「『譲渡不可』という文字はありました」
『『譲渡不可』……つまりは他人には譲ることができないということですか?』
「たぶんそうです。でも……これも譲渡不可のアイテムなのですが、インベントリに収納できなくなるなんてことは今まで1度もありませんでした」
私は自分の相棒をインベントリから取り出してみせる。
『これは……フライパンですか? 随分大きいですね。触ってみても?』
「はい、どうぞ」
私はスタンフォードさんに相棒を手渡す。相棒の予想外の重さに驚いている様子であったが、持てないということはなかった。そりゃそうだ。店の規模を考えてみれば、これよりもっと重い素材を取り扱っていてもなんら不思議じゃないわけだし。仮にも防具屋の店長がそれらを持てないということもないのだろう。
『少々離れてみても?』
「大丈夫です」
スタンフォードさんは相棒を持って廊下まで出た。十数メートル離れたところで相棒が光と共に消失する。
インベントリを見れば、相棒が格納されていることを確認できたので、私は再度それを取り出した。
そう、これが本来の『譲渡不可』の効果なのだ。
人に手渡すこともできるし、ある程度なら手元から離すこともできる。
だが、この指輪に関しては、外すことすらできない。本当に謎だった。
『これが『譲渡不可』の効果ですか……理解しました。しかし便利ですねぇ。これを故意的につけられれば……』
スタンフォードさんはブツブツとまた顎に手を当てながら何かを考えている様子。その格好、本当にクセなんだなぁ。
『あ、失礼しました。これが本題ではありませんでしたね。話を戻しますと、この『譲渡不可』がその指輪にも付与されているということなんですよね?』
「そうです」
『なるほど……厄介と言えば厄介てすね……ちなみに、他には何か書いてありましたか?』
「えっと……たしか『至鉱』がどうとかってあったような? あ、『至鉱』の『し』は、至るの『し』で、『至鉱』の『こう』は鉱石の『こう』です」
『……え? し、『至鉱』……ですか?』
「はい、『至鉱』です……けど……」
スタンフォードさんの顔がみるみる変わっていくのがわかった。それほどの変化。
何々急にどうしたの?
『ま、まさか【至鉱インソムニア】ではありませんでしたか!?』
「あ、たしかそんなことが書いてあったよう……ひぃっ!」
スタンフォードさんはいきなり目の前まで来るや否や、私を肩を強く掴んできた。
『本当に『至鉱』と、そう書いてあったのですね!?』
「スタンフォードさんっ! 離してください! 痛いですっ!」
『はっ! すみません! 私としたことが!』
我に返ったスタンフォードさんは私に何度も謝罪をしてくれる。
きっと、いい人なんだろうな。
でも、そんないい人が我を忘れるほどの衝撃を受ける【至鉱インソムニア】って一体なんだっていうの。
正直怖いよ。




