幕間⑩-2 王妃、魔王と対峙する その2
神鋼の壁をも融かし貫くであろう火炎の剣。
だがそれは魔王を串刺しにすることなくかき消える。
魔物の突き出した左の手のひらの前で。
勇者の驚愕の表情を露わにする。予想だにしていなかったに違いない。
私にも、思い当たる伝承はない。
「どうやら知らぬようだな。余にこの手を使わせた褒美に教えてやろう。
これは『偽りの御手』という。その力は見ての通りだ」
まさか、こんな防御手段を持っていたなんて。
けど、私は勇者にアイコンタクトを送る。
それを彼は察してくれたようだ。今度は別の構えを見せる。
「ふふふ、もしかして、別の技なら通じると思ったか?
ならば試してみるがいい。存外、うまくいくかもしれない」
そんな魔王の言葉に動じることなく、彼は構えから剣を何度も振る。
するとその軌跡をなぞるように三日月状の黒い何かが空間に現れた。
それがまるでブーメランのように回転しながら魔王めがけて飛んでいく。
「なるほど。その動きなら防がれにくいと考えたか?
だが……ん?」
魔王は先ほどと同じく左手の平をこちらに向けて突き出す。
けど、さきほどのように技がかき消えることはなかった。
私が彼の左手を覆うように結界を張ったからである。
いかなる効果も、その囲いの内外を行き来することはできない。
勇者の放った黒い剣筋のブーメランは、魔王に見事命中。
神鋼の剣でも切れなかった相手の身体に、筋のような無数の傷が走る。
けど、それは魔王の身体を切断するまでにはいたらず。
単に身体の表面を傷つけただけにとどまった。
そこに勇者が追い打ちをかける。
彼はその身体にできた傷を正確に狙い、刃を突き入れた。
その刃先には魔王の心臓がある。
けど、刃先が身体の骨にまで達しようと食い込んだ矢先。
ガキンと、まるで金属に剣を突き立てたかのような金属音が鳴り響く。
そこで刃先が止まってしまった。
そして魔王は勇者の腹を蹴り、その身体を後ろのほうに吹っ飛ばした。
刺さった剣の刃先は折れ、魔王の胸筋に食い込んだまま。
致命の一撃にはならなかった。
けど、ノーダメージとはいかなかったようだ。
魔王ヴェールはよろめく。
その表情はニヤリとしながらも、苦悶の色を露わにしている。
「フフフ、私に手傷を負わせるとは。
見事である」
魔王は、まるで人ごとであるかのように、悠長に私たちを賞賛する。
「このまま、ここで雌雄を決するのもアリか……。いや、惜しいな。
余の力も完全に戻ってはおらん。ここはいったん引かせてもらおう」
「逃がすものか!」
勇者が叫ぶ。その通りだ。
倒しきれないとしても、後々のためにここでダメージをあたえておきたい。
ギィ……。
その時、何者かがこの部屋の扉をゆっくりと開いた。
「かあさま、おむねがドキドキして、ねむれないのです……」
なんてこと!
入ってきたのは娘だった。
安全なところに避難させてから来たのではなかったのか!
思わず非難がましく勇者のほうをにらんでしまう。
彼がヒドくうろたえた表情でこちらを見ている。
この隙を、魔王は見逃さなかった。
敵は渾身の一撃を娘に向けて放つ。
魔法ではない。ただ魔王が手を振っただけで生じた空気の裂け目。
それでも、もし娘に当たれば死は免れないだろう。
だが、防御魔法も間に合わない。
私はとっさに魔王と娘の間に立ち、その攻撃を我が身で受けようとした。
けど間に合わない。
勇者が先ほどの黒い斬撃を飛ばし、魔王の攻撃がわずかにそれた。
それでも、その無慈悲な一撃は娘を貫き、さらに娘を壁に叩きつけた。
「次訪れるのは10年後くらいになろうか。
今日のこと、ゆめゆめ忘れぬことだ」
魔王が何か言っているが、頭に入ってこない。
今は娘、娘が……。
勇者は彼女を抱きかかえる。
「王妃様! 殿下に一刻も早く治療を!」
その言葉で我に返った。
そうだ、私がしっかりしないと、助けられるものも助けられなくなる!
