68話 最終決戦 其の1
ヴァルナの操縦席で聖が決意を固める一方――
「無意味だと分からないのか、雑魚共がッ」
外での儚い、細やかな反抗、名うての鐵操縦者にヴィルツという且つての敵同士が手を結んでの共闘はミトラの片手間によって呆気なく鎮圧された。
冷めた言葉が天穹城に広がる惨状に拍車をかける。イクスの視界には見るも無残に破壊された鐵、横たわったまま動かないヴィルツの巨体が映る。ヴァルナと同性能の機神に勝つなど不可能。しかし、それでも動かずにはいられなかった。現状を覆し得るヴァルナと九頭竜聖の援護はに動いた気持ちに偽り無し。だが、それ以上の怒りに支配されての行動だった。
命を懸けた戦い、神経をすり減らし、人間性と寿命を削りながら戦い続けた日々は仕組まれたものだった。そんな戦いに大勢が死んでいった。戦いも、死も無意味だった。全てがイクスという男が仕組んだ出来レース。怒るなというのが無理だった。そんな人類の怒りにヴィルツも触発された。
「何をしているか知らないが、今の内に封印させて貰う。ディーヴァ」
視線を上げたイクスが4機のアスラに指示を出す。視線は未だ動かぬヴァルナを睨む。イクスの思考は常に一つ。来るべき絶望に九頭竜聖を送り届ける。Project Re:V earthの破綻など些事。唯一絶対、その目的だけ果たせれば己の勝利と考える。
「どうした?どうして返事をしない?」
頭に描く己の勝利が、異変に揺らいだ。アスラを駆るディーヴァシリーズが返事をしない。何が起きた、とイクスが視線をアスラに向けた刹那――
「も、申しわ」
辛うじて一機から謝罪が聞こえたかと思えば、アスラが細切れにされた。
「な!?」
驚くイクス。その目の前で、残る3機も同様に切り裂かれ、青海へと消えていった。不可視の斬撃。
「お前を、止める」
横たわった兵士が、膝を付いたまま天を仰ぐ為政者達が声の先を追う。
「九頭竜聖ィ!!」
怒りに臍を噛むイクスが凝視する。その先に、後光を背に立つヴァルナの姿があった。
「任せて良いか?」
「はい。もう大丈夫です」
「そうか。見つけたのか」
武儀の言葉に迷いなく答える聖に、彼は察した。曖昧ではない、明確な意志が九頭竜聖の中に生まれたのだと。その意志は人類に向いていないかも知れない。だが、それでよい。人が単独で人類全てを救うなど傲慢でしかない。同様に、誰か一人に人類の救済を任せる事も。
「行け、九頭竜聖。世界は、君一人の我儘を許容できないほど狭くはない」
武儀が――
「私達は気にしなくていいよ、九頭竜聖。それから伝言だ」
麗華が――
「自分よりも誰かを優先するという思考は自分の卑下と同義だ。その考えを利用した俺達は勿論、お前も間違っている。だけど、誰かを助けようって方は別だ。自分の後に、誰かを助けてやれ。お前なら出来るよ」
遠く離れた誰かが、図らずも、知ってか知らずか、九頭竜聖の決断を肯定する。
「はい!!」
「君はァッ!!」
「お前だけはッ!!」
互いが絶叫し、激突する。神の名を冠するヴァルナが神戸に封じられていた真価を発揮すれば、ミトラも呼応するように出力を上げる。超高機動による無数の斬撃。互いの刃が交差する度に、大海はうねり、空は裂け、天穹城が震える。
「ハハ。やはり凄いよ君は。その力で」
「黙れッ。未来未来って、お前はその為にどれだけを!!」
「知らないね」
「他人の痛みが分からないのか!?」
「君なら分かると?なら、僕の痛みも理解してくれよ」
迷いを捨てた聖とイクスの実力は拮抗状態。
「まるで人間みたいな事を言うなよ!!」
余裕の言動を聖は一言で斬り捨てた。が、言葉に反し余裕は無い。本来ならば拮抗などあり得ない状況、その理由は明白。
「やはり」
「我々か」
武儀と麗華が吐き捨てた。互角の状況を生み出す理由は、九頭竜聖が本気を出せない理由は彼が天穹城を守っている為。無意識に射角から外し、盾になる様に動く挙動はイクス側にすれば非常に読み易い。
「言葉と行動が伴っていないね?ならばその甘さを」
「アナタは何も分かっていない」
しかしイクスは失態を晒す。九頭竜聖が天穹城の存在故に本気を出せない弱点を抱えているならば、イクスは九頭竜聖という規格外の人間に拘り過ぎるという弱点を抱えていた。故に、コロの存在を完全に失念していた。
「何ッ!?」
海中からの一斉射撃。からの急加速でミトラを拘束するヴァルナ。死角からの不意打ちが突き刺さる。振動は操縦席を伝い、イクスを揺さぶった。生まれる僅かな隙。その間に――
「灰、転移かッ!?」
ミトラの背後に灰色の月が昇った。月の正体は超長距離を瞬時に転移する為のゲート。ヴァルナは単独でゲートの解放を行い、離れた場所へと瞬時に転移する機能を備えていた。神戸が封印し、エルザによって解除された機能を使い、ヴァルナは空へと飛んだ。門が繋いだのはリグ・ヴェーダ直上。雲一つない好天の空に、ヴァルナとミトラが姿を現した。
「AI風情が、僕に説教をするつもりか」
ヴァルナを振り解いたミトラが不快感を吐き出す。ジワジワと、少しずつイクスの仮面が剥がれ落ちる。計画の阻害が、抑えていた本性を剥き出しにし始めた。