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この集落というか…村…(もう村で統一させてもらおう!)に滞在して一週間。

それでも母の容態は良くなる気配はなかった。

というのも、今までの疲れが一気に出ているせいで、お医者さんの話だと(このお医者さんというのは人間で、妖魔さんと恋に堕ち、ここで生活してる方なのだそうだ)まだ当分は安静にしてる方が良いとのこと。

それなりに調合してくれている薬草(ここでは薬草も栽培してるという素晴らしい環境を保持しているのだ)のお陰で、随分と顔色は良くなりつつあるのだけれど、少し動いただけでも貧血を起こしてしまう母は、まだずっとベッドの上の人だ。

テイトが毎日気を使って、体に良いと言われている食事を作ってはくれるのだけれど、それでも旅へ出るには時間が掛かりそうだった。

 

「なあなあ…どうすんだ?」

 

ガルドが母の容態を心配しつつも、国境を越える旅の話を振ってきたのは、昨日の夜の事。

母がぐっすりと眠った事を確認して、テイトと三人、ダイニングのテーブルを囲みながら和んでいる時だった。

 

「どうするって?」

「旅だよ、旅――この先だって、一月は掛からないとしても、かなりの時間、歩くことになるんだぜ?」

「うん…判ってるけど…」

「このまま、お前の母さんを待ってたら年を越すことになるだろ?」

「そこまでは…大丈夫だと…」

「それに、今は冬だ、冬!こんな寒空で野宿とかするんだ。お前の母さん、絶対に無理だろう」

 

そうなのだ――もう既に冬へ突入してしまった今、母を連れての旅は心配が尽きないだろうことは判っている。

けれど、かといってここへ置いていくわけにもいかないし、ましてや村へ連れ戻すことも不可能。

既に国境は目の前なのだから――。

 

「何なら、お前らが帰ってくるまで面倒見るぞ?」

 

と、テイトが気軽に提案してきた。

それを聞いたガルドは、僕の気などお構いなしでここぞとばかりに畳み込んでくる。

 

「それがいいじゃんか!お前の母さん、ここでなら安全が保証されてるし、そんでもって俺達が目的地での仕事を追えて戻ってきたときには、元気になってるんじゃねぇのか?」

 

なんてことを軽く言ってくれるガルド。

僕だって、そうできたらそれに越した事はないとは思う。

けれど、母は一緒に旅をすることを今更取り下げてくれるとも思えないのだ。

ずっと意地を張ってでも付いて来ていた彼女だ。

変なところ柔軟なくせに、こういう事には強く自分を貫き通す。

そんな人なのだ、あの人は―――。

 

「本当なら、そうしてもらえると嬉しいんだけどね…母さんが、うんとは言わないと思うんだよ」

 

僕の言葉にガルドは唸った。

けれど、テイトはそれでも悩む様子もなく付け足してくれた。

 

「けどよ。お前の母さんだって自分の体がついていってないことくらい、理解してるだろうに。そんでも一緒に行くとは言わねぇとおもうんだけどなあ、俺は」

 

うーんと唸りっぱなしのガルドを放置して、テイトは尚も気軽に言う。

 

「大体、お前と一緒にいたのって、女のお前が一人旅をするのが心配だったからだろう?んでもって、姿を見せる事ができねぇってこともある。んじゃ、誰かが一緒に居て守ってやらねぇとってんで、母親のあの人のことだ。自分がやらねぇでどうするって事だったんじゃねぇのか?」

 

と言った途端に、ガルドが『そうだよな?!んじゃ、俺が居るじゃん』なんて、こっちも能天気に付け足してくれた。

確かに――僕も、そうじゃないかとは思うんだけどね――けど、あの人、変なとこは意固地なんだって…とは口に出さず、彼らの意見に苦笑だけで返事をした。

 

 

そうして迎えた次の日は、母の説得を試みようとするガルドが居たんだけど…それにはマルも応戦していた。

実のところ、マルは僕の母を見て、自分の母親像を重ねているようなのだ。

『もしも、自分のお母さんが居たら、こうだったらいいのに』と――。

彼の母親は妖魔だということだし、もし本当のお母さんだとしても、人間じゃないから違う性質なのじゃないかな?とは思うんだけど、それでもマルの気持ちはよく判る。

僕も――この人が母親になってくれた事を、何よりも感謝しているんだ。

ずっと、僕の事を守ろうとしてくれていた。

優しくて強くて――そして温かい人。

だから、マルが母を見て自分の母親になって欲しいと望んでいることも悪い事じゃないとも思える。

ただ――少しだけ母を取られるのが悔しいくらいで…って子供みたいな感情だけれど――。

 

「ねぇねぇ…ここに居てよ。僕、いい子にするよ?おばさんのお世話も、一杯出来るよ?」

 

