ラストピース
以後の更新スケジュールの予定となります(例のごとくまだ書き上がってはいないので、念のため「予定」としております……)。
また、いずれも普段より2時間ほど早い19:00(午後7時)頃の更新予定となっております。
次話 5/5(火)19:00頃
最終話 5/6(水)19:00頃
◇【高雄聖】◇
三森灯河の実の両親が発見された。
しかも実質、蜜流の捜索とは関係なしに。
短く一時的だったが、それは事件としても報道された。
三森灯河の実の母親――三森日和麗は刺殺。
実の父親――三森台介も刺され、意識不明の重体。
今この国では、刃傷沙汰など日常茶飯事である。
毎日と錯覚しそうになるほどには日常的な事件。
それゆえか世間の扱いも小さく、報道期間もごく短かった。
犯人は捕まっている。
刺した理由は金銭トラブルと供述しているようだ。
この思わぬタイミングでの事件により、灯河の実の両親は”発見”された。
が、そこへ至る経緯までは明らかにされていない。
蒸発後――失踪後、彼らは何をしていたのか?
どこにいたのか?
なぜ、失踪したのか?
青志摩蜜流はそれらをすでに調べ上げていた。
さすがは青志摩随一の”探偵”である。
報道後、蜜流から高雄聖のところへ連絡が入った。
『この二人、なかなかの夫婦だったみたいですー』
当時、姿を消した理由。
これも金銭に起因するトラブルだったという。
よからぬ輩と関係し、夫妻はひょんなことから大金を得た。
そして本来、その金は輩たちに返すべきものであった。
が、夫妻はそれを持ち逃げしたのである。
ただしこの件については、被害届などは提出されていない。
要するに、表には出せない金だったのだ。
『面白いのは、どうも夫妻はそのお金を意図して手に入れたわけではないっぽいところですね~。偶然、手に入っちゃったみたいなんですー。ほら、昔あったでしょ~? 自治体だかが間違って大金を市民の口座に入金しちゃった、みたいな話~。あれに近い感じですかねー。それで夫妻は、そのお金を持ち逃げしちゃったわけですね~』
表に出せない大金。
まずまともな生活では運用――使用はできない。
税務署の目を逃れるのは難しい。
資金洗浄の知識もツテもなかっただろう。
だが、
”この金があれば、夢に見た豪遊生活ができるかもしれない”
つまりこのまま蒸発すれば夢が叶う――そういう選択を、したわけか。
灯河の実の親は虐待を隠蔽できるくらいには知恵が回る。
決して、ただの馬鹿ではない。
保身や自分たちの得になることなら、それなりに頭が回る印象だ。
ただ――
(欲望に負けたとしても、リスクが大きすぎる……)
「当時まだ幼かった息子を置いていったのは、なぜだと思います?」
『目立つと思ったんじゃないですかねー? 子連れって周りに安心感を与えたり同情心を誘ったりできる一方で、印象に残りやすいですからー。あと、雲隠れすれば台介氏の弟……三森惣介氏の方に、あわよくば息子ごと輩の”回収”を押しつけられるかもとか、そんな考えもあったんじゃないですかねー?』
「そこが違和感なんです。私なりに調べたところ、三森灯河の叔父夫婦にそのような輩が関わった形跡は確認できなかった。三森灯河本人からも、そんな話は聞いたことがないんです」
『理由は簡単です~。輩の側が関わること自体をやめたからですー』
「……どういうことですか? 惣介さんたちは確かにしっかりした人たちですけど……正直、裏の世界にそこまで耐性がある人物たちには見えませんでした」
『小生の調べですと、惣介氏には強力な守護神がついているんですねー』
「守護神?」
『司法関係に強い人物が惣介氏と深い交友関係にあるのですー。中学時代からの友人みたいですねー。あと、凉那氏にも警察関係に親しい者がいますー。本人たちに自覚はないかもですが、強力な味方ですー。特に惣介氏の友人の方は、すごい人なのです~』
名前を聞くと、それは聖でもピンとくる人物だった。
『世間的には有名じゃないですけどね~。しかし法的にやり合うことになったら、青志摩としてもできるだけ相手にはしたくない人物ですー』
