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33話 癒えない傷

 ヴァルナの戦闘モード移行に伴い、機神の周囲を舞う龍が刃となり、切っ先を鋼の一群に向けた。その光景に身をもって攻撃を体験した連合は元より、映像で苛烈な攻撃振りを知った重工側も恐怖で動けなくなった。しかし真に心と身体を縛るのは困惑。全くの予兆なくいきなり攻撃準備に入った理由が分からないただ一つだけ、九頭竜聖は自らの意志で攻撃するつもりだという、それだけしか分からない。


「誰の事だッ!?」


「誰にせよ、一々覚えてなんていねぇよ!!」


 鋼の一機が、今まで殺した数など覚えていないと吐き捨てた。


「ふざけるな。何で、お前達のせいで!!」


「落ち着きなさい、コイツ等が両親の仇とは限らないッ!!」


「は、仇ィ!?」


 割って入ったエルザの言葉にアイザック達は事態を把握した。九頭竜聖の両親は武装組織が使う鋼に殺されている。クソ、と誰かが掃き捨てた。アイザックも後悔を吐き出す。法を無視してでも最速で鎮圧すべきだった、と。現に第五次ネスト攻略作戦を前に損耗を抑えるという最もらしい理由も有った。失態。が、事態は瞬きする間に引けぬところまで進んでしまった。


「コロちゃん、彼を止めて!!」


「嫌です」


 ダメ元でコロを頼ったエルザ。しかし返って来たのは想定通りの回答。九頭竜聖を最優先する彼女はその苦悩を間近で見て来た。だからこそ九頭竜聖と同様に、彼を苦境に落とした元凶である武装組織を許す訳が無かった。


「殺してしまえば彼は殺人者。両親を殺した武装組織と同じになる。アナタ、それでいいの!?」


「私は、旦那様と共に生きます。何をしてでも、絶対に」


「九頭竜聖、考え直せ!!事情云々はともかく、お前はこの先に必要なんだ。こんな形でお前の人生に傷をつける必要はない!!」


「武装しなければならなかった理由は全部ヴィルツよ。ソイツさえいなくなれば!!」


「分かって、分かってるさ!!だけど、頭では……」


 理屈では分かっていても頭が拒む。エルザとアイザックの言葉が正しいと分かっていても、過去が、善意を仇で返された痛みが心を掻き毟る。コイツ等さえいなければ自分は平凡に生きられた、高校も退学する必要なく、その後もごく普通に生きられた。そんな、有り得たかもしれない仮定が彼の背中を優しく押す。裏地球での疲弊が癒えぬ今、押し返す胆力は無い。


「チィ!!」


「駄目か」


 アイザックとエルザは覚悟を決めた。九頭竜聖が心に負った傷は想像以上に深かったが、一方で今の今まで表に出す事は無かった。幾重にも重なった不幸の連鎖に怒りを抑える理性を削り取られてしまった。言葉では止まらない彼を正気に戻す為には――


「納得なんて、納得なんて出来るか!!」


 吐き出した怒りと共に、ヴァルナの周囲を舞う剣の数本が鋼に向けて撃ち出された。


「あ」


 その先の光景に、九頭竜聖を含めた全員が言葉を失った。


「お、オイ!?」


「な、なんで!?」


 剣が突き刺さったのは鋼、ではなく鐵。アイザックとエルザが捨て身で剣を防いだ。しかし、身を挺した代償は大きい。両機共に四肢はもがれ、操縦席は完全に貫かれていた。


「あ、エルザ……さん」


 鮮烈な光景に、怒りで正気を失っていた九頭竜聖が正気に戻った。もう、こうするしかなかった。怒りを超える衝撃で感情を押し流す以外に、今の九頭竜聖を正気に戻す方法は無かった。が、その代償は大きく――


「殺すんじゃねぇよ馬鹿。だそうだ」


「私も生きてるわよ」


「え?あ、もしかして」


 鐵からの通信に、蒼白だった聖の顔に血色が戻った。二人共に生きていると、顔に安堵が浮かぶ。


「遠隔だよ。アイツ等揃って人類最高レベルだからそう言う芸当が出来るのさ。ともかく、今は落ち着け」


「あ……す、すいません」


「気に病むな。戦場では往々に正気を失う事もある。ソレがつい最近まで戦いと無縁だった少年ならば尚の事だ」


「あーあー、聞こえるかァ?」


「ちょっとアンタはでしゃばらないでよ。聞こえる、聖クン?」


 アイザックとエルザからの通信。聖は言葉を詰まらせる。反応は出来ても言葉が出てこず。無理もない。遠隔でなければ殺していたし、身を挺して攻撃を逸らしてくれなければ人殺しとなっていた。


「あ、ごめんなさい。その」


「落ち着いたなら良いわ。言いたい事はあるけど、一先ず今日の件は不問にします」


「それどころじゃなくなったんだよ。反応、捉えてるか?」


「え、あ」


「ヴィルツです、旦那様。しかも、大群です」


「そんな」


「さっきも言ったけど、武装組織が鋼を使う主な理由は自衛の為よ。誰もが都市部に住める訳じゃない、危険域に住まざるを得ない人達もいるの。鐵も、鐵改もヴィルツの総数に対し圧倒的に不足していて、危険域に住む人達は身を守る為に力が必要なの。だけど法で縛られている訳じゃないから物資強奪の為にも使う」


「真っ当じゃねぇよなぁ。でも、よく聞くんだ。コレが安全圏が知らない、映像じゃあ伝わらない世界の現実だ。常に死と隣り合わせで精神すり減らして、遂には人間らしさまで無くしちまう地獄みてぇな世界だ」


 エルザとアイザックが語る真実に聖は少なからずショックを受けた。広い世界を知らなかった彼はこの時、初めて知った。地獄の様な人生を送っているのは自分だけではなかった、と。


「これが……」


「今すぐに受け入れる必要はないわ。だけど今は前を向いて。行けるわよね?」


「はい」


 ヴァルナから聞こえる聖の声からは、怒りも迷いも消えていた。荒治療ではあったが、何とか正気に戻せた。一先ずは安心だと、エルザは深いため息をついた。


「鋼の人」


 不意に、聖が武装組織に呼びかけた。アイザックは動揺し、エルザは吐き出した溜息を慌てて飲み込む。


「な、なんだよ!?今更、どうしようも」


「ごめんなさい」


「は、え?」


「それから、この周囲のヴィルツを全部倒してきます。そうしたら暫くは安全になると思います」


「な、何言ってる!?単機でアレを全滅させられる訳が!!」


「だから、もし終わったら、その力を人に向けるのは止めて下さい」


「そんなの、出来る訳ッ!!」


「行こう、コロ」


「はい、旦那様。あの、でも」


 淀みなく前を向く聖に、コロが僅かな懸念を示した。彼女が気に掛けるのは裏地球で出会ったヴィルツ。もしかしたら、地球のヴィルツは何らかの要因で好戦的になっているのかも知れない。だとすれば、無意味な殺りくは聖の心に暗い影を落とすのではないか、と。


 僅か前まではそんな事など微塵も考えなかった。しかし、エルザとのやり取りが彼女の考えを変えた。何も考えず九頭竜聖を肯定する事が果たして彼の為になり得るか。その迷いが、言葉に現れる。しかし――


「俺はもう大丈夫」


 コロを見つめる彼の目に、コロの迷いも晴れた。


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