30話 過去
夜は更に深まる。が、聖もエルザも眠ることが出来ないでいた。存在さえ知らなかった未知の惑星に何の準備もなく放り込まれた不安が時と共に少しずつ思考を圧迫し始める。
「ねぇ」
パチパチと燃え上がる焚火の向こうに座るエルザが聖に呼び掛けた。
「ン、何?」
同じく焚火の傍で夜空を眺めていた聖の視線がエルザへと降りる。寒さと疲労で参っているが、かと言って眠る事も出来ない焦燥がオレンジ色の光に浮かびあがっていた。
「まだ星を見てたの?」
「不思議だなって思って」
「そっか。ねぇ、なんで星が好きなの?」
屈託ない、何気ないエルザの質問。だが聖は何も語らず、コロもヴァルナの肩から冷めた視線で見下ろす。寒さとは違う明らかな空気の重さにエルザは『言いたくないなら良い』と返したが――
「誰かと会いたくないから。会えば、みんなが一様に何かを頼んでくるから」
意を決した聖が口を開いた。誰かを助けるという両親の教えが彼の信念である点は間違いない。しかし、両親の死が強固と思っていた信念にヒビが入った。多感な時期に経験した両親の死、悼む間もなく利用する周囲の人間。ダメ押しに共鳴レベル0という烙印。一方、両親の教えは既に変えるなど出来ない程に根付いていた。夜に星空を見上げるという趣味は、『誰かを助けたいが、誰とも会いたくない』という矛盾に折り合いをつける為に生み出した苦肉の策の副産物。
「助ける、って言葉に縛られているって聞いたわ」
ソレは聖の心の奥底に澱のように溜まった昏い感情、認めたくない己の弱さ、一人でずっと抱得込んで来た本心。エルザの指摘に聖は何も語らない。
「私も同じ」
ややあって、エルザも本音を零した。僅かに白んだ吐息が夜空に消える。
「誰も頼るな、一人で何でも出来るようになれ。そうやって育てられた。勉強も、運動も、武術も操縦技術もなんでも。全てを完璧に、重工をヴァイスベルクの手に。私は、その為の道具。だから、甘える事も許されなかった」
「でも、社長って」
「ただのお飾りよ。実質的な中心は違うわ。通称、第一研。鐵の製造改良を一手に担う一部署が、黒鉄重工の全てを実行支配している」
「そんな話、聞いた事がない」
誰も知らなかった黒鉄重工の真実に唖然とする聖。そんな彼にエルザは一言で吐き捨てた、『でしょうね』と。
「社の実権を取り戻す為、私は全てを完璧にこなさなきゃダメだった。少しでも油断すれば第一研の傀儡にされてしまう。酷い会社だよ。でも一番酷いのは、そんな会社に私を入れた父と母」
自分を知る人間が誰もいない世界で、あるいはだからこそエルザも本音を暴露した。聖と同じく心の底に溜まった、今まで誰にも言えなかった本音を語り終えたエルザの頬に一筋の涙が伝った。満天の星の光を反射して輝く涙が地面に落ち、染みを作る。その様に聖は酷く共感した。両親の呪縛という苦痛を抱えているのは自分だけではなかった。
「俺も父さんと母さんの言葉を信じてたけど、だけど報われた事なんて一度もなかった。でも、もう何も言えない」
苦しんでいる。そう気づいた。互いが、誰にも見せまいと決めた傷を晒した。膿んで、爛れた心の傷。深く抉られた心を、もう片方の心がそっと撫でた。その分だけ、ほんの少しだけ近づいた気がした。何方ともなく、クスと笑った。
「ひょっとして」
「殺されたも同然だ。皆が怖がって行かなくて、だから毎度の如く危険な海外出張に回されて」
「そっか。ヴィルツに……」
「いや。武装組織だって聞いた。レアアースを狙って武装した『鋼』で攻撃を仕掛けて。遺体、無かったって」
言葉を区切った聖も夜空を見上げた。目にはほんのりと涙が滲む。3年前の出来事だが、まだ自分の中で割り切る事が出来ない。コロも未だ痛みにのたうつ聖の心情を黙って聞き入る。
「鋼って元は優秀な操縦者を探す目的で造られたの。だから、圧力掛けて強引に重機として各国に輸出した」
「それも第一研ってところが?」
「そうよ。そしないと直ぐにでも劣勢になるからって、ね。正しいけど、だけどアイツ等も私もこうなるって分かってて見ないフリをした」
人型という、利便性を投げ捨てた重機が誕生した経緯を複雑な表情で聞き入る聖。鐵改を更に一般向けに改良した鋼の操縦方法は鐵や改と同じ。またパーツ規格、整備方法も。となれば当然兵器への転用も容易。管理を完璧に出来るならば問題無いが、現実は無常。
「勝つ為に形振り構わないやり方じゃあいずれ……だからかな、世界がこんなにおかしくなっちゃったのは」
そう結んだエルザは、ぼんやりと夜空を見上げた。釣られる様に聖も空を見る。地球と同じ満天の星空に淀んだ心が少しだけ洗い流された様な気がした。
「こんな世界だから他人への優しさは必要だってのは分かるんだ。だけど」
「正しいよ。君も、ご両親も」
生き様への迷いを切り出した聖。そんな彼をエルザは肯定した。同意されるとは思っても見なかった聖は目を丸くする。同情か、あるいは――
「だけど、俺達だけが正しくても意味はない。ただ、利用されて終わる」
「だね。あぁ、そうそう。君を利用した連中、全員クビにしたよ」
「え?」
「第一研の方針よ。君の溜飲を下げて貰う為、戻ってきてもらうのに邪魔だっただけだからってだけよ。とはいえ、自業自得だから何とも思ってないけど」
「そっか」
かつて自分を陥れた連中の末路を聞いた聖は何とも言えない表情を浮かべた。利用された怒りは未だ燻っているが、正しい罰を受けたのならばもう良い。何より、今はすべき事がある。何者でもなかったあの時とは違い、今は自分にしか出来ない役目がある。
「もう、休もうか」
その為には何としても地球に戻らなければ、と覚悟を新たにする聖は直ぐ傍に山盛りになっている枯れ木を焚火の中に放り込んだ。勢いよく燃える炎が、一際大きく――
ドン
揺れ動いた。一度、二度と立て続けに発生する衝撃に炎が、周囲の木々が、大気が、地面が激しく振動する。
「爆発!?」
「ちょっと、何!?」
「旦那様、敵です!!」
敵。混乱する聖とエルザは頭上から聞こえたコロの言葉に夜空を見上げた。眩く煌めく星空から、何かが向かってくる。




