運搬依頼 ③
馬車に揺られてから、2日目も終わろうとしていた、やはり夜になると周囲が見え難く敵が近くに潜んでいても見つけるのが困難だが、賊に襲われていたので予定よりも少し遅れているため、ヒロ達は少しでも進もうと前方を手綱の握ったアクト、後方をヒロが目視で索敵して、周囲広範囲をレイツェルが【魔力探知】をしながら馬車を走らせていた。
ランタンの前方を除く3方向に、布をかけてなるべく周囲から灯りが目立たない様にしながら進んでいる。
馬車を走らせて、木が軋む音のみが聞こえてくるほどに、周囲は静寂に包まれていた。
疲労と緊張から3人の間に会話はなく、ただひたすら各々の役割を果たしながら周囲を警戒していると、魔力感知に何かが引っ掛かるのにレイツェルが気づく。
「ヒロ、後方に何か掛かったわ、ゆっくりだけど近付いてきているわ、何か見える?」
日が落ち切って完全に辺りが暗くなってもう直ぐ1時間と言ったところだろう、なので目も暗闇に慣れていると思っていたのだが、まだ視界には何も映らない。
「何も見えませんよ?」
その言葉に、レイツェルさんも馬車の後方を覗く。
「おかしいわね、確かに近いのだけど」
首を傾げながらもう一度魔力探知をするが、今度は反応がなくなっていた。
魔力探知とは、周囲数メートルに魔力を放出し、その魔力によって周辺の地形や生物などの輪郭を見るものであり、その魔力に生物がかかるとその生物が持つ魔力と反応し、位置がわかる様になる魔法である。
「目視でも見えないのなら、近づいてきてるわけでは無さそうなのかもね」
「そう見たいですね」
そこで会話は終わり、また数メートル間隔で魔力探知を開始する、何も映ることはなく、何も目視では見えないために、2人は気の所為だろうと思う事にした。
そこから少し走らせ、安全そうな場所を見つけると、流石に休もうと言う話になり、馬車を停めて、周辺三角形を作る様に魔法具の設置を始める。
1つ、2つと置いて行き、3つ目を置こうとした時、暗くてよく見えないが目の前の茂みが少し動いた様に感じた。
その様子に気付いたのかアクトさんが近づいてくる。
「どしたん?ヒロ、そっち見て固まって、なんかあるん?」
声をかけてくれたアクトさんの方を見ながら、茂みの方を指差して言う。
「あそこ、何か動いた様な?そんな気がして」
指差した方を2人して目を凝らして見る、が、暗くてよく見えない。
「まぁ、気の所為やろ、はよ魔法具設置して、メシ食おうや」
アクトさんに言われた通り魔法具を設置して、食事の準備をしているレイツェルさんの方に戻ろうとした時、背後からガサガサ、と言う音が聞こえた。
今回は間違いない、腰の剣に手をかけ勢いよく振り返ると、大きなネズミの様な魔物がこちらに飛び掛かっているのが目に入る。
「うわぁっ!」
勢いよく抜剣して間一髪のところで魔物の攻撃を弾く、衝撃で後ろによろけて尻餅を作り。
「痛っ!」
攻撃を弾かれた魔物が少し上に浮き、着地する寸前に氷の礫が魔物の頭を貫通し、力無く地面に倒れる。
あまりにも早い魔法発動に、尻餅をついたまま呆然と座り込んでいると、アクトさんがこちらに駆け寄る。
「ヒロ、大丈夫か!?」
「大丈夫、です」
アクトさんの声でハッとなり、立ち上がり怪我がないことを伝えると、レイツェルさんが少し嫌な顔をしている事に気がつく。
「助かりました、ありがとうございました」
「あなたも良い反応だったわ、それよりも、ちょっと面倒くさいことになったわ」
「なんかあったんか?」
アクトさんのその言葉にレイツェルさんは立ち上がる、そして、お尻を軽く叩きながらかなり面倒くさそうに言う。
「魔力探知に少なくとも8匹ほど、魔物の反応があったわ、完全に包囲されているわ、それに、今のは【マッドマウス】よ」
レイツェルさんがそこまで説明すると、何かを察した様にアクトさんが嫌な顔をする。
どう言う事だろう、説明が欲しい。
「マッドマウス?って、さっきレイツェルさんが簡単に倒した魔物なんですよね?じゃあそんなに苦労しないんじゃ?」
その言葉を聞いた、アクトさんが武器を構え、姿勢を低くして言う。
「まぁ、数匹やったら、な」
数匹だったら?さっきレイツェルさんが8匹ほどって言っていた様な?。
そう思い周囲を見渡す、確かにこちらを睨みつける視線は感じるが、そんなに数は多く感じない。
そんなヒロをよそに、地面がボコボコと盛り上がりこちらに何かが近づいてくる。
「足元に2体、近いわよ」
足元?声のままに下を向くと、地中から2匹が僕とアクトさんをめがけ飛び出してくる。
驚いて咄嗟に剣を振ると、今回は当たりどころよく一発で仕留める事に成功する。
ここで初めて、アクトさんが言っていた意味を理解した。
魔力探知で索敵できるのは、地上と空中のみで、地中までは見れないので、地上に出てきている8匹と地中に何匹潜んでいるかわからないので、何匹いるか分からないのがめんどくさい、と言う意味だったのだろう。
1人で納得しているとマッドマウスが、ワラワラと茂みや地中から顔を覗かせているのが目に入る、少なくとも20匹ほどは視界に入っていた、ちょっと多すぎない?
