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『今日の遊園地、楽しかったね!』
『そうだなあ。お前が怖がってばっかりのお化け屋敷、今度はもっとゆっくり見たいな』
『ええっ!?あたし、あんなの、もうヤダ!』
『あらあら、お兄ちゃんだって怖がってたじゃないの。ママの腕にしっかりしがみ付いて』
『ま、ママっ!』
『何よ、お兄ちゃんも怖かったんじゃないの』
ママと兄と三人、そうやって笑っての会話。
時々、パパが笑って、そしてママも笑って。
自分と兄も、時々喧嘩とかしながらも笑って―――。
楽しい一時。
パパもママも一緒の休日は、そうたくさんある訳じゃないから、家族揃ってのお出かけは凄く楽しいものになる。
パパは何時も家族に甘くて、ママとパパは仲良しで――。
だから、自分は絶対に幸せなんだって信じていた。
『あの車――変な動きをしてるわ。気を付けて、パパ』
『ああ、判ってる』
そんな会話が聞こえてきて、けれど自分達子供二人は後ろで今度の運動会に何をするかで盛り上がっていて……。
一瞬、何が起こったのかも、何があったのかも判らなかった。
大きな音、遊園地で乗った乗り物みたいな感覚、唐突な衝撃。
小さく目を開けて見えたのは、真っ赤な色ばっかり。
車の中は、確か灰色な感じが多い筈なのに…。
『痛いよ、痛い』
兄の声が耳元で聞こえてくる。
ママの声は聞こえないけど、パパが何か言ってるのが聞こえてくる。
真っ赤な色の中に動くものが見え、それが何なのか認識する前に、また大きな音が聞こえてきた。
そして―――――。
『ママ――――!パパ――――!どこに居るの――――!?』
体中が痛くて堪らない。
それなのに、大好きな人達が居ない。
どんだけ叫んでも、どんだけ泣いても、自分を守ってくれていたその手が触れてくれることはない。
そんな事は判っているのに、それでも泣き叫ぶ事しか出来なかった。
『ママーーー!パパーーー!お兄ちゃーーーーーん!』
「アンジー……アンジー…頼むから…起きてくれよ…アンジー」
耳元で誰かの声がする。
けれど、僕はそれに答えたくないって思っていた。
耳に馴染むその声に、僕は嫌だと拒否する気持ちの方が大きい。
それなのに、何度も何度も、その声が悲しそうに僕の名前を呼ぶ。
「アンジー…なあ、起きてくれって…頼むからさ…」
でもね――その名前、僕の本当の名前じゃないんだよね。
だから、返事なんかしてあげないよ。
そう思いながらも、僕はどうやら自分がベッドの上で体を横たえているのだと、そう気付くことが出来た。
温かくて柔らかな布団に、今僕は包み込まれている。
だけど、どうにも体が自由に動かない感じもする。
そして、その時になって僕は漸く覚醒した。
頭の中がスーッとしてきて、一気に靄が消え去る。
頭の傍で泣いているのは――誰だ?とは思いつつも、ゆっくりと目を開けていった。
その途端――視界いっぱいに飛び込んできた男……。
「アンジーっ!目が覚めたかっ?!」
必死に僕のベッドに縋り付いて声を掛けてくる主ガルドは、僕の目覚めを知ると目から涙を落とした。
え?と思う間もなく、彼は何度も何度も謝りながら体を気遣う言葉を並べて、ついでに涙もそのままに…。
一体、何があったんだっけ?と、寝ぼけた頭で必死に思い出そうとした。
すると、扉が唐突に開かれて、そこにはブレアンとアロウの姿が――その顔は心痛に歪み切っていて…。
その時になって思いだした。
嗚呼、そういえば、何か色々とあったんだっけ…そうそう、自分を無視して皆で勝手に話をしちゃってて…。
そう思い出すと、ちょっとだけ腹立たしい気持ちもあったけれど、夢見が悪かったせいなのか何なのか、僕はもうどうでもいいやって思うようになっていた。
