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王女を保護して移動したのは、最初に合流してテントを張っていた森。

新しく大きなテントを馬車から出して設置し、彼女達をそこへ案内した後、賊達を全て縛り上げる作業をした。

もちろん、中には命を落とした賊も居たけれど、回収済みだ。

そして気付いた事――。

その全ての人達の身に付けている物が、賊に似つかわしく無い物ばかりだということ。

凝った装飾の剣に、黒いマントの下には、王女の護衛が着ている制服――。

あり得ない事ではない。

けれど、あってはならない事実――。

それを見て、僕達は何も言い出す事が出来なかった。

 

 

「王城から一緒に来た、護衛隊長ですね、この人は――」

 

死んだ賊の一人を指して、護衛に加わっていた衛兵一人が証言すると、それ以外の死体や生きたまま捕らえられている人達の身元も全て判明した。

そのどれもが、妾妃キリクと繋がりの深い者達ばかりだという。

 

「ザイ――他の逃げて行った連中は?」

「たぶん――そのどちらにも属さない者達でしょう」

 

ザイと呼ばれた人は、ブレアンの兄だという人――と先ほど紹介された。

もう一人、王女の馬車に乗り込んでいた文官らしき人もまた、ブレアンの弟でアロウとは従弟になる人なのだと言う。

今、そちらの彼は王女に付き添って、他のテントに居る。

 

「では――三分の一が我らの仲間で、三分の一がキリクの手の者、そして最後の三分の一が――使えない衛兵な訳か…」

「ということになりそうだな――」

 

先ほどから、アロウとザイという人が検証している訳だけれど、僕は黙って聞いているだけに徹していた。

既にマントは着込んでいたけれど、彼らには僕の正体がバレてしまっている。

何しろ、賊から王女達を守るため、途中から仮面もマントも全て脱ぎ捨てて戦っていたのだから――。

 

「賊に襲われて即座に逃げ出すなんて、よくそれで城の警備を任せられる兵士になれるな」

「――まったくだ……」

 

ザイは呆れながらもアロウの言葉に頷き、そして視線を彷徨わせている。

部隊の三分の一が味方でなければ、たぶん王女は簡単に暗殺されてしまっていただろう。

あの時――僕が飛び出して行った時、既に半分以上の護衛が居なかったのは、そのせいだったのか、と納得出来る現状。

皆、疲れ果て、傷つき、そして自分達の愚かさを恥じている。

それは判ったんだけれど――――。

 

「ああ、アンジー…忘れていた――」

 

唐突に声をかけられて、僕はアロウを見た。

その目には、疲れと悲しみが溢れている。

だけど――同情は出来なかった。

 

「俺の妹を救ってくれてありがとう――それと、ブレアンの弟も――」

「……当然の事をしたまで」

 

それだけ言うと、僕はその場から離れるため立ち上がった。

 

「どこへ?」

 

ブレアンが声を掛けてきたけれど、返事はしないままテントを後にした。

何だかやり切れなかったのだ。

同じ部隊で、同じ護衛として来た人達の中に、王女を暗殺するための人員が配属されていたなんて――。

どうして、人は自分の利益だけに、人を裏切れるのだろうか。

僕は、そんな事を考えながら、自分達の使っているテントへと向かった。

すると。

 

「あ、アンジー、悪いがお前は王女さまと同じテントへ行ってくれ」

 

テントへ入る直前、ハルが声を掛けてきた。

その言葉に、僕はまたかと感じずに入られない。

眉根を寄せ、苛々としながらハルを見やると口を開いた。

 

「何で?」

「え?――な、何でって――」

「何で、そんな事をする必要があるんだ?」

「だ、だって――アロウが……」

 

またアロウか――。

いや、ここに居る皆が同じ意見なのだろうな…。

僕は――確かに女かも知れないけれど、そこまで特別扱いをされるような人間じゃないっていうのに――。

 

「悪いけど――僕はここでいい」

「いや――そうするとテントが足りない」

 

その言葉に、頭の中でキリっと音がした。

ああ、確かにテントは足りないだろう。

最初に居たのが四名ほど、そしてアロウにブレアン、ガルドに僕――そして先発隊としてきたのが三名に、今回合流したのが、六名――。

既にテントは足りていない。

王女の乗ってきた馬車に積まれていた大きめのテントは全部で三個。

その内の一つには王女達が――そして、もう一つにはアロウやブレアン、その兄弟が入る事になっている。

最後の大きなテントの中には、怪我をした者達が入ることになっていて、残る小さなテントには精々が二人しか入れないんだからね。

けれど、それなら野宿するのが普通じゃないか――今までならそうしてきた筈だ……何で、そう言わない!?

何だか、余計に苛々としてきて頭に血が上っていく気がした。

 

「僕の荷物は?」

「ああ、それなら、まだ出してないが――」

 

ハルが、少し戸惑いながら返事をする。

それが――また癪に障った。

 

「判った――」

 

その言葉の意味をどう受け取ったのか、ハルは安心したように怪我人達の手当てへ戻ったようだった。

いつもならば、それすらも僕がやってきた事だったというのに……。

そんな感想でハルを見送りながらも、僕は鬱々とした物を抱えて荷物を取り出しに掛かる。

と、後ろからガルドがやってきて、僕が荷物を持ち出したのを見ると、何事だと思ったみたいだ。

 

「アンジー?どこへ行くんだ?」

「誰も居ないとこ」

「へ?」

 

僕は、もうガルドが何かを言う前には歩き出していた。

もう、本気で嫌になってくる。

この客人のような対応――確かに知らない人達であるなら、それも納得出来る。

けれど、ハルも、アロウもブレアンも――以前は一緒に――対等に仕事をして、そして一緒に戦った事もある仲だ。

それなのに、何だってあんな態度をされて、こんな仕打ちをされなくちゃいけない?

確かに――僕は、彼らと一緒に王城まで行かなければならない。

僕の正体を知らなかった彼らなら、きっと今までと同じように扱っただろう。

それなのに――僕が女だから?それとも、伝説の予言にあった人間かも知れないから?

そんなの、どうでも良い事じゃないのか?!

徐々に募っていく苛立ちと、焦燥感。

それらが僕を支配しないよう、必死に頭を冷静にさせようとした。

けれど――皆の居る前では、それも不可能のようだ。

ここに居る皆が僕を見る。

その目が言うのだ――『予言の人』だと。

僕が女だ――と……。

僕は僕なのに――。

僕は、アンジーという名の……。

 

 

 

どのくらい、森の中を彷徨ったか判らないけれど、どうにか落ち着きを取り戻した頃、後ろからガルドが付いて来ていた事に気付いた。

 

「ガルド」

「漸く、止まった――」

「悪い」

「いいや、別に――ただ、まあ、心配はしたけどな」

 

ちょっと悪戯っぽく言うガルドに、けれど安心感はもう湧いてこない。

何でなんだろうな――あんなに、ガルドを信頼していた筈なのに。

 

「まあ、落ち着いたなら、皆のところに戻って、メシでも食おうぜ」

「ああ、そうだね」

 

振り向けば、ガルドが手招きをしながら待っていてくれる。

素直に従いながらも、僕はもう彼の隣りに並んで歩くことはなかった。

前と同じようには――もう、僕には出来ないことを、今更ながらに痛感した。

さっきまで、一緒に戦っていたはずなのに――。

あの時には一瞬でも、彼を信頼出来ていた筈なのに……。

不思議なものだな――と思う。

こんなにも、感情っていうのは、自分で制御出来ないものだったのか――と。

 

 

 


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