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次の日の早朝、アロウとブレアンは何やら用事があるらしく、僕達の顔も見ないまま出かけて行った。

ガルドは、僕が夕べ神官さまに言われた事が気になるらしく、同席したいと言い出し――それに快く応じてくれた神官さまの部屋へ、二人で行く事になった。

 

「まず、そのマントを貸しなさい」

 

そう言われて神官さまにマントを差し出した。

そして、彼が指先をマントに当てると小さな声で呪文を唱えていく。

これは、僕に術を施してくれた神官さま達と変わらないもののようにも思えた。

 

「今はまだ、アンジー自体の術は取らないでおくよ。出かける前日に、その術を取り払うので、それまではこのままで」

「はい…」

 

と、返事はしたものの、未だ納得出来てない僕。

というか、理解出来てないと言うほうが正解か。

 

「なあなあ、俺のは?」

 

隣りに座っているガルドが不満そうに言うと、神官さまが笑いながら言った。

 

「君に掛けられている術は、我ら人間ではどうしようもないのだよ――それに、それをする必要はないだろう」

 

その言葉に、ガルドは一つ唸ると『ちぇっ』なんて舌打ちをしてくれた。

まったく…ホントに子供みたいだって、その態度。

 

「力ある者であれば、ガルド、君の姿も見えてしまうかも知れないが――それでも大神殿にいる者達であれば、見抜かれるだろうね……けれど、それ以外の人達には知られない方が安全だよ」

 

そう言って大きく笑う神官さまに、ガルドはそれでも口を尖らせていた。

そして……。

 

「アンジーと同じがいいだけなのにさ…」

 

って――そんな理由だったわけ?!と、思わず叫びそうになって口を閉ざした僕。

それを聞いた神官さまときたら、大笑いをしてくれるし……ちょっと、冗談は止めてよ…と肩を大きく落としてしまった。

 

 

 

その後は、いつもと同じ日常を送る事にした。

ギルドに向かい、仕事をこなして神殿へ戻る。

もちろん、帰りには色んな食材を買わされて――でもって、ガルドのオヤツも買わされて……。

そして、夜にはアロウやブレアンを交えて、神官さまの部屋で食事を摂るという一日を――。

彼らが到着して二日目の夕方には、僕の預けていた剣も戻ってきて、神官さまが術を施してくれたのだけれど、その際、アロウとブレアンが渋い顔をして見せた。

その顔には、間違いなく『女の癖に』と書いてある気がして、気分が悪かった。

まあ、自分の被害妄想だろうと思えばそれまでな話だったのだけれど、実際にこの二日間で彼らの態度が以前と随分違うと感じていたのだから、仕方ないかも知れない。

 

その次の日からは、僕とガルドの行動が一緒になることはなくなってしまった。

何故なら――アロウとブレアンが、ガルドを連れまわすようになってしまったから。

ギルドへ行くのも禁止され、後は王都へ入るだけなのだから路銀は稼ぐ必要なしと言い渡される始末。

ついでに、神殿での手伝いも力仕事など一切させて貰えなくなったのだ。

どこまで横暴なのだろう――と考えてしまうのは当然の事だと思う。

神官さまに訴えた所で、彼らが僕を心配してるのだの一言で終わり。

それでなくても、これからの計画にも――実のところ、僕が参加する意味があるのだろうか?と言う位に作戦会議には参加させてもらえなくなっていった。

 

そして三日目の夜――僕は、この日、本当に苛立っていたんだと思う。

 

「今回の計画は、俺達のために必要なことで、アンジーには関係ないことでもあるんだ」

「だから、何で?!僕は、あんた達と一緒に王城へ行くよう、神官さまにだって言われてるっ!」

「それは一緒に行くようにって言われただけだろう?作戦に参加しろとは言われてない」

「だからって、戻るまで待ってろだなんて――あの日には、そんな事言わなかったじゃないか!」

「だから、今言ってるんだ!」

 

夕食の際、たまたま神官さまが用事で席を外す時間があった。

その時になって、アロウが僕にここで待てと言い出したのだ。

今更…本当に今更だ…今までだって、僕はずっと他の人たちと同じようにやってきた。

しかも、男のフリをしてきたからこそ、男にしか出来ない仕事もこなしてきたのだ。

それを恥ずかしいとも、辛いとも思ったことなんか一度もなかった。

それなのに――彼らと旅をした時ですら、僕は同じようにやってきたというのに――。

 

「まあまあ、アンジー。お前の言いたいことは判るけどさ――ここは俺達に任せろって。仲間外れにするのは悪いと思うけどさ」

 

と、ガルドまでが、この調子だ。

今まで一度だって、本当には僕を女扱いした事など無かったくせに――。

 

「冗談じゃないっ!」

 

気付けば、僕はそう叫んでその場を後にしていた。

まるで子供みたいかも知れないけれど、そうするしか自分の苛立ちをどこへ向けて良いのか判らなかったのだ………今まで、ここまで腹の立つことなどなかったからかも知れないけれど……。

神殿を飛び出し、辺り構わず走り続けて――。

それでも僕の気持ちが晴れることはなかった。

 

どうして、彼らは急に態度を変えるんだろう。

僕が女だと判ったから?

