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レン神官さまと会話した日の夜、僕は信じられないくらい泣き通しだった。
けれど、ずっと慌ててはいたけれど、ガルドが慰めてくれていて――時には背中を撫でてくれて、僕は何時の間にか眠ってしまっていた。
そうして起きた次の日には、もう心が決まっていたらしい。
というか――僕は、そんな大それた事が出来るとは思わないけれど、考えてみれば僕一人じゃないんだって思えたのだ。
ガルドも居るし、その旅に出てる人達もいる。
でもって――王城には、その王子さまとやらを助けた宰相さんも居るわけだし、正妃さまも王女さまもいらっしゃるってわけだ。
これを僕一人の力でやれって言われたら、『お断りします』って言っていたかも知れない。
けど――そうなのだ、一人じゃないんだから、大丈夫。
僕にだって、きっと何かしらの手伝いくらいは出来るはず。
そんな風に思えてしまっていたのだ。
「本気でやんのかよ」
呆れた風に言うガルドは、けれど決して止めたりはしないでくれた。
ただ、いつものように愚痴を言いたいだけ。
「まあね。その人達が何時到着すんのか知らないけどさ――まあ、やってみてもいいんじゃない?」
なんて能天気に返事をすれば、『あんなに散々泣いてたくせに』とか言い出す。
くそ――あんな所を見せるんじゃなかった…と後悔しても先に立たず――だね。
でも、あんだけ泣いたからこそ、僕は決心出来たんだって思えるのも本当。
このガルドが、こうして傍に居てくれたから――なんて素敵なんだろうね、仲間とか、友達ってのは。
「ガルドも手伝ってくれるでしょう?」
にっこり笑って問い掛ければ、一瞬怯んでから、『えええっ?!俺もか?!』なんて言いつつも、結構ノリノリな感じなのだ。
今だって、自分の剣(セイから特別に貸し出された物らしい)を大事そうに磨いているし(どうやら僕達のと違って特別な布で磨くだけでいいらしい)、短剣を取り出しては光に当てたりと忙しく遊んでいる(ように見えるんだよね)。
僕も、自分の剣を神官さまに預けてあるのだけれど、それは剣の刃毀れとかを修理してもらうため。
もちろん、業者の人がしてくれるのだけれど、その後には神官さまの特別な術を掛けてもらえるのだ。
そんな訳で、僕達はレン神官さまの言う人達が来るまで、ここに滞在することとなったのだった。
二日間は神殿の手伝いをしていたけれど、その後は時々ギルドへ向かい、仕事を貰っては路銀を増やした。
何しろ、ガルドの食欲ときたらお金がいくらあっても足りないのだ。
今回の港街であるこの街でも、大いにその食欲を見せ付けてくれている。
神殿での食事は、随分と遠慮をしているようだけれど(本人曰く、質素すぎるから腹の足しにならんとの事で、本当に贅沢だと思う)、一歩外に出るとその勢いたるは店の人が引くほどだ。
ギルドでの仕事をした給金の半分は、彼の食事代に消えているかも知れない。
まあ、彼もまた必死に働いてくれているから、文句は言わないけどね。
時には、その給金で、新鮮な魚や野菜を買って神殿へ戻ることもある。
これを提案したのが、僕ではなくガルドだってことが吃驚するところだろう。
まあ、それが自分の食欲を満たすためだってことくらいは、神殿の人達も僕にも判るんだけどね、そこは気付かないフリをしてあげている。
神官さまの言う方達が来られるかも知れないという日も、僕達は普通にギルドから請け負った仕事をしていた。
さすがに国の玄関口と言われるだけあって、仕事には事欠かない。
僕達のような格好をしていようとも、決して気にする事なく扱ってくれる人達が大勢いた。
仕事以上の事をすれば、給金に上乗せでチップもくれる。
そのチップは間違いなくガルドの胃袋に収まるのだろうけれど、それでも嬉しいことには間違いなくって――。