「個人的な興味ですけど……彼は旧友というだけで、惣介氏にそこまで?」
『詳細はわかりませんでしたが、どうも恩義があるみたいですー。普段は高額な報酬を取るのに、惣介氏からだけは金銭的報酬を一切得ていませんー。どうやら間接的に助けていたみたいですね~。そのせいで、この辺の関係を洗うのが大変でしたー。というか惣介氏と凉那氏は、ざっくり言えば他にも味方が多いのですー。人徳ってやつですかね~?』
「…………」
頷ける話ではあった。
なんとなくあの二人には、手助けしたくなる不思議な魅力がある。
『話を戻しますねー。つまり惣介氏たちは、輩が手を出すと逆に厄介この上ない相手なのですー。輩たちは最初、台介氏らの手がかりを得られるかもと、彼らの息子を引き取った惣介氏の周辺を探ったんでしょうー。しかしその結果、これはもう惣介氏には触れず、やはり台介氏を追うしかないと判断したのでしょうね~』
これも、納得がいった。
聞けば灯河の実の親はクズ極まりない。
正直、実の父親があの叔父と同じ遺伝子を持つのは信じがたい。
そして、その実の父親が惣介にたかるのも十分考えうる。
なのに縁を切ったあとも、叔父夫婦との接触はないに等しい様子だった。
要するに――
叔父夫婦の周辺の人物らが、防波堤として優秀すぎたのだ。
『ちなみに台介氏と惣介氏の両親は、二人が幼い頃に別居状態になっていますー』
「別居だけですか? 離婚は、していない?」
『ですねー。しかし実質的には離婚状態で、関係が断絶しているのと変わりません~。離婚しなかった理由はわかりませんけど……世の中、あらゆる一切に合理的理由が存在するわけではありませんからねー。とにかく台介氏と惣介氏は、一緒に育ったとは言いがたいのですー』
灯河の父と叔父は、育った環境が違った。
であれば遺伝子ではなく――決定づけたのは、環境か。
『それで……台介氏と日和麗氏の、失踪後の足取りなのですが~――』
蜜流の説明によれば夫妻は失踪後、西へ移動している。
ただし状況的に賃貸暮らしは難しい。
さらに、血縁関係を頼れば足がつきかねない。
足のつかない方法を探っていたようだ。
一方、金ならたっぷりある。
そのため、しばらくはホテル暮らしだったという。
しかしホテル暮らしも、万全とは言い難い。
「そこから足はつかなかったんですか? まさか、ラブホテル暮らしというわけでもないでしょう」
『そこはなかなか頭が回ってますー』
夫妻は、血縁関係にない古い知人にホテルを借りてもらっていた。
ウィークリーやマンスリー契約で。
借りる名目は”仕事の滞在用”。
協力した知人も”お礼”につられ、言うことを聞いたようだ。
『あとですね、この夫婦は人の懐に入って手なずけるのがなかなか上手いのですー。まあ外見はいいですし、自信満々でぐいぐい押す態度も、相手さえ選べば取り込みやすい要素なのですよー』
息子の灯河の虐待も、近所からの通報まではいっていない。
彼の実の親はギリギリのところで、いつも通報を回避していた。
『けっこう口も上手いんですー。話術というか、演技もなかなかだったみたいですよー。外面を取り繕うのが巧みなせいか、割合的に悪い印象を持ってる人も意外と少ないのですねー』
だが、そのような生活が何年も続くはずはない。
豪遊したいなら当然、金遣いは荒くなる。
棚ぼたで得た金が心許なくなる頃、夫妻はさらに西へ移動している。
『薄い関係の知人のところを転々としたあとは、それまで縁もゆかりもなかった他人の家に上がり込んで居候をしています~。そして居候先が役に立たなくなってくると、その居候先の知人のところへ行ったり、新しい居候先を探していますねー』
まるで――寄生虫である。
『まず難癖をつけて軽いトラブルを起こし、相手が取り込みやすい人間かどうか見極めてから、居候先を決めてたみたいですねー』
口先の上手さ。
巧みな演技。
緩急を効果的に加えた強気な態度。
容姿のよさ。
これらを駆使し、相手を洗脳状態に落としていたのだろうか?
