表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/7

第0話_プロローグ_来世は信長になりたい?

 医者の俺が言うと皮肉になるが、その部屋は、正直に言えば病気だった。


 二階建て吹き抜けの書斎。


 壁という壁が、天井近くまで漫画で埋まっている。上段の棚には、造り付けの梯子が据わっていた。


 五千冊までは、ちゃんと数えていた。


 そこから先は数えるのをやめた。


 数えても、どうせ増える。


 新刊が出るたびに棚の配置を見直す。巻数をそろえる。作者ごとに並べる。ジャンルごとに分ける。


 そして、そのたびに梯子を使う。


 そのたびに、上で読んでしまう。


 毎回やっていた。


 わかっていた。


 やめられなかった。


「……ちょっとだけ」


 今日も整理の途中で、手が止まった。


 梯子の上で、ページをめくる。


 手に取ったのは、超能力系のバトル漫画だった。


 世界が壊れかけても、主人公は立ち上がる。


 絶体絶命でも、仲間が倒れても、自分の体が限界でも、それでも最後の一撃を放つ。


 いいな、と思った。


 漫画の主人公はいい。


 どれだけ追い詰められても、物語は終わらない。


 少なくとも、まだ終わらせないという意志だけは、最後まで持っている。


 そのとき、揺れた。


 最初は、遠くから来た。


 床が、低く、ゆっくりと動いた。


(地震か)


 梯子の上で、俺は本から目を離した。


 次の瞬間、揺れが大きくなった。


 横だ。


 棚が鳴った。


 梯子が壁から離れた。


――――――――――――――――――――――――


 足を踏み外した。


 棚から本が降ってきた。


 一冊。


 二冊。


 十冊。


 もっと。


 俺は漫画の中に埋まっていった。


 息ができない。体が動かない。


 冗談じゃない。まだ死ねない。


 明日も仕事がある。患者がいる。読みかけの漫画もある。


 こんなところで終わるわけにはいかない。


 顔のすぐ近くに、一冊の漫画が落ちていた。


 さっき読んでいた本ではない。


 歴史ものの漫画だった。


 表紙には、織田信長。


 尾張のうつけ。


 桶狭間。


 天下布武。


 本能寺。


 何度も読んだ話だ。


 結末も知っている。


 天下統一の目前まで進みながら、最後は家臣に裏切られ、燃える寺の中で死ぬ男。


 ああ、そうだ。


 漫画の主人公なら、こんなところで終わらない。


 どれだけ詰んでいても、そこから何かを変えようとする。


(……来世では)


 意識が遠のく。


 紙は重い。


 漫画を何千冊も買った人間だけが知る、あまりにも馬鹿馬鹿しい真理だった。


(来世では、漫画の主人公になりたい)


 それが、俺の最後の思考だった。


挿絵(By みてみん)

――――――――――――――――――――――――


 次に目が覚めたとき、俺ではなく、周りが泣いていた。


 視界がぼやけている。


 体が、やけに小さい。


 天井が見えた。


 板張りの、古い天井。


 裸火の光が揺れている。


 俺は死んだ。


 漫画に埋まって死んだ。


 それは間違いない。


 なのに今、誰かの腕の中にいる。


(……赤ん坊)


 来世、というやつだ。


 まさか本当にあるとは思っていなかった。


(漫画の主人公になりたい、とは言ったけどな)


 漫画がない。


 電気がない。


 冷蔵庫の音も、車の音も、何もない。


 これが、俺の来世らしかった。


――――――――――――――――――――――――


 後から知ることになるのだが。


 俺が生まれたのは、西暦一五三四年。


 戦国時代の、尾張である。


 漫画は一冊も存在しない。


 当然、続きを買うこともできない。


 そして俺の幼名は、吉法師だった。


 後の織田信長である。


 なるほど。


 確かに、漫画の主人公みたいな人生ではある。


 だが、俺は知っている。


 この名を持つ男が、最後に家臣に裏切られ、燃える寺の中で死ぬことを。


 つまり。


 来世も、詰んでいる。


――――――――――――――――――――――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