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2話 人類の敵

 会社を出た聖を出迎えたのは、対面のビルに据え付けられた巨大ビジョンからニュース流れる報道。内容は決して良いものではない。


『続いては、停滞期が終わり活発な活動を始めたヴィルツに関するニュースです。本日未明、中国西部の崑崙(コンロン)山脈付近まで迫ったヴィルツとの大規模戦闘により中国人民解放軍が壊滅的な打撃を受けたとの報告を受け、黒鉄重工は同社が開発した特機『(クロガネ)』で構成された専属戦闘集団『シュヴァルツアイゼン』の派遣を先ほど決定しました。また、国連、アメリカ、日本も戦力を提供する準備があるとの発表が政府筋より行われました。正式な発表はこの後すぐの予定です。尚、結果次第によっては大規模な移民が発生する可能性があり、移民管理省は……』


 気が滅入るようなニュースに聖を含めた誰もが足を止め、食い入るように報道を見つめた。映像は無数のクレーターと立ち昇る白煙、その向こうに(うごめ)く得体の知れない巨大な物体の影を映す。直後、映像が激しく揺れ動いた。映像の外からの攻撃により一層濃い白煙が立ち昇ると、ソレを最後に中継映像は途絶える。


 悍ましい化け物との苛烈な戦闘を物語る光景に誰もが顔をしかめた。今のところ日本は比較的安全。取り分け本州は世界に数少ない安全地帯。少なくとも映像に映る大陸よりはずっとマシだ、と考える人間は思うほどに多くはない。

 

 映像に映った影の正体はヴィルツ。軟体動物、取り分けウミウシに近い一対の触角と鮮やかな体色をした正体不明の巨大生物の群れ。人類に牙を剥く、強大な念動力(サイコキネシス)を持った敵性存在の影響は世界に甚大な影響を与えた。初遭遇した1940年代時点では約30億ほどだった世界人口はジワジワと減らし、今や20億人を割り込んだ。


 南アメリカ大陸、アフリカ大陸、ユーラシア大陸のヨーロッパは既に陥落、現在の主戦場となっているユーラシア大陸東部と北アメリカ大陸の戦況は何れも極めて厳しい。必然、安全な島国に多くの避難民が集うようになったが住める場所は多くはない。


 そんな環境に置かれた結果、苛烈と言えるほどの序列や厳しい法律が生まれた。才覚なき者に居場所は無く、上昇する地価と併せて住み慣れた故郷を追われる者も多い。そんな現状が頭を過れば誰もが自然と同じ呪詛を吐き出す。


 人類の敵(ヴィルツ)さえいなければ――


 吐き捨てるように、聖も同じ呪詛を呟いていた。


 ※※※


「おかえりなさい、旦那様ー」


「ただいま、コロ」


「でも随分と早い、って、あぁあ」


 重い足を引き摺りながら漸く帰宅し、リビングで一息つく聖を何かが出迎えた。直後、ガチャンと何かが壊れる音が重なった。


「ご、ごめんなさいぃぃ」


 続けて甲高い声が今にも泣きそうに謝罪した。声の主は小型の人型ロボ。小型のブラウン管テレビの様な形状のヘッドに正方形のボディ、車輪付きの脚部と簡素な腕部の付いた、シンプルよりも雑と表現するに相応しい形状をしている。


 ロボは割れた皿とテレビを交互に見やる。丁度、CMが流れていた。高価だが確実に己よりも高性能なロボットが家事一切を完璧に取り仕切る15秒の映像に、ロボは酷く肩を落とした。


 感情が豊かで声だけならば人と遜色ない。が、それだけ。他の何もできない。家事をすれば見るも無残。掃除をすれば何かが傷つき、買い物に行けば大抵何かを間違えて買って来る。失敗の度、己の存在意義が揺らぐ。


「あぁ、いいよコロ。気にしてないから」


 そんなコロを、間髪入れず聖がなだめた。家主である彼は足元でモニターを千変万化させるコロ――と名付けたロボの頭を軽く撫でた。これが、九頭竜家の日常。


「でも、でも」


 今度は割れた皿と青年を交互に見つめるコロ。表情は色々と変化した末、[;;](泣き顔)に固定された。これも日常。だが彼は気にしない。購入初日からの失敗の数々は、しかし彼の心に久しく忘れていた感覚を呼び起こした。心地よさ、あるいは安らぎ。3年前を境にぱったりと消えた、誰かに何かを施してもらう行為は彼の凝り固まった心を少しずつほぐされていった。


「いいから。片付けよう。それから買い物に行って、次は割れない皿を買おう。色々と入用になっちゃったし、丁度良いよ」


「ハイ、買い物ならお任せください!!」


 聖の言葉にコロは一転、元気を取り戻した。気が付けば[><](笑み)をモニターに浮かべている。単純とみるか、切り替えが早いと見るか。しかし聖にとってはどうでも良い。コロは久方ぶりに彼が心を許した相手。身体が機械か生身かという違いでしかない。3年前に両親を亡くした九頭竜聖にとってみればかけがえのない存在。コロの存在により、彼は広い家に己一人という苦痛から解放された。


 しかし、そんな細やかな幸福は今や風前の灯火。

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