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「――この上には、もう王城があります」

 

そっと囁かれた大神官さまの言葉に、皆は決意を込めて頷いた。

ここまで――小さな罠が幾つかありはしたものの、誰一人怪我をすることも、惑わされる事もなくくる事ができたのは、ガルドの力が大きかったと言える。

大神官さまやテオ神官さまの力だけではどうにもならなかったそれを、全て引き受けてくれたガルドは、術を使ったというのに、まるで疲れを感じさせていない。

もちろん、それには彼なりの作戦――いや、そんな恰好良いものではない…単に、食い物を持ってきてるだけなんだから。

そう、彼はここに来ても食べ物に執着しているのだ。

と言っても、それには訳があった。

実のところ、今までもかなりの術を時として使っていたらしく、その力を補うために食事をしていたのだというのだ。

まあ、その辺は本当かどうか信じられる話ではないけれど……そうだということにしておいた。

 

「では――そろそろ上に行く扉があるんですか?」

「はい」

 

僕の問い掛けに答えたのは、テオ神官。

小さな声で返事をし、そしてその視線を前方斜め右に向ける。

そこか――と、皆が視線を向け、そして大きく頷いた。

 

「そこから出たところの先が――後宮の庭先になります――ガルド――貴方の力に気付けば、必ず例の占術師が出てくるはず――その先は、計画通りに」

「判ってる――任せておけって……けど――俺が術を使ってる時には、アンジーのことを守れないから、誰かが傍に居てくれよ?」

 

ガルドが茶化すように言うと、近くに居たブレアンが苦笑しながら頷いてくれた。

もちろん、他の人も同じように笑いながら頷く――それを見た僕は、嗚呼、本当に今僕達は一つになってるなと感じていた。

 

「アロウは――悪いが後ろの方に居てくれ――大神官、アロウはあんた達に任せるからな」

「はい――お任せを……」

「大丈夫ですよ……彼も自分の身は自分で守れる筈――」

「そうじゃねぇよ――その…占術師の力が及ばねぇようにってことさ」

「ああ――それなら、ご安心を――絶対に手出しはさせませんよ」

 

その言葉に安心したのか、ガルドが小さく頷き、そして自分の手に視線を向けた。

そして――。

 

「アンジー…絶対に俺の近くへ来るなよ?もしもの時、俺は守れねぇからな?」

 

判ってる――という意味を込めて、こくりと頷けばガルドがニィッと笑い、意を決したように皆に言う。

 

「んじゃ、行くぜ!」

 

それに反応した皆が、小さく歓声を上げた。

 

 

 

扉を抜けると、そこには花が咲き誇る庭へと導かれる。その花の甘い香りは、どれもキツク感じられ、胸が悪くなりそうだった。まるで――毒のある花のようにすら感じられたそれらは、どの色も妖艶な色をしている。

 

「趣味、悪ぃなぁ……何だよ、これ」

 

ガルドが唸りながら呟けば、僕らも同意するよう頷いた。

だってね、本当に最低なんだ…確かに、見ようによっては綺麗だと賞賛されてもおかしくないだろう花々は、それでもこの庭には相応しい咲き方をしていない。と言うか、センスの無い色使いをした絵を見せ付けられているような、そんな感じだったのだ。

そして、そんな庭の先、前方に見えるのが後宮なのだろう――今は騒がしく、人の出入りが多いことを知らせている。

後宮から繋がる王城もまた、慌しい音が鳴り響き、誰も僕達のことになど気付いている様子はない。

けれど、それには理由もある――大神官さまの力だ。

彼が一緒に居る事で、どうにか余計な気配を消す事が出来ているという。姿を消す事はできないまでも、気配を消す事が出来るという術は、こういう時に役立つのだと笑っていた大神官さまは、けれど普段は決してすることのない術なのだと教えてくれた。

 

「んじゃ――早速、かますかね――お前ら、そこから動くなよ?」

 

そう言ったガルドは、僕達から数歩先に歩み進むと手を前に翳し、そして何やら術を放ったらしい。

何をしたのか、はっきりとは判らないそれは、彼曰く妖魔の力であるというだけの、ちょっとした悪戯なのだそうだ。

けれど、それは間違えなく妖魔だけにしか使えない力で――その占術師を呼び出すには充分だったようだった。

ユラリ、と後宮の方から何かが出てくるのが見えた。それは、ゆっくりと、まるで何かを確かめるかのように近づいてくる。

そして、ガルドに気付いたのだろうか――それが一気にこちらへ駆けてくる――ううん、違う。飛んできたんだ。

 

「危ないっ!」

 

誰が叫んだのかは判らないけれど、そう聞えた瞬間にはガルドの目の前でそれが弾け飛んだように思えた。

 

「大丈夫だ――今のは、間違えなく精霊の力……だな」

 

ガルドは手を前に翳し、どうやら術で防御したらしい。

けれど――今のは一体……そう疑問に思った時には、また同じ物がガルドだけでなく、こちらへ目掛け飛んできた。

それをガルドは簡単に排除し、応戦する。

その間、僕達は何もすることが出来なかった。ううん、する術が無かったのだ――だって、僕らにはそんな力は無い。

大神官さまやテオ神官さまにも、その手の術は使えないと言っていた。

だから……全てはガルドに掛かっているわけで――だけど、彼には攻撃をする術は使えないと聞いている。

 

「来るぞ――出てくる」

 