「最悪やな」
アクトさんの方を見ると、引き攣った顔をしたまま口元に手を持ってきていたが、レイツェルさんが止めに入る。
「やめなさい、火が森に引火すれば大惨事になるわ、ほかの動物や植物まで死んでしまうわよ」
「いやっ、確かにそうやわ」
「やるしかないですよね?」
3人背中合わせに立ち、各自死角をカバーし合ったまま各々が武器を持つ。
「さぁ、何匹おるか分からんけど気張って行こか!」
「はい!」
そこからは3人がそれぞれの方向からくるマッドマウスの対処をし、長い時間戦いを続けた。
不幸中の幸いが、マッドマウス同士はあまり連携が取れていないために、同時に攻撃して来ることはく対処は簡単だったのだが数が多すぎる。
数えていたわけでは無いので正確には分からないのだが50以上はいたと思う、その数を相手し終わる頃には太陽が登り始めていた。
「あぁ〜、疲れたもう体動かんし眠たいわぁ!」
声を大きく叫ぶアクトさんに同感していると、周囲を警戒していたレイツェルさんが戻ってきて少し疲れた声で言う。
「確かにあの量はしんどかったわね、出発は昼前にして少し休みましょうか」
「やったー!」
レイツェルさんのその言葉に、嬉しくなりついテンションが上がってしまう。
日が差すと地面は穴ボコだらけになっており、この場所に近付いて来るものはいないだろうとたかを括り、見張りを立てずに僕たちは疲労からかみんな直ぐに眠りについてしまった。
それからしばらくして目を覚ますと、馬車が走っているのに気がつく、馬車には布の隙間から光が差し込み完全に日が昇っているのが見て取れた。
御者席の方を見ると、馬車の操縦はレイツェルさんがやってくれているのが目に入る、荷台ではアクトさんが気持ちよさそうに寝ているのが目に入る。
アクトさんを跨ぎ御者席に移動しようとする僕に気付き、レイツェルさんが声をかけて来る。
「あら、起きたのね、おはよう」
「おはようございます、レイツェルさんは眠れましたか?」
レイツェルさんの方を見ると軽く頷くのが見える、本当にしっかり寝たのだろうか?レイツェルさんは優しいのでもしかしたら…と頭によぎる。
そんな僕に気付いたのかは分からないが、レイツェルさんは僕の頭をポンと叩き言う。
「大丈夫よ、本当にしっかり寝たわ、心配してくれてありがとうね」
その言葉にこれ以上何も言えないと感じる、レイツェルさんは優しすぎる、自分を犠牲にしてでも僕達を休ませてくれているのだろう、これ以上この件に対しては追及してダメだろう、そうまで感じる。
また、別の方法でレイツェルさんにはお返ししようと心に誓い、隣で馬車に揺られていた。
そこからは、特に魔物に襲われる事なく馬車を走らせ続け、夕方にはサヘラ平原を抜ける事ができて、日が傾く頃にトネールが視界に入る距離まで近づいていた。
「あれが漁業の街トネールですか、思っていたよりも大きいですね!」
かなり大きな街に気分が上がる、もう少し近づいた時に、もう一つテンションが上がるものを見つける。
「あれ!あれなんですか!?すごく大きな木製の船みたいなのが浮いてますよ!?」
現在街よりも少し高いところを走っており、漁港に停船している大きな船を見て、ヒロはテンションが上がりきっていた。
ヒロは内陸出身の為、海を見た事がないだけでなく、小舟を見たことはあるがあそこまで大きな船の存在すら知らなかった。
そんなヒロを見て、自慢げにアクトが話す。
「めっちゃデカいやろあれ、あれも船やねん、魔力を使って動く魔力船、それにあの水は海って言ってな、メッチャしょっぱいねん!」
「魔力船って、ふね!?あんなに大きなのがですか!?凄いですね」
新しいものばかりで目を輝かせていると、トネールの外壁に馬車が到達する。
レイツェルが交通証を見せ検問を越えると空が暗いはずなのに、街の街灯やお店の光で街は明るく賑わっているのが目に入る。
「さすがやなぁ、こんな時間やのに元気な街やな」
ニヤリと嬉しそうに笑うアクトさんを見ながら馬車に揺られていた、今日はもう遅い時間なので納品は明日にしてひとまずホテルで休む事にした。
ギルさんが手配してくれていた宿に入ると、宿の人と男性が揉めているのが聞こえて来る。