そして頭に浮かんだ言葉……もしかしなくても、この中で一番の楽天家って僕かも知れないってこと。
考えれば考えるだけ、彼らのしたことは僕にとって許せる事じゃなかったはず。
今もまだ、うん、許せないって思う気持ちがあるな。
けれど、それ以上にガルドのこんな焦心し切った顔を見ちゃったら―――それに、アロウとブレアンの、あの顔。
真っ青で、相当反省したんだろうなって思える顔。
そしたら、本当にもういいやって思えてきて…僕は、皆を見返すだけで何も言わないで居た。
だけど、僕の気持ちに気付いてくれたんだろうな、皆。
だから、何も言わずに『すまない』という言葉だけで、終わらせたんだと思う。
それを受けた僕はと言えば。
―――それまでに確かに存在した筈のいろんな感情が根こそぎ消えていくのを、他人事のように感じていた。
その後、神官さまがいらしたけれど、僕の様子を見て今居る彼らと同じように顔を歪めた。
そして、彼らの勝手な言い分をすまないと謝罪して下さった。
どうやら神官さまはその話を知らなかったらしく、詳しい話を聞いて反対に怒り出したのだと、後でアロウ達から聞いた。
けれど、この時の僕はそんな事など知らないし、どうでも良い事だと思えるようになっていた。
別に、彼らへ固執する必要性はない。
元々、僕はこの世界へ来たのも一人、その後は色んな人から助けてもらって育ててもらって愛してもらって――だからこそ、ヴェスリー神官さまの言う話に乗って旅をして――その旅だって、母が言い出さなければ一人で行くつもりだったんだ。
一人――けれど、いつだって一人じゃなかった。
だから、甘えていたのは僕の方。
彼らには彼らなりの考えがあり、そして使命がある。
ガルドは――僕の秘密を知りたいってくっ付いてきたけれど、僕の本当を知り、そしてセイから話を聞いた後は、僕の手伝いをしたことで自分達の居場所を確保出来ないかなって思って居るらしい。
所謂、打算ってやつだよね。
そんな訳だし――僕は何時も一人じゃなかったけれど、結局のところは一人なんだ。
そんな事を口に出したら、母が悲しがると思う。
けれど――僕はこの世界では、常に人と違う、一人だけの存在なんだって思える。
だから、彼らにはその謝罪を受け入れたように見せた。
もう、どうでもいいんだよって言いながら、心の中では違う意味を示す言葉に変えて――。
そして、いい加減、彼らの謝罪なんか聞き飽きた頃、アロウが言った。
「後四日で決行することになるけど、体は大丈夫か?」
その言葉だけで、全てを終わらせようと思ったのだろうか……。
今更なような気がするんだけどね――それでも、一緒には行かせてくれるっていう、情けをかけてくれたつもりなんだろう。
ちょっと捻た考えかも知れないけれど、そう思わずにはいられなかった。
まあ、それ以上に、この自由にならない体をどうにかして欲しい気持ちの方が大きかったんだけれどね。
すると、神官さまが『今日一日寝ていれば大丈夫だろう』と、助け舟をくれた。
「良かった――俺、お前がどうにかなっちまったって心配したっ」
涙ながらに言うガルドに、僕は精一杯の作り笑いを見せる。
まあ、本当に心からの笑みは、当分彼らに見せる事は出来ないだろう。
けれど、今はそれだけじゃない部分で必死に笑っているんだろうと履き違えてくれた彼らは、ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、今日はゆっくり寝てろ!俺が面倒見てやるからな」
なんて張り切っているガルドに、アロウが笑いながら『お前が傍に居たら休まらん』と言い、その隣ではブレアンが渋い顔をしながら頷いていた。
ただ一人、神官さまだけが僕の心の中を知ってしまったかのように、何も言わず、そして笑う事無く、僕の事を物言わぬ目で見つめていた。