とりあえず、自分が使える一番効果の高い回復魔法を発動。
だが、娘の出血が止まない。
さらに高度な回復呪文を使える者はしばらくここへは来れないだろう。
仮に間に合ったとしても、今の瀕死の娘を助けられないような気がする。
何か、手は、手はないのだろうか。
一つだけ、思いついた。
けど、成功するかどうか分からない。
でも、このままでは娘が――
「王妃様! リタが! リタ殿下が!!」
「分かっています、今から彼女に力を分け与えます」
勇者が一瞬呆ける。
けど、何をするのか思い当たったのか、ハッとした表情をする。
「まさか、『継承の儀式』を行うのですか!」
本来、私が死ぬことで受け継がれるはずの魂。
それを、生きている間に行うことのできる儀式があった。
そして私の魂が受け継がれた段階で、彼女の自己治癒力は劇的に高まる。
今、娘の命を救うにはその奇蹟に賭けるしかない。
けど、一つ問題があった。
「でも、今の殿下では王妃さまが持っている魂を受けきれない!
それじゃあ、治癒する前に彼女の身体がもたないかも……」
その問題を勇者は口にした。
儀式は本来成人したものに対して行われる。
子供では、その力を受け取るには容量が足りないのだ。
それにしても年端もいかないはずなのに、この勇者はなんて賢いのだろう。
これなら、任せられる。
「しかし、今はこれしか手がありません」
「……サポートします」
彼も覚悟を決めたようだ。
私は略式で継承のための呪法を唱える。
本来は数人で行う呪法。人数が足りないその加重が一気に私にのしかかる。
でも耐えきるしかない。
そのあと、勇者のサポートもあり儀式はスムーズに進んだ。
おそらく私の力の8割は余裕で受け渡せる。
残り2割も慎重に行えばなんとかなるだろう。
そう思っていたのに、半分で娘のほうに容量オーバーの兆しが見え始めた。
「ケガでリタの体力が落ちているから……」
勇者の言葉にハッとするが今更どうにもできない。
絶望を私の心が覆い始めた時に、少年勇者が指輪を差しだした。
「今から、王妃様の残りの魂をこちらに封印します。
完全な継承ではなくなりますが、治癒力活性化の恩恵は受けられるはず。
どうしますか?」
「すぐにやってちょうだい」
私の返事を受けて、彼が指輪を渡してきた。
呪法の書き込まれていない神鋼の指輪。
これに今から、自分の魂の半分がこめられる。
指輪をはめるのを確認して、勇者が呪文を唱え始める。
同時に私は娘への魂の流入量を最小限に抑えた。
私の力が指輪に漏れ出すのを感じる。
まるで2人で手を繋ぎながら綱渡りをしているような無茶。
けど、これだけの魔力コントロールなんて、私にはマネできない。
さすが勇者だ。
朝日が部屋に注ぎ込みはじめた頃、儀式は終わった。
意識を失ったあの娘が目を覚ました。
良かった……。これで、この子の命は救われた。もう大丈夫。
でもそれは、娘への継承が終わったことでもある。
「おはようございます、かあさま」
ショックで忘れているのか、それとも寝ぼけているのか。
まるで何ごともなかったかのように朝の挨拶をする娘。
かろうじてうなずくのが精一杯だった。
私は、私の意識は、魂のないこの身体から、もうすぐ完全に消えてしまう。
残った身体は、この後も寿命まで生きていくのだろう。
けど、そこに私の意思はない。
ただ、今まで行ったことを反射的に繰り返す、ただの人形。
最後にやりたいことがあった。
私は残った力を振り絞り、私の魂のこもった指輪を外す。
私がやらなくても、あとで誰かが娘に指輪を渡すのだろう。
でも、だからこそ、私の手で、この子に渡してあげたかった。
私が最後に、娘に贈れるものだから。
薄れゆく意識のなか、娘の右手をとり、指輪を、私の魂を、中指にはめる。
これで、すべて終わった。
娘は少しきょとんとしていたが、その指輪を見てニッコリ笑う。
「ありがとうございます! だいじにします! かあさま!」
子供の指には大きい指輪。
ぶかぶかな指輪のはまった指を見せようとする娘の姿は微笑ましい。
けど、笑顔が作れない。
ごめんね。
その指輪が似合う年まで、貴方のことを見守っていたかったのに。
不意に、娘の表情が曇る。
「かあさま、泣いているの?」
心配そうに、私の身体を揺する。
しまいには泣き出してしまった。
そんな彼女に。
私は返事をするどころか慰めることも、微笑むこともできない。
この子の笑顔を見ながら逝きたかった。
貴方に、私が背負うはずだった、すべてを背負わせてしまう。
きっとこれはその報いなのだろう。
ごめんね。
こんなお母さんで……。
でも、私の魂がこれからずっと貴方を守るから……。
ずっと側にいるから……。
泣かないで……。
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