ガルドの静かな声が僕達に届く頃、後宮の方から歩いてくる人が居た。

柔らかそうなドレスを身に纏い、手足を隠し、頭からはベールを被り顔すらも見えない。

全身が布で覆われていて――その姿を隠している状態だ。

 

「アイツ――半精霊だ――」

 

とガルドが言うと同時に、その人が手を翳してこちらへ向け術を放ったらしい。

風が――ガルドの纏っていたフードを剥ぎ取った。

 

「お前――半妖か――」

 

相手の声が聞え――それが、あまりにも透き通った綺麗な声だった所為か、僕らは皆、唖然としていたと思う。

人間の声とは思えないくらい綺麗な声――けれど、間違えなく人の声。まるで、鈴を鳴らしたような声とは、この事を言うのか?とすら思えるそれは、けれどとても冷たくその場に響いた。

 

「そうだけど?」

 

ガルドは煽るように言いながらも、神経を張り詰めたのが判った。

段々と近づいてくるその人は、そんなガルドの態度にビクリとすらしてないらしい。

顔が見えないから、どういう表情なのか判らないけれど、決して慌てている様子も驚いている様子もない。

冷静そのもの――といった感じだ。

そうして唐突に始まる戦闘――と言っても、僕らには何が起きているのかすら判らない。

だって、音しかしないのだ。

何か、火花が散るとか、雷が落ちてくるとか――昔、僕の世界であったゲームとかで見た事のある、あんな風景なんか、どこにもない。

術――それは、あくまでも術で――決して魔法じゃない。

そう、妖魔のセイが言っていた事が改めて思い出される。

ガルドと目の前の半精霊との攻防戦は、決して目に見えるものではなかったけれど、それでもガルドの周りでは間違えなく何かが起こっているのだと、その目で確かめる事が出来た。

彼の着ている服が、髪が、風も無いのに風圧で巻き上がる。

それを誰もが目の当たりにして、声を出す事も出来ない――それどころか、呼吸すら忘れているかも知れない。

けれど、何時までもそうは言ってられなかった。

彼らの攻防戦は、どう見てもガルドが不利なのだ。

攻撃は最大の防御――そんな言葉が頭に浮かぶくらい、相手の攻撃は強くて、ガルドに小さな傷をいくつも作っているのが、僕の見ている場所からでも判る。

いくら、ガルドに動くなと言われていたとしても、僕にはそんな事は出来なかった。

気付けば剣を抜き、ガルドの居る方へを走り出そうとしていた。

けれど――。

 

「来るな!」

 

必死に抵抗しているガルドが、僕の行動に気付いたのだろう、叫んで止める。

僕の周りに居た人達もまた、ビクリと止まった。ということは、彼らもまたガルドに力を貸そうとしていたのだ。

ほんの少し歩けば、先頭に居る人達だったら直ぐに辿り着けるだろう場所で、ガルドは必死に戦っているというのに、僕らは一切の手出しが出来ないでいた。というより、ガルドの制止する声で手出しをさせてもらう事すら許してもらえなかったんだ。

 

「来たら、駄目……だ」

 

術を使いながらも、僕達へ向けて叫ぶガルド。

だけど、その姿は見る見る間にボロボロとなっていく。そんな姿を見て、誰が止まる事など出来るだろうか――。

僕の後ろに居たはずのブレアンとハルが、僕が動くよりも先にガルドの傍まで走っていく。と、同時に他の仲間達もまた、占術師の方へと向かって走り出した。

それなのに――僕だけが動く事が出来ない。

何故なら――僕の体は、大神官さまとテオ神官さま、そして顔をきつく歪めているアロウにしっかりと捕まっていたから。

 

「は、離して!ガルドがっ」

「駄目だ!」

「行かせられませんよ、アンジー…私達はガルドとの約束があります」

 

アロウの低く掠れた叫び声と、大神官さまの強くしっかりした声が重なり、僕の耳に入り込む。

 

「ガルドっ!」

 

僕の叫ぶ声と同時に、仲間が弾け飛ぶ。けれど、彼らは決してそのままでは居なかった。

占術師へと、尚も近寄ろうとしていたのだ。それなのに――彼のもとへと近づける者は一人も居らず、それどころか、皆もまた傷付き始めているのに気付いた。

ブレアンも、ハルも――既に服が小さな傷を作り、その部分に血の染みまで作っている。

止めて―――僕を行かせて!

そう叫んでいたと思う。

ガルドの体も、必死に立っているというだけで、術を使っているのかどうかも判らない。

小さな傷が段々と増え、その上からまた傷を作り――徐々に大きな血の染みが出来上がっていくガルドの姿は、見ているだけで胸を締め付ける。

何度となく、ガルドの名を叫び、僕は必死で三人の手から逃れようとしていた。

それが出来ないと判っていても、そうせずには居られなくて――。

 

―――もう、止めて!お願いだからっ。

誰か――誰でもいいから、ガルドと僕の仲間を助けてっ!

 

そう叫んだ瞬間だった。

僕の頭に浮かんだある人の名前――。

セイ……そうだ――彼なら――。

そう思った時には、既に行動をしていた。

マントの裏に縫いこんでいたポケットから取り出したのは、彼に『何かあった時、使いなさい』と言ってくれた小さな石。

僕は、それを取り出すと大神官さまの捕らえていた手を薙ぎ払い、その石を地面へと叩きつけていた。

石は、僕が思っているよりも簡単に砕け散り、辺り一面に目を覆いたくなるくらいの眩しい光が乱射される。

そして―――。

 

 

 


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