それでも、彼らと一緒に戦ったことだってある。

その時には、一度として僕を足手まといだなんて言わなかった筈だ。

ガルドにしても、短い期間ではあったけれど、一緒に旅をしてる間、一度として『女なんだから』とは言って仕事をさせないなどという特別扱いはしなかった筈だ。

確かに数度、宿に泊まった際には風呂を優先してくれたりしたことはあった。

けれど、それも『女なんだから』ではなく、『一応は女だし』という名目だけのものだった。

それなのに――。

確かに危険を伴う計画だってことは、そんなことは重々承知だ。

だからこそ、彼らだって念入りに計画してきたと言っていたし、僕もまたそれ相応にやれるよう準備を怠ってなかった。

そりゃ、ここ数日は彼らから除け者にされて、その話し合いには参加もさせてもらえてなかったけれど……。

それにしても……いきなり――あんまりな話だ。

数日前に再会して、そして計画をきちんと聞いて――僕だって、その話を聞いてからどうするかって色々と考えてた。

何で今更、そんな態度を取られなくちゃいけないのだ?

 

 

あんまりにも悔しくて悔しくて、どのくらいの時間、その場に蹲っていたのか判らなかった。

そうして気付く――空には満天の星。

その時になって、ふと思い出してしまった。

今までも、時々は思い出していたけれど、こんな時になって……。

嗚呼、この世界には僕の知っていた星座が一つもないんだな――と。

冬になると、よく本当の父が隣りに座って、どこにどんな星があるか教えてくれたことがあった。

その中でも一番覚えていたのは、カシオペア座とオリオン座。

父が一番好きだと言っていた星座だ。

空を見上げ、そして『どうしてココには無いんだろう』と思ってしまう。

冬の星座。

綺麗だったよな…と考えながら、ずっと空を見上げていた僕の背後に、見知った気配を感じたのは、随分と時間が経ってからの事。

 

「こんなとこに居たのかよ…すっげぇ、探したじゃんか」

 

既に馴染みのある声――それは、ガルドの、少し拗ねた時の声だ。

 

「まったく――何で、そんなに拗ねてるんだよ……大したことじゃないじゃないか」

 

拗ねてる――訳じゃない。

ただ、怒っているだけ。

自分だけ除け者にして、三人で計画とか立ててたって事なんでしょ?

僕は、その仲間に入れてもらえるだけの、その信頼すらもらえてなかったのか?と。

 

「なあ――確かに――仲間外れにしたのは悪かったけど…お前のこと心配してるんだよ、あいつらも…なあ?」

 

一人で話をするガルドに、それでも僕は返事もしなかった。

だって、返事なんか、出来るはずもないじゃない。

あんな、身勝手な事を言われて、どうして納得しろって言うわけ?

 

「あのな……あいつ等も、結構必死なんだって思うんだよ、俺…あんまり頭良くねぇけどさ……あいつ等、ずっと計画してて、何度も何度も練り直して、で、今の計画に落ち着いたらしいんだけど、それだって…何だっけ?ああ、知り合いに散々連絡取って…ってか、うん、まあ、そんな感じで、どうにかってらしいんだよ」

 

ふーん、だから何?

僕にもそれを納得しろって言うわけ?

出来るはずないじゃないか!

ガルドは必死に話し掛けてきていたけれど、僕はそれに返事は一切しなかった。

だって……だって……。

裏切られた…ああ、そっか、そんな気持ちだったのか。

僕は、長い時間じゃなかったにしても、いつだってガルドと共に旅をしてきて、そして何時だって頼ってきた。

もちろん、アロウやブレアンの時にだって、頼れる所は頼っていた。

それなのに、彼らは僕なんか頼りにもしてなかったんだ。

身勝手な感情だって判ってる。

けど――そうか、僕は少しも頼られてもいなかったのか…と、その気持ちで一杯だったんだ。

仲間だと思っていたガルドには裏切られた気持ち、アロウとブレアンにはまるで当てになんかして貰えてなかった…そんな風に思い出したら、止まらなかったのだ。

それが爆発したんだ……。

今更だけど、子供みたいな態度を取ったとは思う。

けれど、彼らのそれを許す気にはなれそうになかった。

 

「とりあえず、帰らねぇか?な?」

 

そう言ったガルドの手が肩に触れた瞬間の事だった。

体中にビシリと走った静電気のような電撃。

それはガルドにも感じられたようで、慌てて手を退ける。

そうして初めてガルドへ視線を向けると、手を必死に押さえ込んでいるようで……。

 

「ガ……ルド?」

「おま……何、これ」

 

何を言われたのか判らないままに、けれど僕自身も体に走った衝撃で全身が痛みを認識する。

彼の声が微かに聞こえてきたけれど、それに反応することは適わなかった。

そして―――――僕は、意識を手放したのだった。

 

 

 


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