僕達は、そうしてその日も普通に仕事をしてから買い物をし、神殿へと戻ったのだった。
「たっだいまーーー」
ガルドは、まるで自宅へ戻ったときと同じように声を掛ければ、お弟子さん達が同じように『おかえりー』と迎えてくれる。
一番のおしゃべり坊主なお弟子さんは、タリスというらしく、今最もガルドと仲良しの子。
あれだけ鬱陶しがっていた彼が、何故タリスと仲良しになったか――きっと言わなくても想像がつくと思う。
そう――この神殿で一番の料理を作る子だから。
まったく、胃袋直結な脳みそを持つガルドには、ほんとに呆れてしまうよ。
そう笑いながらも、僕達は神殿の中へと入って行った。
すると、タリスが『お客さまがいらっしゃってます…後でレン神官さまのお部屋へ来て下さいと仰ってました』と伝言をくれた。
その後は僕達にお風呂の用意が出来ていること、先に汗を流してくれて良いとのことを告げると、僕達が買ってきた食材を抱えて台所の方へと行ってしまった。
「やっと来たのか――遅ぇよなぁ」
「こら、ガルド!」
ちょっとだけ諌めつつも、僕はもうその人達への好奇心というかそんなものが大きくなっていた。
どんな人達なのだろう。
王様の子供なんだから王子さまなんだよね。
それと宰相さまのお子さまだから――えっと、何だろう…側近とか、そういうの?
きっと精悍な人達だったりするんだろうな。
僕達とは縁のないような、うーん、凄く高貴な感じとかして――。
と色々と想像を巡らしていると、ガルドに頭を突付かれた。
「お前、こんなとこで止まるなよ」
どうやら僕は、そんな想像をして自分達に宛がわれている部屋の入り口に突っ立っていたらしい。
ガルドがぶつぶつ文句を言いながら、僕を押しのけ部屋の中へと入る。
荷物を置き、神殿の奥にある風呂場で汗を流してくるというガルドに、僕も順番待ちをして台所へと向かうことにした。
台所では、既に夕飯の用意を始めているお弟子さん達でいっぱいだ。
タリスは、実家が食堂をしていたというだけあって、本当に料理の腕前は最高だと思う。
ただ、神官さまも困っているのは彼のおしゃべり。
そうして料理をしながらも、決して口を休めないのだ。
僕が台所へ入ると、やっぱり当然のように話し相手をさせられる。
それでも、そうして過ごす時間は決して嫌なものじゃないと僕は思っていた。
こういう穏やかな時間こそが、僕にとって幸せなひと時なのだから。
ガルドの後に風呂場で汗を流し、僕達は着替えを部屋へ持ち帰ると、そのままレン神官さまの部屋へと向かうことにした。
食事は、どうやら神官さまのところで摂るらしい。
というのも、込み入った話になることが判りきっているから。
お弟子さん達も心得たもので、既にそのつもりでいると、さっきタリスが言っていた。
僕達の分もきちんと用意してあると言われて、ガルドも安心したみたい。
っていうか、そんな事で安心しないでよ――と思わず、彼の脇腹を突っついた僕だったけれど。
そして神官さまの部屋に到着した僕達は、大きく息を吸い込んで扉をノックした。
中から澄んだレン神官さまの声が聞こえてくると、それを合図に扉を開ける。
一応、二人で頭を下げて入ったのと、僕達の待ち人が後ろ向きだった事で、二人の顔が見えなかった。
「やあ、お二人さん、中へ入りなさい」
そう神官さまに言われて、勧められた椅子の方へ移動した時のことだった。
漸く見れた、待ち人二人――それは―――。
「よう、アンジー。久しぶりだな」
そう気軽に声をかけてきたのは――以前にも何度か再会したことのある、アロウだったのである。
「え…?!」
「お久しぶり…」
ブレアンは、少し躊躇いがちではあるものの、そう挨拶をしてくる。
そして、そんな二人を見て固まっていたのは、どうやら僕だけじゃなかったみたいだ。
ガルドもまた、二人を見て目を白黒とさせていた。




