0話 九頭竜聖
正体不明の巨大ロボ、通称「白騎士」が北海道に出現したヴィルツを退けるセンセーショナルな出来事からおよそ10カ月後、2035年10月15日。
岐阜市内、岐阜機工高等専門学校内の訓練場では、今日も一人の少年、模擬戦のモニター越しに敗北を喫していた。鋼鉄の壁を背に、人型重機鋼の警告ランプが赤く瞬く。分類上では大型特殊自動車となる、軍に採用される最新型の人型兵器「鐵」、及びその量産機「鐵改」を誰でも扱えるよう極限までデチューンした代物。如何に高い操縦技能を持とうとも、勝つなど不可能に近いと誰もが評する程に性能差は歴然。衝撃が機体を揺らし、操縦席のシートが聖の背中を突き上げる。
「また右装甲が飛んだぞ、九頭竜 聖!!」
教官の声が通信越しに響く。表情は変えず常に見守り、時に檄を飛ばすに終始する教師。聖は操縦桿を引き、視界の端で鐵改の巨体が弧を描くのを追った。しかし僅か反応が遅れる。次の瞬間、振動がシートを叩く。衝撃吸収材が悲鳴を上げ、計器が赤く点滅した。再び突き出される巨大な鋼の腕。聖はギリギリで防御姿勢を取るが、機体の左腕は吹き飛ばされ、モニターが砂嵐に包まれる。
動きが鈍い。ほんの僅か、いつもと違う。鋼の操縦系統に見えない細工が施されていると聖は気づいた。特に右腕と推進制御が鈍い。
「今日もポイント貰ってくぞ!!」
軽薄な声が通信から鼓膜を揺さぶる。眼前に鐵改が迫る。機体が唸り、センサーに映る巨体が影のように覆いかぶさる。聖は必死に思考を巡らせる。
動きが鈍いならば、と装甲をパージしながら同時に機体を倒し、重力が生む加速と共に攻撃を回避する。素早く操縦桿を引き、通過する剛腕を捉えようと試みるが、彼の駆る鋼はまるで水の中を進むように鈍い。止め――
「よし、終わりだ」
とはいかず、教師が声を張り上げた。同時に訓練終了のアラームが鳴り響く。いそいそと端末に結果を記す教師の表情は真剣そのもの。対照的に、その横で訓練の一部始終を見守っていた大半の生徒は軽薄な笑みを浮かべる。誰もが一様に同じ感想を抱く。
「所詮は共鳴レベル0だしね」
「あぁ、鋼しか乗れないんじゃねぇ?」
「大体レベル0じゃあ車の運転も無理じゃん。アイツ、なんで必死に操縦訓練の授業受けてんだ?」
「必死なんだろ?てか必死過ぎて笑える」
同級生どころか下級生に至る誰もが聖を辛辣に評価した。教師を除いて、だが。しかし、生徒の誰一人としてその点に気付かない。彼が共鳴レベル0という、たったそれだけの理由で軽薄に、残酷なまでに見下す。
※※※
夕方、訓練棟を出た聖が薄く夕焼けの残る校門を抜ける。
「またボロ負けかよ、ゼロ共鳴」
「いっそ辞めちまった方が身の為だぞ。真面目な話な」
帰り道、同級生たちの嘲笑が背後から飛んできた。言い返すことなく歩く。胸の奥に小さく沈む鈍い痛み。これも、もう日常の一部になっていた。何故、自分はこうなのだろう?痛みの裏に抱える疑問は、しかし心の中に沈み込んでいった。
※※※
玄関の自動ロックが解除されると、小さな機械音が近づいてきた。
「おかえりなさいませ、旦那様!!」
金属の足音と共に現れたのは、膝ほどの高さのブリキ型をした人型ロボ。小型のブラウン管テレビの様な形状のヘッドに正方形のボディ、車輪付きの脚部と簡素な腕部の付いた、シンプルよりも雑と表現するに相応しい形状をしている。家事手伝い用ロボ、コロだった。だが勢い余ってバランスを崩し、そのまま持っていた洗濯かごを床にぶちまける。