「延滞何日目か分かってるんですか?そろそろ払ってください」
「もう少し待って欲しい、今の依頼を完遂できればお金が入って来るからさ、それまでもう少しだけ、頼むよ」
「それ、言うの何回目だと思ってるんですか!そう言い続けてもう、1週間は経ってますよ!」
「いやあの、だからもうちょっとだけほんとに直ぐ終わるからさ、本当に…」
「ダメです!」
そんなやり取りを後ろで3人並んで見ていると、宿屋の従業員がこちらに気付き声をかけて来る。
「次の人が来たから、少しそこで待っててくださいね!…こちらへどうぞ、ご予約はされていますか?」
手続きをしているレイツェルさんから少し離れ、先程揉めていた男性の方に目をやる。
女性の様に綺麗な長い髪を後ろの低い位置で結っており、その髪色は黒く暗い色なのだが光り輝いている様に見えた、顔立ちも良くかなり上品な人に見える、その男性は僕達が着ているのとは違う見慣れない服を着ていた。
服だけでなく、持っている剣?も少し変わった形をしており、少し湾曲した細い刀身をしていたので、簡単に折れてしまいそうと感じて見ていると、その男性と目が合う。
「どうしたんだい?」
優しい口調で言い少し近づいて来る。
「ご、ごめんなさい、珍しい格好だったのでつい見入ってしまって」
咄嗟に説明すると、目の前に来ていた男性が小声で耳打ちして来る。
「君、銀貨30枚貸してくれない?」
「え?」
反射的に声が出てしまった、男性の顔を見ると平然と涼しい顔をしていた。
聞き間違えだったのだろうか?それともこの人は本当に、お金借りようとしているのだろうか?と、考えていたが、ふと、さっきの光景が脳裏を過ぎる。
そして再び男性の方を見る。
「貸してくれないかな?」
小さくはあるも確実に聞こえた。
やばい人に目をつけられたかも知れない。
「い、嫌です」
顔を逸らしながらそう言うと男性は僕の腰にしがみつきながら叫び出した。
「頼むよぉ、ここ追い出されたらもう泊まる宿がないんだよぉ!お願いだよ!」
体をゆさゆさ揺らされながら今にも泣き出しそうに言われ剥がそうとしても離れない。
こ、この人、碌でもない!。
「は、話してください!やめっ!アクトさん!助けてぇ!」
焦りながら見ると、こちらを面白いものでも見るかの様に見ていた、この人も碌でもなかった!。
「お願いだよぉ、妹もいるんだぁ、僕たちを助けると思ってさぁ」
「わ、わかった、から離してください!」
僕が根負けしてそういうと、直ぐに手を離し何事もなかったかの様に立ち上がり、こちらに手のひらを上にして手を突き出して来る。
その手に渋々、銀貨30枚を渡す。
「ありがとう助かるよ、僕の命の恩人だよ、名前はなんて言うの?」
声をかけてきた時の様な優しい声に戻っていた、本当にヤバい人だった、もう関わりたくないかも知れない。
「ヒロです、お金は返さなくて大丈夫なので、では」
速やかに立ち去ろうとすると、僕の言葉を聞いて、嬉しそうに目を輝かせて肩を掴んでくる、必死に逃れようとするもの力が強く逃げられない。
「本当にいいんだね?本当に返さないよ!ありがとうヒロくん!君は命の恩人だ!このイズミ、君が困る様なことがあればどんな時でも駆けつけるよ、約束する!」
「言い過ぎですよ、本当に大丈夫なので、もう離してください、いや、離れて下さい!」
思っよりも食いつかれて逆に捕まってしまった。
肩を掴まれて揺さぶられている視界の端にレアツェルさんらしき人が一瞬映る。
瞬間、目の前のイズミと名乗る男が視界から消えた、何が起きたんだと周囲を見渡すと、僕から見て右の壁に張り付いているイズミと振りかぶった右足をゆっくりと下ろすレイツェルさんが視界に映る。
「ありがとうございます」
咄嗟に状況を読み取り礼を言う、レイツェルさんはため息を一つ吐く。
「あなた、また変なのに好かれたみたいね」
あはは、と苦笑いをして、イズミが目を覚ます前に、レイツェルさんの誘導で借りた部屋に行く事にした。
本当にもう付き纏わないで欲しいと願いながら部屋に向かっている途中、アクトさんの顔を見るとタンコブが2個できていた、まぁ、僕とは関係ないだろう、そう思う事にして目を逸らした。




