3日目②
リビングに通された二人が席に座ると、一人の老翁がお茶を持ってきた。
「さて、これはわしの夫、ゲナディじゃ。そしてワシが、村長のリュドミラじゃ」
「ミーシャです」「夫のウーノです」
夫婦そろってペコリと頭を下げる。ゲナディと紹介された老翁は寡黙なようで、目を伏せることで会釈の代わりとすると、リュドミラの横に静かに座った。
「さてと……それで、ウーノとやら。お主はどこから来たんじゃ?この辺では見ない顔じゃな」
見張り番同様の疑問を投げかけられた。ウーノは苦笑しつつ、身の上を話した。
「俺は西の方……西部新領のあたりから来ました。その途中で、魔物に襲われたところを妻に助けられて、その縁で結ばれました」
「なるほどのう、確かにあの辺りは、今は実にきな臭い……」
「反乱軍が……蜂起した……」
ゲナディが静かに呟くと、今日の新聞だろうか、テーブルの隅に畳まれていた新聞を取り出して、広げた。
昨晩目にした古新聞の続報の記事だろう。スーラフとガマニアの二国の戦争の推移が地図で紹介されていた。大雑把な形の世界地図付きだ。
ラシスカ帝国は元の世界で言うところの、スカンジナビア半島からロシア北部を領土としている。西部新領と呼ばれるエリアは、バルト三国からベラルーシの当たりだ。そしてその西にポツカ共和国、更に西にガマニア連合、スーラフ人民国と続いている。
ラシスカ帝国の東、ウラル地方。そして南、ウクライナやコーカサス地方は、開拓が進んでないのか地図が存在しなかった。
「ああ、そうじゃそうじゃ……スーラフの奴らが、ガマニアを破りそうなんじゃな。ガマニアが占領したポツカ領で蜂起がおこり、ラシスカでもそれが……なんじゃお主ら、新聞も読んでないのかえ?」
頭の上に?を浮かべる新婚夫婦を見て、リュドミラはため息をついた。
「いや、読もうとは思ってるんですけど……時間が取れなくて……」
イネッサから貰った古新聞は、まだ半分も読めていない。
スーラフとガマニアという、ラシスカの西にある国が戦争をしているのは知っていたが、詳しいことはまだ知らないのだ。
「はあぁ……最近の若い者はこれだから……良いか、去年の戦争ではガマニアがポツカに攻め入ったに乗じ、我らラシスカもかねてよりの係争地であった西部国境に兵を並べ、ポツカより西部新領を切り取った。しかしガマニアの劣勢で、彼奴らが得た旧ポツカ領で……」
年寄りは若者の無知に嘆きつつ、頼んでもいないのに世界情勢の解説を始めた。
ポカンとする若者夫婦を見かねてか、もう一人の老人がポンポンと片割れの肩を叩いた。
「落ち着いて……落ち着いて……」
ぶつぶつと小言を言うリュドミラを、ゲナディが宥める。そんな今まで何度もしてきたであろう、自然なやり取りを見て。ウーノはミーシャとも、この夫婦のように年をとっても支え合う関係でいたい、そんな風に思った。
「なんじゃ、これから良い所であるに。スーラフでの革命をじゃな……」
「また話し長いって、逃げられる」
「むぅ……まあ、良い。それで、お主らはもう、アモリア様への誓いは済ませたのかえ?ミーシャ、お主が流れ水の民と言えど、アモリア様に誓っておらぬのなら、村の神官に今からでも誓ってこんか。そうでなくては、結婚したとは認めんぞ」
村長の言葉に、ミーシャは頷いて上着をめくって見せた。
スカートのウエストの上にある、刻印を指さす。
「せ、先日、街で刻印を、刻んできました。お、夫にも、同じものが……あ、えっと、種類は、『貞淑な淫紋』です」
ミーシャの刻印を見て、老夫婦は驚いた表情を浮かべた。
「……刻印の種類など、言われずとも見れば分かるわい……確かに『貞淑な淫紋』じゃな……まさかお主らのような若いのがのう……」
「俺たちと……おそろい……」