そして寄生の旨味がなくなったと感じたら――離脱。
大ごとに、なる前に。
『面白いのはですね、立つ鳥跡を濁さずというか……寄生されてた側も訴えたり被害届を出したりする気が、あまりなかったみたいなのですねー。日常的に暴力を受けていたりとか、中には後遺症が残った人もいたのにですよ~? 報復が怖いのもあったかもですけど……うーん、ちょっと違う感じなんですよねー。おそらく、アフターケアがしっかりしてたのでしょうー』
(それはいわゆる、DVを伴う支配関係に近い気もするけれど……)
「夫妻を追っていた反社会性人物たちの方は結局、夫妻を見つけられなかったんですか?」
『あ、そっちは別件で壊滅してるんですよー。なので途中から夫妻は、もう存在しない相手から逃げていたことになりますね~』
「壊滅?」
『台介氏らとは関係ないところでなんかトラブル起こして、壊滅しちゃったみたいですー。中心メンバーもいまだ行方知れずですねー。綺麗に抜かれたひと揃いの歯と、干からびた睾丸だけが見つかってます~。あ、実はこれ、別件でも似た事例が確認されてまして~。それしか見つかってない失踪者が一定地域で数件、確認されてるんですねー。あ……女性失踪者の方で何が見つかったかは、同性の聖ちゃんにはエグいかもなので秘密ですー』
ひと揃いの歯と、干からびた睾丸。
この二つから浮かび上がる一つの可能性……。
それは――この要素だけでは死亡と断定できない点だ。
まだ生かされている可能性が、ある。
ゆえに想像力のあるものには――さらなる恐怖を、与える。
「蜜流さん……声の響きからして興味があるみたいですけど、深入りはしない方がいいかと」
『絶対にしません~。壊滅させた側に目処はついてますけど、深追いはしたくないですねー。さすがにここを掘っていくのは、小生も怖いのですー』
「…………」
さて――
では、三森灯河の実の親はなぜ刺されたのか?
彼らの、最後の断片。
聖がそれを尋ねると、蜜流は説明を始めた。
『逆上系のトラブルですねー。最近だともう、寄生方法も何かと雑になってきてたみたいですー。ご近所でも夫妻は評判が悪かったみたいで、度々小さなトラブルを起こしてたみたいですね~。夫婦生活自体も年を重ねるごとに荒れていっていますー。そこに第三者との金銭トラブルが絡んだみたいで、最終的にトラブル相手が逆上して夫妻を刺しにいったわけですー。こう、グサーッと! 滅多刺しですね~』
興味深いのは、刺されたあとである。
近所の住民たちは口を揃えたように、
”気づきませんでした”
そう供述しているらしい。
一応、別の目撃証言も出てきてはいる。
妻の日和麗は血まみれで助けを求めていた――と。
しかし皆、気づかぬふりをしていたのか。
この点、証言に食い違いがある。
そして日和麗は、そのまま失血死している。
「あのまま死んでくれた方がいい――二人は近所の人間から、そう思われていた?」
『可能性はありますねー。ちなみに直近の寄生先の人物は、二週間くらい前から行方知れずになっていますー』
「……闇が深そうですね」
『ねー』
「父親の方は、まだ生きているんですよね?」
『ですですー。あ、今いるのは――』
出された病院名で、ピンとくる。
「……朱川系列の病院ですね」
青志摩と繋がりの深い家が経営に携わっている病院だ。
『なので、我々の手の内にあると言ってもいいかもしれませんー。生殺与奪の権利を握っていると言えるかもですね~。すごい偶然ですー』
ちなみに台介と日和麗は、東へ戻ってきていた。
西から――再び東へ。
移動自体は一昨年から始めていたようだ。
(もしかしたら――)
最後の縋る先として、弟夫婦のところを考慮に入れ始めていたのか。
「…………蜜流さん」
『なんですかー』
「今回の刺傷事件……あなたが何かしたわけじゃ、ないですよね?」
『あははは、面白い推理ですー。聖ちゃん、将来はミステリ作家さんになれますね~』
「…………」
まあいい。
「私としては今後、惣介さんたちに累が及ぶような事態にさえならなければいいです。それ以上のことはもう興味がないし、知ったことではありません」
『了解ですー。まあ、容態が急変してそのまま死んじゃうこともありますからねー。そうならないといいですー。命は大事ですー』
事が事だ。
さすがに今回、惣介のところにも連絡はいくだろう。
そしてあの叔父夫婦もいくつかのことを知るはずだ。
けれど――こちらが動かずとも、特に問題はない気がする。
むしろ彼らの”守護神”の存在を考えると、藪蛇になりかねない。
「下手に動かない方がいい時もあると思います。蜜流さんなら問題ないと思いますけど……念のため、見極めは慎重にお願いします」
『はてー? なんの話ですー?』
