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神官さまのお話は、その後一時間程続いていたと思う。
彼の言う特別な出生を持つという人達は、実のところ、王族に関わりのあるとても大事な方達だと言う神官に、僕達はまさかという思いで話を聞いていた。
『今から二十年前、国王陛下と正妃さまの間に女のお子さまが誕生しました。
それは国で大騒ぎになる程の、嬉しい知らせ――。
が、しかし、そこにはもう一つ、隠された事実があったのだよ。
それは――その王女には双子の兄が居たと言う事――そう、双子だった。
この国でも、この大陸でも、双子は決して悪でもなく、災いでもない。
けれども、他の大陸から国王の下にやってきた妾妃さまがいらしてね――その方の大陸では双子を忌み子として扱っていたらしい。
その妾妃を寵愛していらした国王さまは、その方の言う言葉を浅はかにも信じてしまい、双子の片割れ――しかも男の子供を殺すよう命じたのだ。
だがね――そんな事を許せる筈のなかった正妃さまは、彼を国王達の目の届かない場所へやり、そして育てて居たんだね……。
正妃さまは、この国の力ある大臣さまの娘さまで、とても慈愛に満ち溢れたお方だ。
そんな方が、我が子を殺させるはずはない。
そうして、幾年かは隠すことが出来ておった。
けれど、残念な事にそれが妾妃さまの知られるところとなり、正妃さまが隠しておられたお子さまが捕まりそうになったのだよ。
その時に力を尽くし、お子様を守ったのは、今の宰相さまだった。
隠れてこっそりと、私どものところへと彼を連れて参ったのだ。
本来ならば、大神殿が安全という考えもある――けれど、その時は丁度、大神官さまの入れ替えの時期でもあった……そんな不安定な場所に置き留める事は出来そうになかった。
それだけでなく、王都という一番近い場所では、彼らが自由に生きる事も不可能だと、そう判断しての事だったに違いありません。
とは言っても、大神官さまからの言付けも頂いておりました……何しろ、事が事でしたからな――。
ですが……王子一人ではお可哀想だと、ご自分の息子も連れていらした。
まだ、小さな小さなお子さま達だ。
随分と寂しい思いもなさった事だろうに……。
けれど、立派に育ち、そして今は旅に出ております。
自分達の力を強めるため――そして、今の国に住む人達を知るため――また、この大陸に住まう人々がどう暮らしているのかを見るために――。
とても大きな知識を、自分の中で持て余している子達でしたから、私は素直に二人を送り出しました。
そうして数年――今回、どうやら自分達の目で見てきたもの、そして見知った事――それらを抱えて戻ってくることになったようだ。
先日――彼らから文を一通頂きましてな。
そこには、漸く自分の進む道を見つけた――と書かれておられた。
今はまだ、正妃さまは無事でおられる。
それは大臣の娘さまでいらっしゃるから、ということが大きいのだろうけれど……。
だが――それでも、王城では味方は多くとも隠れての味方しかおらぬ。
そんな正妃さまと、ご自分の妹さまを心配するのも当然の話。
何時かは助け出したいと、よく子供の頃には言っていたものです。
しかし、それだけではないと知ったのだろう――あの二人は……。
国王は、相変わらず妾妃に寵愛を置き、時には贅沢三昧に過ごしてみたり、時には他の大陸から人を入れて王城に置いてみたりと好き勝手にされているようなのだ。
このままでは、王城や国だけでなくこの大陸をも危なくなる――と、彼らも知ったのでしょうな。』
こうして終わった神官さまの話に、僕とガルドは大きく息を吐き出した。
なんて――なんて壮大な話なんだろう。
そんな話を僕達に聞かせてしまって良いのだろうか?
神官さまは、僕の試練だと仰ったけれど、これのどこが試練だというのか?