ゲナディがコクコクと頷いている。街の神官も感心していたが、今時この刻印を入れるのは、だいぶ根性が入っていることらしい。明らかに老夫婦のミーシャとウーノへの視線が、優しい物に変わった。
文明が発展し、魔物退治や農業に昔ほど神頼みが必要がなくなった現在では、アモリア教を象徴する、夫婦の刻印はただ不便なだけな物として、廃れつつある。その中でも、親にも子供にも、異性であれば肌を触れられなくなる、余りにも苛烈な貞淑な淫紋は特に不人気だ。
それゆえに、村長夫婦のような今時の若者に思うところのある老人は、貞淑な刻印を刻むという行動に、大きな価値を認めているらしい。
「ふむ、まあ、土産も持ってきておることだしのう……そのように、刻印もしっかり刻んで居る。お主が流れ水の民であっても、アモリア様へちゃんと誓っておるのなら……よそ者扱いはせん」
「あ、ありがとう、ございます!」「ありがとうございます!」
二人はそろって頭を下げた。そのまま顔を見合わせて、笑いあう。
そのやり取りを、老夫婦もほほえましそうに見ていた。
「さてと……ミーシャ、所帯を持つなら何かと入用も増えよう。お主は魔法使いじゃしのう、買うだけでなく、素材やら魔石やら売ることも増えるじゃろう。取引に関わりそうな何人か、若いのを紹介してやろう。まずはそうじゃな、魔石を運ぶがてら、ゾーヤを紹介してやるぞや。ついてまいれ」
リュドミラが立ち上がると、二人はその後を追って家を出た。
するとすぐに、一人の若草色の髪をした女性と出くわした。30代くらいの、快活そうな女性だ。
「あ、村長!聞いたよ、魔石を持って森の魔女が挨拶に来たんだって?」
「おお、ゾーヤか。ちょうどよかったわい。ミーシャ、こ奴がゾーヤじゃ。村の運搬係をしちょる。ゾーヤ、こっちがミーシャじゃ。わしはこ奴を認めた。よそ者扱いはせんようにな」
「よ、よろしくお願いします」
ミーシャが緊張しながら頭を下げた。
「へえ?そっちの男が、噂に聞く魔女の花婿?西の方から来たんだって?」
村社会と言うのは情報が出回るのが早いらしい。ウーノはミーシャに続いて頭を下げた。
「ウーノです。妻がお世話になります」
「はあん……まあ、いいさ。魔法使いを名乗れるくらい強い奴は、みんな一旗揚げるって言って街に出ちまうしね。村に住む魔法使いが増えるのは、いいことだ。あんたが村の仲間として、ちゃんとやってくれるなら歓迎だよ」
ゾーヤは頷いて、ミーシャに手を差し出した。ミーシャがためらいつつも握り返すと、ブンブンと手を振る。これで友情成立らしい。
手を解くと、ゾーヤはガハハと笑って、ミーシャの肩を叩いていた。陰キャコミュ障のミーシャには眩しすぎるのか、顔が引きつっていた。
「では、土産の魔石を、倉庫に運び。わしらは他にも紹介しちょる」
「ああ、分かったよ。じゃあな、ミーシャ!」
ゾーヤに見送られて、夫婦は村長と共に、数件の家を回った。
一日で大勢の初対面の人物と話すことになったミーシャは、すっかり目を回している様子だった。
「ミーシャちゃん、大丈夫……?」
「だ、大丈夫です……」
明らかに大丈夫ではないが、夫に心配を掛けさせまいと、ミーシャは気丈に振舞った。
今日は家に帰ってゆっくりしよう。夜も激しくはせず、まったり……
村長とも別れ、後は帰るだけ。そんな風にウーノがこの後のことを考えていると、近くから言い争う声が聞こえた。声の主の一つは、ゾーヤのようだ。
「何かトラブルか……?」
「なんでしょうね、行ってみましょう!」
ウーノは新参者が口を挟んでいい物か悩んでいたが、ミーシャは吹っ切れたのか野次馬しに行く気満々だった。
心なしか、目が濁っているしハイライトも消えている気が。完全に正気を失っている。