「よろしくお願いしますね」
とぼけた返答がきたが――伝わってはいる。
聖はそこで、声の調子を切り替えた。
「あと――さすがですね、蜜流さん。どうしたらそこまでの情報をこの期間で集められるのか、私には皆目見当もつきません。ですから、ご協力には心から感謝しています。それでは」
『ままま、待って~聖ちゃん~! 大事なこと忘れてます~!』
「なんでしょう?」
『デートの約束~!』
ふっ、と聖は微笑む。
「プランは、こちらで決めた方が?」
『えぇ!? 聖ちゃんのデートプラン~!? 楽しみです~! 内容なんてどうでもいい~! 聖ちゃんが作ってくれたプランっていうのが何より、貴重~!』
「内容はどうでもいいんですか? それはそれで、いささか私に対して失礼では?」
『はうぅっ!? ごめんなさい~! 許して~! 嫌いにならないで~』
「冗談ですよ」
『聖ちゃんがそんな冗談~? でもよかった~……ところで聖ちゃん……最近さらに美人さんになったんじゃないですか~? 髪をおろしたのも、また印象変わってすごく好き~。前の髪型も好きだけどー』
「早速どこで入手したんですか……私の髪型の最新情報なんて。というより、美人と言えば蜜流さんこそでしょう」
『でも足で情報を集める時は、たま~に役立つ一方で美人はなかなか大変なんですよー。目立つのでマイナスメイクで美しさを隠さないといけないです~。小生はこの国で――いや、全銀河で二番目に美人だから特に大変なのです~』
「そんな話、今日初めて聞きましたけど。ちなみに、一番は?」
『あれ、そういうネタに興味を示すのも珍しいですー。そんなの、一番は聖ちゃんに決まってます~』
「――それはどうですかね。少なくとも、私ではないと思いますけど」
『え~? じゃあ一番は、綾香ちゃんー?』
やれやれ、と思った。
十河綾香の情報まで入手しているのか。
まあ、下手に深掘りすれば十河グループを相手取ることになる。
賢い蜜流ならその辺りは弁えているだろう。
ただ――全銀河で一番の美人については、不正解。
蜜流は血筋もあるのか、確かにかなりの美人ではある。
けれど自分は、全次元で一番かもしれない美人に出会ったことがある。
あの世界の――ハイエルフの、姫騎士に。
聖は微笑んだ。
「誰かは、秘密です」
▽
夕方、聖は自室で調べ物をしていた。
スマートフォンを操作する聖。
そんな姉をしばらく眺めていた樹が、声をかける。
「なんか姉貴にしては苦戦してそうだけど……なに調べてるのか、聞いてもいい?」
「デートの候補地」
「……えっ!? あ、姉貴っ――ついに――ッ」
視線だけを樹の方へ滑らせ、
「蜜流さんと約束したアレよ」
「――あ……あー、そっかぁ。例のやつかぁ~……なぁんだ、びっくりした……」
ベッドに座る樹が息を吐き、両足をぷらぷらさせ始める。
「あれ? てことは、あっちの調査の方はケリがついたのか?」
「大方はね。今度あなたにも、詳細を教えるわ」
聖はそう言って、ディスプレイに視線を戻す。
そして、
「ねぇ、樹」
「なに?」
操作を続けたまま、尋ねる。
「今度二人で、デートでも行く?」
樹は――しばらく固まっていた。
しかしすぐにベッドから離れて聖へ駆け寄ると、
「――い、行く行く! 行きますっ!」
姉の両肩を、後ろからがっしり掴んだ。
まるで、放たれた提案を逃すまいとでもするみたいに。
「ていうか……姉貴の方からそんなこと言うなんて、珍しすぎるけど――な、なんかあったのか!? お悩み相談なら、一晩中でも聞くぜ!?」
聖は薄く微笑し、
「悩んでいると言えば、そうなんでしょうけれど」
「ど、どういうこと……?」
「蜜流さんとのデートに着ていく服なんかを、樹に選んでもらえたらと思って」
「恋人のデート用の服を選ぶって……それ、ほんとにデートじゃん!」
「いえ、あなたとのじゃなくて蜜流さんとのデート用だし……私たちは恋人じゃなくて、姉妹でしょ……」
「あ――そうだった……てへ……ごめん、つい興奮して前後不覚に……」
「おすすめの美容院なんかも教えてもらえるとありがたいわ。そういうの、あなたの方が詳しいでしょ?」
「へへ……姉貴に頼りにされると、すっげぇ照れちゃうなぁ~」
「頼りにしてるわよ」
敬礼する樹。
「はい、おねえさま! お任せあれっ!」
と、玄関のドアが開く音がした。
ただいまー、と母親の声が続く。
「あ――ママ、帰ってきたみたい! おかえり~っ」
トタトタと、樹が嬉しそうに部屋を出て行く。
「…………」
スマートフォンを机に置いて頬杖をつき、妹の背中を見送る。
そして……先ほどとは違う自然と湧き出た微笑みを浮かべ、ぽつりと言う。
「”仲良きことは美しき哉”」