様々な疑問が頭の中で渦巻く。
けれど、神官さまは最後に一言付け足した。
「彼ら二人を国王陛下の許へお連れするのが――アンジー、君の試練なのだよ――それこそが、ね」
その後、ガルドと二人で部屋に戻り、ずっと黙り込んでいた。
どうして、あんな話の後に気軽な態度が取れるだろう。
ガルドは始終、黙り込んだまま、ベッドに転がって天井を睨み付けている。
僕は、部屋の窓から見える景色に視線を持っていきながらも、見ているものは遠く離れた村と――そして、二度と会うことは出来ないだろう、本当の家族。
僕は――本当に、どうしてこんな世界へ来てしまったんだろう。
どうして、この僕だったんだろう。
確かに――僕は大切にこの世界で育ててもらった。
だからこそ、ヴェスリー神官さまの言う使命を受け、大神殿へと向かって旅をしてきた。
けれど――そこに僕の知りたい答えがあるかも知れないという欲求もあったからだ。
それなのに――それだというのに……。
「なあ、アンジー」
唐突にガルドが声を掛けてきた。
しかも――何時の間に来たのか、僕の真横に突っ立っている。
その顔は、いつになく真剣で――そして怖い顔をしていた。
「逃げたかったら――逃げちゃおうぜ?」
「え?」
「だってさ――大神殿へ行って、竜に会って、本当の事を知るために来たんだろ?」
そう――そのつもりだったよ――と、小さく零せばガルドは唸りながら続ける。
「それなのに、こんな…殺されるかも知れないような、デカイ話になるなんて――そんなの俺達にしろだなんて、狡ぃだろ?」
「だけど――」
「確かに、俺もお前の真実とか秘密とか、色々と知りたいんだぜ?けど、こんなの、ないだろ…本当にさ…」
ガルドは少しだけ辛そうに顔を歪めた。
確かに――そうだろうなって思う。
だって、ガルドにとっては、大神殿へ行き僕の秘密を知り納得したら満足する旅――だったのだ。
簡単に終わる予定の旅だったのだ。
それなのに――。
「俺さ――お前の母さんも居るし――村にさ――お前も一緒に住めばいいと思うんだよな」
「え?」
唐突な申し出に、僕はあんぐりと口を開け放つ。
けれど、ガルドは僕の事などお構いなしに続けてくれた。
それも、凄く真剣な顔をして……。
「別に、奴等の言う通りにしなくってもイイじゃんか」
「でも…君の村のセイだって、僕の使命を知ってるんだよ?」
「けど、セイは試練の話は知らないぜ?」
「そうかも…知れないけれど…」
「きっと、アイツだって、こんな話があったなんて聞いたら、絶対に許してくれるって」
そう言いながら笑うガルドの声は、少し震えているようにも思えた。
チラリと視線を向けたけれど、泣いている様子はないから、そういう震えではないみたいだけれど、どこか痛みの伴う顔つきをしていて、僕の方が心配になる。
「アンジー、お前だってさ…こんな予定じゃなかったんだろう?」
「ま、ね」
「それなら――いいじゃんか。逃げちゃおうぜ?」
いきなり、ガシッと肩を掴まれて心臓が止まりそうになった。
だけど、それ以上にガルドのその手が震えていることに気付いて、唖然とする。
「ガルド?」
「だってさ!だってっ!お前、何でこれ以上、面倒な事をしなくちゃいけないんだよ。オカシイじゃん!お前、それでなくても会えるか判んない竜と会わなくちゃ行けない使命があるってのにさ。酷いじゃんか!」
まるで子供の駄々のように言い募るガルドは、僕の事を真剣に心配してくれているのだろうと感じられた。
だけど――そうしなくてはならないんじゃないか?とも思う。
それでも……僕は戸惑いを隠す事なんか出来なかった。
僕の使命――そして、僕のこれからの試練。
確かに酷いなって思うんだ。
だって、王族に乗り込めってことなんだよ?
そんな大それた事をするだなんて、僕は知らなかったんだよ?
なのに――当たり前のように『君の試練なんだ』なんて、そんな酷い言い方、ないじゃないか。
下手をしたら、殺されるかも知れないような試練なんだから――。
そう思ったら、この旅に出てから初めて涙が溢れてきた。
ガルドは、それを見て慌てたように『泣くなよ』とか、『目が腫れる』とか、色々と言ってきていたけれど、僕は涙を止める事が出来なかった。
だって――僕は、ただ、どうしてこの世界へ来なくちゃいけなかったのか、知りたかっただけなのに。