ウーノが止める間もなく、ミーシャが歩いて行ってしまったので、彼も仕方なしに後を付いて行く。
「勘弁してくれよ!俺に血肉をかき分けろっていうのかい!?」
「あんたの仕事は魔導車の整備だろうが!エルモライ、ちゃんとしいよ!」
言い争っているのは、ゾーヤと、彼女と同じくらいの年の男性、エルモライと呼ばれる人物だった。
「あ、あの、どうしたんですか?」
「んあ、ああ、ミーシャ、あんたか。ああ、紹介するよ、こっちの役立たずが、私の夫の、エルモライだ」
「ゾーヤ!」
喧嘩の最中らしく、二人は少し険悪な雰囲気だった。
「なんだい、事実だろうが。魔導車の整備を任せてたのに、それができないだなんて」
「僕は男だぞ!整備はしても、血に触りたくないんだよ!」
エルモライはバシバシと、近くにある大型の牛のような魔物、いや魔導車を叩いて見せた。
どうやら魔導車のことで、何かトラブルがあったようだ。
「あ、これ、魔導車ですか?俺も少し興味があって……整備のことでしたら、何か手伝えるかもしれません」
ウーノが名乗り出ると、エルモライは怪訝な顔をした。
「君は……?」
「あ、すみません。ウーノと言います。この度、こっちのミーシャちゃ……ミーシャと、結婚しました。よろしくお願いします」
ウーノの説明に、エルモライは納得した表情を浮かべた。詳しく言わずとも、もうだいたい伝わっているようだ。
「そうか……いや、申し出は嬉しいけど、君でも無理だと思うよ。これの調子が悪いのは、臓物のパーツだからね。腹を裂いて、血とか色々見ないといけないから……」
エルモライは顔を青くしながら言った。日本でも採血の時に血を見て気分が悪くなる男性はいたが、この世界ではなおさらその傾向が強いらしい。
じゃあゾーヤがエルモライから指示を受けてやればいい……とはならない。魔導車は複雑な生体工業製品であり、最低限の知識が無ければ指示が理解できない。ウーノは図書館で、その最低限の知識を学んだので、エルモライの指示があれば魔導車を整備できる自信があった。
「あー……いや、大丈夫です!指示をしてくだされば、俺がやってみますよ!」
一瞬躊躇したものの、ウーノは頷いて見せた。
「え、でもウーノさん、血が恐いんじゃ……」
そんなウーノの袖を、ミーシャはクイクイと引っ張った。ウサギを解体したときに、少し血が付いただけで怯えていた姿を、覚えているのだ。
「はは……いつまでも怖がってるばっかりじゃ、男が廃るよ。俺は大丈夫だから、ちょっと待ってて……エルモライさん、指示をお願いします」
ウーノはミーシャを撫でて、灰色の長手袋を脱いだ。素肌で血肉に触れるわけだが、固い手袋をしたままでは作業がしにくい。覚悟を決めた男の表情をするウーノを見て、エルモライもまた覚悟を決めたようだ。
「分かった。じゃあ、まずは関節の魔導具を……」
ウーノはエルモライの指示に従って、牛の魔物の中をかき分けて、整備を進める。魔導車は魔物の死体を魔導具で改造したサイボーグゾンビ。その死肉は未だに生暖かく、頬に血が滴り、爪の中に肉片が入り込む。しかしそれでもウーノは一歩も引かず、整備を続けた。しばらくして、調整が完了して試しに手綱を握ると、魔導車はちゃんと動き出した。
「こ、これで大丈夫ですかね?」
「ああ、助かったよ!ウーノ君、ありがとう!」
似た物夫婦と言うべきか、エルモライはウーノの肩をバンバンと叩いて、アハハと笑った。
体を張った甲斐があって、ウーノもまた村人と交流を深めることができた。
「……あんたの夫、肝が据わってるねえ」
「ふふ、はい!私にはもったいない、とっても素敵な奥さんです!」
ゾーヤの呆れるやら感心するやらの感嘆に、ミーシャは笑顔で頷いた。