「ま、またやってしまいましたぁ……」
聖はため息をつきながらも、しゃがみ込んで散らばった洗濯物を拾う。
「いいよ。それより怪我はない?」
「はい。私は頑丈なので大丈夫です」
コロの頭部モニターが小さく明滅、哀しみ、喜びと様々に顔を切り替え始めた。この家に、家族と呼べる存在はいない。唯一、コロだけが彼の心を支えていた。訓練での敗北も、帰り道の嘲りも、家に帰れば消えていく――小さな機械のぎこちない動作と、拙い言葉がある限り彼の心は平穏に満たされる。
※※※
翌日。日本の報道機関が一斉に話題を切り替えた。白騎士に関する報道よりも優先されたのは、黒鉄重工重役が愛知県名古屋港に到着したとの一報。安全圏である日本に兵器工場を誘致する交渉の為である。が、何故か隣県の岐阜県までも物々しい警戒態勢に包まれた。その理由は――
「何で重工がこんな場所に?」
岐阜機工高等専門学校は唐突な来客に湧きたった。黒鉄重工の関係者が何をどうしてか視察のため同高を訪れた。黒鉄重工。ヴィルツを討伐し得る唯一の兵器「鐵」の製造技術を保持する、世界最大の軍需企業。当然、世界への影響力は絶大。彼等の兵器失くして世界は存続できず、故に――どれだけ傲慢な提案であっても受け入れざるを得ない。それは安全圏であっても等しく。
だからこそ、誰もが黒鉄重工への入社を願う。社員として、同社が擁する世界最強の傭兵団「シュヴァルツアイゼン」として。夢が手の届く場所に来た高揚感に生徒達は浮足立つ。ココで己の能力をアピール出来れば夢は現実のものとなる。
生徒達が「良いところを見せよう」と張り切る。が、重工側の反応は何ともそっけない。集まった高等専門学校の精鋭を前に、重役達も傭兵団達も落胆の色を隠せない。
「不在?」
「はい。申し訳ございません。その生徒は何分……奨学金が」
「そう、か。確か、共鳴レベルが」
「はい。出生時、入学時共に0なのは確かですが、その……彼はそれに加えて両親が」
「え、いないの?」
「3年前、海外出張中にテロリストの襲撃にあって……2人共亡くなっています」
「そう、それで。是が非でも見たかったのだけど、なら良いでしょう。また次の機会にでも」
重工の視線が向いたのは、共鳴レベル0の九頭竜聖。しかも、重工の頂点、美貌の才媛が来訪したとあれば思春期の――特に男が盛るのは必然だった。
「うお、すっげ美人」
「だけどよぉ。なんで俺達じゃねぇんだよ」
「ああ、しかもまた九頭竜聖だッ」
注目を奪われた生徒たちは苛立つが、当人がいなくてはどうしようもない。こうして、また一つ九頭竜聖への不満が募る。
重工だけではない。口にこそしないが教師陣の誰もが九頭竜聖を誰よりも高く評価していた。その点に生徒達は苛立つ。何故、どうして――と。だが、心の奥底では結論を出している。出して尚、認められない。九頭竜聖がこうまで評価されるのは、自分達よりも操縦技能が高いからだと。しかも、圧倒的に。
だが、認めるなど出来ない。九頭竜聖は共鳴レベル0。人類が生まれ持った特殊技能。黒鉄重工が開発した対ヴィルツ用兵器、鐵に採用された特殊なフレームと共鳴し、力を引き出す技能。彼は生まれながらにその技能が欠落していた。
それはこの世界において致命的な欠点。また、同技術は現在の主力輸送手段である自動車と船舶にも採用された。結果、地球は「共鳴」という才覚なき人間に殊更残酷な世界へとなり果てていた。