必死に懇願しているマルを見て、母も苦笑を禁じえないみたいだ。

どうしたらいいんだろう――と時々、僕に視線を送ってくる。

だけど、それは僕が決めて良い問題じゃない気がして、なかなか言い出せずに居た。

そんな時だった。

 

「アンジーの母さんよ。俺んとこで良ければ、ゆっくり静養してりゃいいじゃねぇかさ。俺は全然、困らねぇし、返ってマルが嬉しそうなら俺も嬉しい。んでもってな――これはアンジー達のことなんだが――急ぐ旅じゃねぇって言ったって、何時までもここで止まってる訳にもいかねぇだろう。な?」

 

テイトは、言葉遣いはいつも通りだったけれど、優しく、声もまた落ち着かせて、母を安心させるかのように言って聞かせてくれた。

それが良かったのかどうか――その時の僕には判らなかったけれど、それでも母が首を縦に振った時、『これで母を辛い目に合わせなくていいんだ』という安心感の方が強かった。

 

 

 

それから十日ほどは、ガルドがセイの屋敷に毎日通い、何やら色々と注意事項だの勉強だのを指導されていた。

母は、ここに留まる事になったことで安心したのか、随分と顔色も戻りつつある。

時には、テイトやマルと楽しそうに歓談していることもあり、僕はそれを少し寂しく思いつつも歓迎していた。

確かに、ちょっとは悔しい気持ちもある。

今までは僕一人の母だった彼女が、マルに取られた気がするのだから。

けれど、マルと接している時の母を見てしまったら、それも口に出して言うことは出来なかった。

だって――その顔は僕に向けてきてくれた、あの愛情一杯の顔なんだもん。

マルは、それこそ母に懐き、毎日飽きることなく看病と称して色々と手伝ってくれている。

それだけでなく、テイトの持っているという畑仕事にも精を出していた。

もちろん、そんな事ばかりしているわけじゃなくて、この村で唯一という僕の元居た世界でいうところの学校にも通っている。

他の子達と一緒に学んだり、遊んだりすることも忘れて居ないあたりは、やっぱり子供なんだなと思えた。

テイトは、日々畑仕事と、他の家へ行ったという子供達の様子を見に行ったりしている。

時々は、子供達の方からテイトに会いに来る事もあって、この家は割と賑やかだった。

僕は――その間に時々セイの所へ行き、妖魔の様々な話を聞かせてもらっている。

こんな機会でもなければ、妖魔と話なんか出来ないだろうと、それはもう必死だった。

 

 

 

そうして、とうとう、この村とのお別れの日がやってきた。

 

 

「じゃあ、母さん、僕行ってくるから。ちゃんと体を休めて待っていて」

「判ってるわ――あなたも、無理だけはしないで頂戴。ガルド、この子の事をお願いしますね」

「任せてくれ!まあ、女扱いは出来ないけどさ――設定上っての?そんなだけど、大丈夫」

「本当かあ?お前の大丈夫は当てにならんからな…」

「テイトは黙ってろ。俺だってやる時にはやるんだよ」

「ガルド、無茶してアンジーを困らせないでよね?」

「マル…お前まで…」

「えへへ」

 

旅立ちの日、家の前でテイトや母、マルが見送りをしてくれた。

ううん、それだけじゃない。

他の村の人も、ここにいた少しの間で知り合った人達が、様々な物を持ってきてくれて見送ってくれる。

もちろん、そこにはセイも居て――。

 

「アンジー。君にこれを預けておきます。もしもの時に使いなさい」

 

そう言って手渡してくれたものは、僕が見た事もない小さな石で…。

 

「守りの石です。何か大変な事が起きた時にだけ、その石を地面に叩き付ければいいだけ」

「え?」

「訳が判らないとは思いますが、その時にはやって見てください。大丈夫、人を傷つけるようなものではありませんから」

 

セイは優しく笑いながら石を僕の手に握らせた。

そうして、今度はガルドの方を向くと――。

 

「ガルド――あなたもその姿を人に見られては大変ですからね――アンジーと同じように術で隠しておきます。これは力の弱い神官達には見破る事の出来ない術ですが――残念ながらアンジーには利かないもの」

 

そう言ったと同時に、ガルドの全身へとケロイドが作られていった。

セイは呪文を使っているわけじゃない。

ただ、手を翳しただけ。

それだけで術を発動できるなんて――と感動してしまっていた。

 

「ガルド――アンジーを守ってあげて下さいね」

 

セイの言葉を最後に、僕達は村を後にしたのだった。

もう少しだけ、母に甘えたかったというのと、セイの術に感動してたかったというのは心の中に押し込めて―――。

 

 

 


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