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4話 崩壊

 避難所は混乱していた。無理もない、ヴィルツの出現によりそれまで安全だった日々は過去のものとなってしまったのだから。


 日本、取り分け本州は大陸から離れているという地理的条件などの要因でヴィルツは出現していなかった。現状、日本で上陸を許しているのは北海道のみ。誰もが何時しか本州まで、と考えていた仮初の平和は今日この日、遂に破られた。


 出現地点はS市に隣接するK市。日本の防衛を一手に担う自衛隊は既に鐵の量産型である鐵改(クロガネ・カイ)を展開していたが、その上で首相の一存で黒鉄重工の精鋭、治安維持部隊シュヴァルツアイゼンにも応援を要請した。更にS市、及びその周辺は緊急避難地域としてK市からの避難民受け入れ体勢まで整えられた。迅速な手配に誰もが安堵を漏らす。が、一時の事。


「信じられません。一体、何処にこれだけの数が隠れていたんです!?」


 傭兵の一人が漏らした怒号に、避難所の空気は容易く煽られた。不安が、瞬く間に波紋の様に広がり、人の心を締め付ける。


「馬鹿ッ、お前こんなところで!?」


「でも、こんな数!!」


「現時点で『殻付き』は確認されていない。俺達と後詰(ごづ)めの自衛隊だけで十分だ」


「でも、主力は何時来るんです!?」


「ハァ、全く。直に来る手筈になっているさ。それに、そんなに怖きゃあ逃げればいいだろ。最も、安全な場所なんてもうあそこ位しかないがな」


 隊長と思しき人間は混乱する部下に吐き捨てると、黄昏に染まる空を見上げた。宇宙ではなく、空でもない。死。それ以外に安息は無いと、皺の寄った壮年の顔が物語る。


 しかし事実。地上にいる限り脅威から逃れられない。辛うじて侵入を阻止出来ている一部の島国|(日本の本州、オーストラリア、ニュージーランド)以外の全ての国は常に死と隣り合わせという有様。しかし、今日この日をもって本州が安全圏から消えた。傭兵達の会話は、未だ自分達は安全だと何となく蚊帳の外に置いていた平和主義の避難民を恐怖の底に突き落とすには十分だった。


「ちょっと、大丈夫なんでしょうね!?」


「ちゃんと守ってくれなきゃ訴えるわよ!!」


 そんな風に避難民達が声を荒げるのは自然の流れ。安全の崩壊はモラルの崩壊と同義。誰もがもう過ぎ去り、二度と戻らない穏やかな日々を求めて無意味な衝突を繰り返し始めた。


「コッチも最大限努力するから、とにかく黙れよ」


「まぁ、なんて言い草!!」


「知るか。コッチだって仕事だ、金の分はキッチリ働く。だからとっとと黙れよ!!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)。元より、今現在部隊を展開する黒鉄重工所属の部隊は自衛隊や国際連合軍とは違い、正規の軍という訳ではない。統率は取れているが、中心にあるのは金銭と名誉その他諸々。彼等はヴィルツ討伐により黒鉄重工から支払われる報酬が目当てで、間違っても世界平和など考えてはいない。衝突が起きるのは自明の理。


「あ、あの……」


 全く気の休まらない避難所に、聖の声が小さく響いた。


「あ?なんだよ」


「す、すみません。実は、あのまだ避難出来てない人がいるようなんです」


「で、何?」


「な、何って。その、出来れば助けに向かって欲しいんですけど」


「残念だが諦めろ」


 救助を要請する声に、冷めた返答が壁を作る。九頭竜聖の要請をシュヴァルツアイゼンは一言で突っぱねた。


「そんな」


「避難警報出たら直ぐに行動ってさぁ、割と安全なこの国でも常識じゃねぇのか?」


「それじゃあ、アナタ達は何の為」


「金。それ以外に何もねぇよ。助けたきゃあ許可出してやるからテメェで行け」


 平行線。もうダメだと悟った聖は無言で踵を返した。彼が探すのは顔なじみの骨董品店の店主。お人よしな性格を知りながら利用せず、時に面倒を見てくれた数少ない人物であり、また聖にコロを売った人物でもある。


 避難所近傍に店を構える彼もこの場所に避難している筈なのだが、どうしてかその姿が見えない。聖の胸に一抹の不安が過る。あの適当な人の事だから酒でも飲んだくれて寝ているのか、あるいはジャンク探しに夢中になって。そんな悪い想像だけが際限なく彼の中に膨らみ続け、心を蝕む。


 黄昏時の闇が心をも昏く染める。助けなければヴィルツに殺されてしまう。最悪の死。知人の最期に、彼の胸が激しく揺らいだ。


「あの、私が探しに……」


 足元に縋る声に聖が見下ろせば、[● ●](丸い目)で心配そうに見上げるコロの視線とぶつかった。


「いや。ココで待ってて」


「でも」


「大丈夫。自転車なら直ぐだから。中の様子だけ見て、いなかったら戻って来る。必ず」


「はい……」


 聖の決意を止められぬコロは一言呟くと、しょぼんと俯いた。コロは、コロだけは心底から九頭竜聖の身を案じる。が、当人には通じず。コロは理解している。酷く重くて、歪な何かに彼の人生は絡め取られていると。しかし、己では救えない。


「ねぇ。戻るんでしょ?だったら家にも寄ってちょうだいよ」


「ちょっとズルいわよ。ね、聖君おねがい。おばさん助けると思って」


 その一端が、方々から声という形を取り始めた。危険を承知で市内に戻る聖に、更に重石を乗せようとする声が。


「あ、あの駄目ですよぉ」


 細やかな抵抗は、しかしギロリと睨みつける視線に容易く黙らされた。歪な何かの前ではコロの存在など無きに等しい。九頭竜聖も、悪意を塗り重ねる市民の声も止められないコロは、モニターの表情をコロコロと変えながら右往左往するしか、力ない笑顔で避難所を後にする聖の背中を見つめるしか出来なかった。

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